お嬢様の星座はどのお執事座ですか? 〜令嬢はどの執事の星の下に生まれるかが主役と悪役の分岐点なのです!〜
●吹子生家
吹子生香大里
主人公、はたまた悪役令嬢どちらかに転ぶ予定の令嬢。
月星座:獣王のお執事座→笹生のお執事座or天尾のお執事座に転生すべく奮闘中!
吹子生大海
香大里の父。
厳格な性格。
獣王百雷
香大里の元執事。
競争社会出身で、彼女に「他者を見下せるよう努力する」ことを教えた張本人。
現在は冨士谷の執事で、香大里のことをやや恨んでいて復讐しようと綺沙を(自分が思う所の)立派な令嬢に育て上げようとしている。
笹生陸
尚他者を陥れる悪役令嬢に転ばせそうな執事。
天尾重樹
思いやりのある令嬢に転ばせそうな執事。
●佐波木家
佐波木砂葉
サバサバ系令嬢。
主役令嬢第一候補。
月星座:早乙女のお執事座
早乙女破真
砂葉の執事。
完璧執事。
●冨士谷家
冨士谷綺沙
表面は取り繕っているが腹黒系令嬢。
こちらも主役・悪役どちらにも転がりそうな令嬢。
月星座:獣王のお執事座
#悪役令嬢の自覚
「おめでとうございます! コンクール優勝は…… 佐波木砂葉さんです!」
「そ……そんなあ……」
私が、まだまだ幼なかった頃。
バイオリンコンクールで、私負けましたわ。
……いえ、回文をただ言いたかっただけじゃなく。
本当に負けましたわ。
「うっ、うっ、お、お父様あ……」
「落ち着け、我が可愛い娘香大里よ! よいか……これを悔しいと思うならば、次はお前以外にそう思わせられるよう努力するのだ! 他者を見返してやれ――いや、見下してやれ! そうだ、他者を見下せる人間になるのだ!」
「うぐ……は、はい!」
私香大里。
そう、この日こそ。
私の運命が、始まった時でもあった――
◆◇
「おめでとうございます! コンクール優勝は…… 吹子生香大里さんです!」
10年後。
……ふん。
まあ、当然よ。
――他者を見返してやれ――いや、見下してやれ! そうだ、他者を見下せる人間になるのだ!
この父の言葉も、ようやく果たせた……ように見えてまだ果たせていないわ!
だってこのコンクールには、あの佐波木砂葉は出ていないんですもの!
「すごいわね……」
「羨ましいわ……」
……まあ、でもひとまずはいいわ。
次は見下してあげるように努力する、佐波木砂葉――
◆◇
「お嬢様……こ、今宵のディナーは」
「また自分で作るからいいわ! あなたたちの料理なんか、毒を盛られたと勘違いするレベルの代物ですもの!」
「は、はい……も、申し訳ございません!」
まったく、どいつもこいつも無能ばかり!
この家の使用人は、皆シロアリなんじゃないかと思うレベルよ!
何もかも、私より低レベル!
まあでも……
「どうかしら、獣王?」
「ええ……相変わらずの美味! さすがは香大里様、これは三つ星が取れるほどかと。」
「ほほほ……ありがとう♡」
……まあ、彼だけはまだマシかしら。
そう彼――筋骨隆々でオールバックな獣王執事だけは。
「三つ星シェフもこれで見下せるかしら?」
「ええ、ええお嬢様はきっと! 私という執事の星の元に生まれてくださったお嬢様ならば!」
ふっ……
ええ、そうね。
『他者を見下せるよう努力する』それがお父様に命じられたこと。
だから、それを実現できる執事を見つけようとし見つかったのが彼。
――お嬢様! あなた様は私という執事の星の下にお産まれになられたお方……されば、私はあなた様をお守りする星となりましょう! お嬢様は、『他者を見下せるよう努力する』ことを目指されるのです!
