102話:どっちの方がエレナを愛しているかを決めるためのガチンコバトル
結論から言ってしまえば、婚約者はすごくいい人だった。
エスコートのちょっとした気遣い、少なくともネルカたちから見たら事務的ではない笑顔、デート先のチョイス――どれもがまさに『いい人』なのだ。おそらく少し年上である彼には、大人の余裕というものがあるのだろう。
しかも普段は快活でハキハキしているエレナが、完全にデレデレの蕩け状態と化してしまっている。『いい人』だけ止まりだったのなら、ちょっかいの考えを改めていたであろうネルカたちも、その表情は面白くないといった風であった。
「これはこれで……気に入らないわね。」
「そうですよ! アタシたちのエレナちゃんを奪って!」
「いやもう、あんたらはどの立場っスか…。」
だからこそ、エレナたちの雰囲気が最高潮となり、なんてことない場所であわやキスをするというタイミングで――ネルカたちは姿を現すことにした。
「フフフ…エレナ…私たちに隠れて…いい度胸じゃない。」
「ふ、ふぇぇぇぇっ! こ、この声は…まさか!?」
「男性の方、残念ながらそこから先は…認めないです。」
「え、えっと、エレナの知り合い…か?」
「うん……。」
急な親友二人と知らない騎士一人の登場に、驚きと恐怖と恥ずかしさから表情がコロコロ変わるエレナ。しかし、その婚約者であるマックスという男は、疑問はあっても困惑はしていない様子だった。
「私はネルカ・コールマンよ。そして、この子がマリアンネ。もしかしたら名前ぐらいは聞いたことあるんじゃないかしら? こちらの騎士の方は私も名前知らないわ。」
「あぁ! 君たちが! 俺はマックス・ハースロンってんだ。いつも婚約者が世話になってんだってな。あまりにもエレナから話を聞くもんだから、一度ぐらいは挨拶したいとは思っていたんだよな。」
「そう、挨拶できてよかったわね。」
ニコニコとした表情を崩さないマックスは、握手を求めようと手を差し出したが、ネルカはパシンッとそれを払った。彼女は眦を挙げて、仁王立ちをする。
「私は別にあなたを認めたわけじゃないのよ!」
「アタシだって認めてないですから! ふんすっ!」
「それは、俺とエレナの仲を?」
「当り前じゃない。私の大事な親友よ。」
「親が許しても、師匠が許さないですよ!」
「アッハッハ! エレナ、良い親友を持ったな!」
「…そんな余裕も今のうちだけね。」
「そうですよ! 婚約者の分際で彼氏面して!」
ツンとした態度を崩さないネルカとチンピラムーブをかますマリアンネ、それでもマックスは笑みを崩すことをせず、ただただ婚約者の親友関係に嬉しさを抱くだけだった。しかし、そんな彼の態度はネルカたちの心の火に油を注ぐだけだった。
「エレナを賭けて勝負よ! 勝ったら認めてあげるわ!」
「おっと…これは…負けられねぇな。」
「も、も~、二人とも~! 黙ってたことは謝るってば!」
「本人には関係ない話よ! さぁ、マリ、先発は任せたわ!」
「あいあいさ~!」
マリアンネは二人の前に出ると、(本人的には)キリッとした表情を作り、マックスに対して人差し指を突きつける。そして、勝負内容を高らかに布告するのであった。
「どちらがエレナちゃんを可愛く着飾れるか勝負です!」
― ― ― ― ― ―
ファッションは着飾る相手を理解することが大事である。
しかし、基本的に理解の範疇は外見だけで構わない。
もちろんそこには例外だってある。
知人によるコーディネートはその一例である。
そこには、相手の性格や行動を前提としたものが組み込まれてしまうからである。だからこそコーディネートを一目見れば分かってしまうことがある――≪どこまで愛しているか?≫。
というのがマリアンネの意見だった。
ネルカは勝負場所となった服屋を見渡す。
「フフ…、恐ろしい子…マリ…。」
その店はヤマモト連合の一つ。
つまり、マリアンネのホームグラウンドとでも言えよう。
そもそもに彼女がファッション勝負を挑んだ理由は、偶然に目に入ったのがこの店だったからにすぎない。そう、愛しているかどうかなんてものは関係なく、有利な勝負へと持っていくための口から出た方便である。
本来ならばゲーム通り、お転婆でも公正さは守るのが彼女の性格だった。しかし、早い段階でネルカに会ってしまったがため、勝つために手段を選ばない人間に成り下がってしまったのだ。
「はいは~い、まずはアタシのコーデから!」
「マリちゃん…ちょっと恥ずかしいよ…。」
「いいからいいから!」
そうしてマリアンネに連れられて現れたエレナは、貴族が夜会のときに着るような薄桃色のロングワンピース型ドレスだった。彼女はあまり着慣れない服の系統にモジモジとしているが、そんな初心な反応こそが可愛さを一層と引き立てていた。
「なるほど、エレナの純真で天真爛漫な要素を押し出しつつ、子供っぽくなってしまわぬよう細心の注意を払う…。さすがは、親友を名乗るだけのことはあるな…。」
「もうもう! 冷静な審査とかいらないから!」
「よし、次は俺だな。と言いたいが…ちょっと選びなおさせてくれ。そのドレス見てたら…ちょっとインスピレーションが湧いてしまってな。」
そう言うとマックスはエレナの手を引いて店の奥へと入っていく。
しばらくして帰ってくると、彼女は黒色のパンツドレスを着ていた。
しかし、少しサイズが大きいのか全体的にダボついている。
なのに不思議とスタイルがいいように見えるのだ。
「ど、どうかな…。」
実は最近、ネルカの夜会の際に着ていたものの影響を受け、可愛さでも美しさでも妖艶さでもなく、カッコよさがドレストレンドとなってしまった。しかしながら、カッコよさとボディライン強調は紙一重――細くないのに引き締まっている体形――それに適した令嬢が一人もいなかったという問題があった。
そこでメンシニカ夫人(withヤマモト連合)は作戦変更。
カッコいい人だけが着れる服ではなく、
カッコよく見せれるような服を作る。
あえて体形が隠れるほどダボつかせることで、
逆にスタイリッシュに見せることにしたのだ。
このドレスは【ネルカドレス】という名称で売られている。
そして、もちろんここはヤマモト連合の店だからこそ、置いてある。
「あっ! でも! お題は『可愛く着飾れるかどうか』だった!」
「ハッ! それならアタシの勝ちですね! やったー!」
思わずエレナに見とれてしまっていたマリアンネだったが、マックスの声を聞くと水を得た魚のように小躍りをする。マックスは非常に悔しそうだった。
「ぐっ、だが、それでも! 俺はエレナが一番魅力的になるように着飾りたかったんだ! ごめん…勝ちにこだわらなくて…。」
「アハハ、いいよ。マックスのボクへの気持ち、よく分かったから。」
しかし、このやり取りを見てしまうと――
「うぐっ…。」
純粋な愛情がマリアンネの心の中のネルカに突き刺さる!
彼女の持つ浅ましさが、罪悪感となって圧し掛かった!
「アタシの……負けです。」
彼女はそう宣言するしかなかった。
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