彼が私の家に来て、言ってくれた言葉がそれ。
獣王のお執事座に生まれた私。
そう、私と獣王は。
堅い運命で、結ばれているの――
……でも。
そんな私たちの堅い運命にヒビ入れる出来事は、ある日突然起こった。
◆◇
「……なあに、これは。……小説?」
「はい、旦那様からです。」
それは。
メイドが持って来た、本の山が原因だったわ。
「旦那様が、下々の者たちが嗜み申し上げるような下賤なものも一応見ておいた方がよろしいとおっしゃいまして。」
「なるほどね……まあいいわ。下々の者たちの文化も、この私が理解して差し上げようじゃないの。」
私は、しょうがないからそれらの本を読むことにしたわ。
……だけど。
◆◇
「う、嘘でしょキング王子! 私とあなたが結ばれることは決まっていたのよ!」
「ニッカ王女。……申し訳ありませんが、私はあなたの心を好きになれない。私は……もっと心の美しい方に心惹かれたのです!」
「き、キング王子!」
「……では!」
……う、嘘でしょ!
私は、所謂"悪役令嬢"物を読んで衝撃を受けた。
この作品に出て来るのは、ニッカ王女という人。
その人は、能力は高いけれど他者を見下している人。
……私!? って思うぐらいよく似ている人だったわ。
◆◇
「お、お父様! このお話では悪役令嬢が追放されて惨めな思いをするとなっています……このままでは!」
「ま、まあ落ち着け香大里!」
それからすぐ、私はお父様にそう申し上げた!
最初こそ、お父様は今一つ要領を得ないご様子だったけれども。
私が事情を説明した上で。
「わ、私は破滅してしまうのでしょうか!?」
尚もこう、強調すると。
「う、うむ……我が愛しき娘よ! お前がそんな風に悩んではいけない、そんなことにならぬよう何人でも代わりの執事をつける!」
真剣な面持ちとなり、取りあってくださった。
◆◇
「そういうことだから、すまぬ獣王君。」
「はっ……致し方ございませぬな。」
「獣王、ごめんなさい……」
お父様は事情を話し。
そうして元の執事獣王は解雇され、新たな執事二人が現る。
「……という訳なの。どうしましょう、私悪役令嬢になって破滅してしまう!」
「いえいえお嬢様! でしたら他のお嬢様を破滅させる方向でお考えになればよいのです!」
……こう語るのは。
新たな執事の一人、笹生陸。
これは尚他者を陥れる悪役令嬢に転ばせそうな執事ね……
「何を言うか貴様! ……いけませぬお嬢様、令嬢たるもの誰にも常に優しくあらねばなりません!」
対照的にこう語るのは、天尾重樹
これは思いやりのある令嬢に転ばせそうな執事ね。
私は主役令嬢になりたいけど……令嬢の世界は足の引っ張り合い!
だから天尾の言うような思いやりだけじゃ、足元掬われるわ!
でも。
「他の令嬢は蹴落としてなんぼ! お嬢様、お気にされることはありません!」
笹生の言う通りにやってちゃ、悪役令嬢まっしぐらだし!
ああ、私はどうしたらいいのお!
◆◇
「秋桜女学院……両家の娘たちとは名ばかりの成り上がり者や惰眠を貪り私腹を肥やす者たちの掃き溜め。それを思い知らせてやらないとね。」
その頃。
私と同じく秋桜女学院に通う両家の子女・冨士谷綺沙。
彼女の屋敷には、何と。
「ええ綺沙様。身分というものを弁えない彼女たちの生き汚なさ、それぞ! 醜い女そのもの!」
「ほほ……ええありがとう。私たちはやはり気が合うみたいね。」
だけど、私の屋敷を解雇(すなわち追放)された獣王は別の令嬢のお執事座となり。
「私のために、尽力してくれるかしら?」
「勿論でございます! 必ずや、私を捨てた元主人をあなたが見下せるよう――私がザマあできるよう、尽力させていただきます!」
……いやいやいや!
あなた、かなり根に持っているじゃないのよ!
……ま、まあ当然よね……
◆◇
「ふう……さあて、そろそろ眠りましょうかしら……」
「お嬢様、ではメイドを呼んで参ります。」
「ええ、ありがとう早乙女さん。」
……佐波木砂葉。
私を差し置いて、バイオリンコンテストで優勝した令嬢!
生まれた執事の星は、早乙女破真のお執事座。
「お嬢様におかれましては、他のお嬢様方からのごやっかみに苦しまれているご様子で」
「いいえ、まあ人が私をどう思おうとそれは彼ら彼女らの気持ちとしては正しいんですから。私は特に気にしていないわ。」
……鼻につくほどに、サバサバしたコメントね!
まあ、だけど……
悔しいけど、今のところ私が知る限りじゃあこの令嬢が一番主役令嬢らしいわ!
◆◇
#令嬢のおもてなし
「お久しぶりですね、皆さま。」
「おやおや、これはこれは香大里さん。今日は一段とお綺麗ですな?」
「ふふ、ありがとうございます。」
その数日後。
私たちが通う秋桜女学院による令嬢の嗜みとして。
名士たちが集うパーティーへの、参加をしていた。
「これはこれは、香大里お嬢様。ご機嫌麗しく」
「! あ、あなたは獣王!」
と、そこへ。
私に挨拶をして来た令嬢と執事を見て驚いたことに。
それは例の冨士谷綺沙と獣王!
「冨士谷綺沙です、初めまして。……あなたの元執事である獣王の、現主人です!」
綺沙は笑顔でそう言ってくるけど。
その顔は微妙に引き攣っていることや、"元"と"現"を強調して来る言動に滲むマウンティング感情を、私は見逃さなかった。
「では、ご機嫌よう。」
「ええ、ご機嫌よう……」
私と綺沙は、表面上は笑顔を交わして互いに去る。
「お嬢様……」
「そうね。さあて。」
こういう時の、私の嗜みは。
わざと――それでいて何気なく見えるように、
他の令嬢の靴に、足を引っかけて。
そのまま転ばせて、その娘を笑いものに――
「お嬢様!」
「(……はっ! いやダメダメ、いけないいけない!)」
……いやいや、私ったら!
天尾に声をかけられて、はっとした!
そんなの、まさに悪役令嬢まっしぐらじゃないの!
「いかがなさいました、お嬢様?」
「えっ? あ、いいえ何でも。ほほほ……」
私は突き刺すように見て来る笹生の目に、曖昧な言葉を返した。
「令嬢の世界は駆け引き……なればお嬢様! 狡猾さこそ主役令嬢の決め手です!」
「いいえお嬢様! 令嬢の品位とはすなわち思いやり――優しさです!」
「! あ、天尾も……」
そのまま、私に狡賢さを促して来る笹生とは反対に。
天尾はあくまで、優しさを要求して来る!
「おやおや、いいのかな? ……お嬢様、既に我々は出し抜かれております。」
「……えっ!?」
「な……何!?」
◆◇
「こ、これは……な、ない! 私のバイオリンがない!」
笹生の言葉に、私が彼や天尾を連れ立って控室に戻ると。
何と私のケースから、バイオリンがなくなっていた!
「犯人は分かっております、冨士谷家のご令嬢です!」
え!?
あ、あの冨士谷綺沙が!?
「あ、あの女……!」
「何ということだ……し、しかしお嬢様冷静になさいませ! 何かされたからといって冨士谷のご令嬢に手を出してしまわれたら、それはいけないことです!」
く……ええ、そうね天尾!
毎度お馴染み、至極冷静なご意見ありがとう――
「ふっ、甘いな天尾! ここでそんな綺麗事を言っても始まらん!」
「な! さ、笹生貴様!」
あ、ああ天尾も笹生も……
ごめん、一旦黙ってえ!
「! お、お嬢様申し訳ございません……」
「ええ、申し訳ございません。お嬢様を感情的にするつもりはございませんでした。」
あ……
ご、ごめんなさい天尾も笹生も!
そ、そうよねこんな短気な令嬢じゃあ……
や、やっぱり悪役令嬢まっしぐらよね?
「いいえ、そんなことはございません。……さあ、これを。」
……へ?
こ、これはバイオリン!?
ど、どこから!?
「これは……冨士谷のご令嬢からくすねさせていただいたものでございます!」
「な!? さ、笹生!」
……あらあらあら。
や、やっぱりあなたのやり方はまさに悪役令嬢まっしぐらね……
「……さあ、香大里お嬢様! これを使い、冨士谷のご令嬢に復讐を!」
「な……なりませんお嬢様! 復讐など!」
……でも、そうね。
ここはやはり、復讐して!
私の恐ろしさを、分からせてあげないとね――
◆◇
「ええ……それでは皆様! 宴もたけなわでございますが、そろそろわたくし共の生徒による余興を披露させていただきたく存じます!」
「おお……それはそれは!」
そうして、今の秋桜女学院校長の言にもある通り宴もたけなわな頃。
「……皆様。余興は、わたくし冨士谷綺沙が務めさせていただきます……」
くっ、冨士谷綺沙!
よくもまあ、抜け抜けと!
「(さあこれで……私の音色で招待客皆メロメロよ!)」
「(ええ、綺沙お嬢様……さあ! あなたのターンでございます、どうぞ存分に!)」
むう……獣王も!
すっかり勢いづいちゃって!
そのまま、バイオリンの弦に弓をかける。
「(!? え……こ、こんなに私、見られて……!?)」
……と、その時。
綺沙は何と、あがり症を発症してしまったようで。
ガタガタ、足が震える。
「(お嬢様……。)」
「(!? な、何よ獣王……その目は!?)」
そこに追い討ちをかけるように。
獣王の視線が、鋭く綺沙に突き刺さる。
「お、お聴き下さい――」
……そこからは、はっきり言ってちょっと聞くに堪えなかった。
音は固い上に度々外され。
更に。
「(む!? げ、弦が切れた!)」
弦が途中で切れる、なんてアクシデントが!
「お、おい……これが本当に秋桜女学院の生徒なのか?」
「ああ、見るに堪えんなあ……」
ヒソ、ヒソ……
ええ、そうね同感です。
だから!
「おお、この音色は!」
「う、美しい……な、何だこの音色は!」
「(な……ふ、吹子生さん!)」
ええ、私が代わってあげたわ!
綺沙さん、あなたを出し抜く形でね!
―― 令嬢の世界は駆け引き……なればお嬢様! 狡猾さこそ主役令嬢の決め手です!」
――いいえお嬢様! 令嬢の品位とはすなわち思いやり――優しさです!
……ええ、そうね笹生に天尾!
ようやく私、分かったの!
◆◇
「皆様、お聴きいただきありがとうございました……そして、そちらの冨士谷綺沙さんですが。申し訳ございません、彼女は私とバイオリンを取り違えていたようですわ。」
「! な、何と!?」
そうして、演奏が終わり拍手喝采の中。
私はそう、皆に言った。
「ええ、それで彼女は実際の力が出せず。あろうことか、私のメンテナンス不足により弦も切れてしまいまして……ですから皆様。私が下手を打てば、失敗をしていた所を彼女は救ってくださったのです!」
「おお……な、何とお優しい!」
私のその言葉に。
パーティー参加者は、納得してくれたみたいだわ。
◆◇
「はい、あなたのバイオリンよ。」
「ええ、返すわよ……何、恩を売ったとでも思った?」
あらあら。
控室にて、私が綺沙とバイオリンを交換すると。
綺沙は、そう嫌味を言って来た。
「いいえ、まあそうね……これで、バイオリン盗難の件はおあいこということで☆」
「なっ……!? あ、あんた……くう……ふんっだ!」
だけど私がそう返すと。
綺沙は言い返そうとするもできず、そのまま走り去ってしまった。
「おやおや……しかしお嬢様、実にお見事でございました!」
「え、ええさすがですお嬢様! しかし、今のは……」
あら、素直に賛辞を述べてくれた笹生とは違い。
天尾は、今の綺沙への私の発言がちょっとお気に召さないみたいね。
「ええ、確かに天尾の言う通りよ。……だけど、そうね笹生。令嬢に必要なのは狡猾さ、ボーっとしていたからさっきみたいに危うく出し抜かれるところだったわ。」
「おお! ご納得いただけましたか、それでは!」
「な……い、いけませんお嬢様! 令嬢は」
「ええ、だけど! 天尾の言う通りでもあるわ、少なくとも表向きには! 思いやりは必要よ。」
私は笹生と天尾に、そう言った。
「え……お嬢様。私と天尾、どちらの弁を採用されるとおっしゃられているのですか?」
「どちらかじゃないわ……どちらもよ! 笹生の星の下に生まれたからにはその強かさを! 天尾の星の下に生まれたからには優しさを学ばせてもらうわ!」
「な……!?」
「お嬢様……」
ええ、私が分かったのはそういうことよ。
「という訳で……よろしく、私のお執事座さんたち♡」
「……はっ!! 香大里お嬢様のためならば!!」
……まあ、よかったわ。
私の執事たることを、二人は快諾してくれたみたいだから!
◆◇
「ひ、ひどいのよ獣王! あいつら私を」
「綺沙お嬢様……出し抜かれた以前に、何ですかあのバイオリンは?」
「う……」
一方、綺沙は。
獣王から、責められていた。
「だ、だって! あれは私のバイオリンじゃなかったし」
「言い訳はご無用です! これは……本当に他者を見下せるように、努力しなければなりませんね!」
「そ、そんなあ……」
……ま、確かに言い訳は言い訳よね。
何はともあれ。
獣王の私へのざまあは、もう少し先になるみたい。
◆◇
#完璧令嬢の粗探し
「お嬢様、本当によろしいのですか? お歩きで」
「ええ、いいのよ早乙女さん。今日は歩きたい気分なの。」
ある休日の昼下がり。
砂葉は執事の早乙女と共に、ショッピングに出かけている。
◆◇
「ふむふむ、落ち着いた色のワンピースですな。」
「うむ、さすがは佐波木のご令嬢だ。」
「うん……と言うより冨士谷さん。一ついいかしら?」
「なあに、吹子生さん?」
「……何で私とあなた、その執事たちが佐波木さんの後を尾けているの?」
……そう、私が疑問に思ったのは。
何で、私たちが佐波木砂葉を尾行しているのってこと!
「当たり前じゃない……あの女こそ、完璧令嬢! だから……何かしら、粗を探さないとねえ!」
……あらあら。
うーん、まあ前の私なら考えたことだろうけど。
今となっては、何か悪役令嬢っぽくて嫌な考え方ね……
「ま、まああなたの考えは何となく分かったわ冨士谷さん……でも。何であなたたちまでいるのよ?」
……さておき。
そうね、もっと分からないのは執事のあなたたちまでここにいることよ。
「い、いえお嬢様! 私はお嬢様の執事ですから共におりませねば!」
「お嬢様、他の令嬢をどう陥れればよいか学ぶいい機会でございます……」
「ううむ、綺沙お嬢様! できればこの前のバイオリンの失敗を取り戻すべく練習に励むべきなのですが……他の令嬢を陥れるも、またよろしくてございます!」
……あらあら。
まったく、あなたたちは!
◆◇
「おや……綺沙お嬢様! 佐波木のご令嬢は早乙女殿と共に、呉服店のウィンドウショッピングをされております!」
「あら……チャンス到来よ獣王!」
そうして、ずっと佐波木砂葉を尾けてた私たちだけど。
え、チャンス?
「獣王、準備は?」
「ええ、手は打っております……既に、呉服店の主人には佐波木のご令嬢をいびる様手を回しておりますので。」
……ええええ!?
ま、まったく……この人たちは!
「な……い、いけない! 他家の令嬢に対してとはいえ、そんなことをしては」
「天尾! 一旦黙らないか?」
「そうだなあ天尾君……それこそ、他家の令嬢に口出しすることではない!」
「な……獣王殿! いや、笹生まで何故そちら側なんだ!」
いやいや、今回は天尾に同意だわ笹生!
まあでも、そうか笹生は……
獣王と基本的な考え方は同じだから、こういう時は団結するのね!
何か複雑……
「さあて……店主が出て来ましたよ、綺沙お嬢様!」
「ええ……ありがとう。」
む!
あ、店主さんもう出て来ちゃった……
◆◇
「こほん! ええお嬢さん困ります……うちは、ウインドウのショッピングはお断りなので! ……おや? その装いは良家のご令嬢とお見受けするが……まったく! これだから金持ちは!」
店主は――恐らく、獣王の指示のせいだろうとは思うけど――わざとらしく嫌味な話し方をする。
うーん、さて。
佐波木砂葉は、どう出るかしら――
「あら……申し訳ございません。つい、素晴らしい服に見惚れてしまいまして……」
「!? あ……い、いやいやそんな!」
……あらあら。
砂葉が笑顔を向けると、店主ったら。
鼻の下伸ばしちゃってる。
「な!? あ、あの呉服店主め!」
「え、ええ……役立たず! あんな女に鼻の下伸ばして何よ!」
それを見た獣王や綺沙も、憤慨している。
「だ……だから言ったのだ笹生! 佐波木のご令嬢にあんなことを」
「ふうむ……やはり中々手強い方でいらっしゃるな、佐波木のご令嬢!」
「いや……人の話を聞け!」
あら、だけど笹生は。
獣王たちと違い、特に悔しがったりはしないようね。
「くう……ちょっと、吹子生さん! あなた何を黙っているの、悔しくないの……って、あら!?」
「!? か、香大里お嬢様!?」
そのまま、私に水を向ける綺沙と獣王だけど。
私は、既に姿を消していたわ。
「あら……こんにちわ佐波木さん、奇遇ね。」
「! あら……吹子生さん。」
「な!? あ、あの娘何で!?」
そう、私は。
砂葉の所へ。
◆◇
「紅茶が入りました。」
「ありがとう、早乙女さん。」
はい、そのままちゃっかり。
私は近くのお店で、砂葉や早乙女にお茶をご馳走になったわ。
「あら、そうだわ吹子生さん。……この前のパーティーでの取りなし方、まるでお手本のようだったわ!」
「え……あ、ど、どうも……」
う、うーんなんか照れるわね……
私は砂葉の言葉に、顔を少し赤くする。
「どうすれば、あのようにできるのかしら? 是非ご教授願いたくて。」
「い、いいえそんな……」
うーん、なんか不覚!
私今、砂葉の笑顔にドギマギしている!
な、なるほど……さっきの呉服店主も、こうして陥されたのね……
……いや、じゃなくて!
そもそも私は異性愛者、別に女性は対象じゃない!
そう、だから……今砂葉に赤面しているのは、ただの焦りからよ!
「……佐波木さんこそ、あなたのような完璧なお嬢様は見たことがないわ!」
「ええ? 私が?」
「ええ、勿論!」
私は逆に、敢えて砂葉にそう言った。
「私こそ教えてほしいわよ……どうしたら、あなたみたいになれるのか。」
「私みたいに……? ……ありがとう吹子生さん、だけど。残念ながら私に教えられることは何もないわ、それは買い被りというものよ。」
「え……?」
うーん、謙遜かしら?
まあ、だけど。
顔を見る限り、嫌味のようなものは感じられない……
何よ、やっぱり完璧じゃないの!
「いいえ、私はまだ全ての人には好かれない……あなたから見ても、私のことは鼻につくような部分があるんじゃないかしら?」
「……へっ!? い、いいえそんなことは」
むう……
ちょっと心読まれた感じがして、びっくりしたわ!
まあ、鼻につくというよりは……
あなたが完璧にしか見えなかったから、嫉妬しただけよ!
「……でも吹子生さん。私が完璧令嬢を目指しているのは事実。だから……是非! あなたから学ばせてほしいの!」
……はい?
私から、学ぶ?
「な、何を?」
「先ほども言った通りよ…… この前のパーティーでの取りなし方を!」
あ、そういえばそんな話だったわね……
だけど。
私はあまりに、その砂葉の謙虚な態度に驚いて。
その後どう話したのか、記憶にないわ――
◆◇
「お嬢様、お帰りなさいませ!」
「遅いわよ吹子生さん! 何かあの女の弱点は見つかった?」
そのまま私は、執事たちや綺沙のいる物陰に帰って来た。
「……決めたわ。」
「……はい? 吹子生さん?」
「……私は、佐波木砂葉になる! 絶対!」
「……はあ!?」
いきなり叫んだ私に、綺沙は完全に訳が分からないといった顔だけど。
――私が完璧令嬢を目指しているのは事実。だから……是非! あなたから学ばせてほしいの!
ええ、私も完璧……いえ、主役令嬢を目指してんのよ!
だから佐波木砂葉、私もあなたのことを学ばせてもらうわ!
「おお、お嬢様が本気になられた……」
「ええ、ええお嬢様……その意気です!」
ええ、笹生に天尾。
私たちの戦いは、これからよ!