七十年後の君へ
みんなは竹取物語を知っているだろう。
そう、あのかぐや姫が月に帰る話だ。
だが知っての通り、別に月には文明はない。
だけどあの話が事実だとしたら?
もし帰ったのが、月では無かったとしたら?
そしてまた来るだろう。
──今度は、かぐや姫では無く。大量の兵士を引き連れて……
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雪世界のヴァルハラ 七十年後の君へ
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七十年後、世界は雪と氷に包まれた。
人々は突如襲った宇宙人を雪人族と呼び、戦っていた。
奴らに銃は効かず。自衛隊はことごとくやられてしまった。
世界は宇宙船からの冷気によりちょうど富士山ぐらいまでの高さまで氷に覆われてしまい、人類は氷雪の上での生活を余儀なくされた。
だが人類も負けていない。
生き残った人類は敵の宇宙船を奪い、その宇宙船を中心に人工居住区『コロニー』を形成した。
そして、地下に眠った人類の英知を集める部隊と人類を守る部隊を形成。
名をスノーハンターと、
──スノーソルジャーという。
2030年、北海道の札幌市南区──
「気を付けて。向こうの人に迷惑かけないでよ」
今日、俺は一人立ちだ。
住むアパートも借りた。
準備万端で親の元を離れる。
少しだけ寂しいけれど、いつまでも甘えるわけにはいかない。
俺は母にありがとうと言うと、何言ってんのと肩をたたかれた。
このやり取りも少なくなってしまうのか。
なんだか、悲しいな。
俺は母に手を振り、父の車に乗る。
「今日からお前も一人暮らしか」
「うん」
それから車で何気ない思い出話をした。
小さかった幼稚園の話。
もう俺も覚えてないと思いながらも、話を聞いているとそんなこともあったようなという気持ちになる。
本当に今までありがとう。お父さん、お母さん。
まだ世話になることがあると思うけど、なるべく負担はかけないようにするよ。
そう思いながら車に乗って二時間ぐらいだろうか?
大学近くのアパートまで着いた。
俺は父と一緒に大家さんまで挨拶をしに行く。
「はい、これ鍵ね」
「ありがとうございます」
鍵を受け取り、部屋の前まで行く。
俺は父に感謝をした。
今までありがとうと……
そう言うと、父は目に涙を溜めて俺を抱きしめた。
固くきつく。
だけど、痛みはない優しい包容。
今生の別れじゃないのに、どこか自分が戦争にでも行くような感じだ。
「頑張れよ。何かあったら俺を頼れ」
いいなと言って父は車に乗る。
まだ泣いてな。
そう思いながら俺はその車に手を振った。
見えなくなるまで、ずっと……
これから初めての一人暮らしか。
不安もある。
でも、これからの期待のほうが大きかった。
さて、そろそろ部屋の中に入ろう。
おお。
なかなか綺麗な部屋だった。
さすがはお父さんだ。こんな良い所よく見つけたなと思う。
家具も引っ越しを済ませているので全て揃っている。
よし、これで俺の一人暮らしが始まったぜ。
その日の夜。
俺はテレビを見て、もやしのナムルと納豆ご飯を食べていた。
うん、超簡単だから普通にうまい。
さっさと明日の大学の準備をする。
ああ、今日はなんだか感慨深かったな。
人生でこんなに胸がいっぱいになるのはそう無いだろうな。
気づけばもう十二時だ。
明日は早いんだ、早く寝ないと。
俺は食器を片付ける。
そして風呂に入り、歯磨きをする。
洗濯は……
明日の物と一緒に洗おうかな。
そしてテレビを消して布団に入った。
──ああ、明日から初めての大学か。
友達とかできればいいな。
そう思いながら、俺は眠りについた。
変な夢を見た──
髪の白いすごい綺麗な人。
あれは……着物?
教科書で見たような十二単だ。
誰だろう?
本当に綺麗な人だな。
肌ですら真っ白だ。
ん?
泣いている?
あれは……
宇宙船?
月のあたりから宇宙船が飛んできて、侍たちが次々と倒されていく。
そしてその女の人の場所まで来た。
後ろにいるのはお爺さんとお婆さんだろうか?
引き留めようとしている。
女の人も本当は行きたくないみたいだ。
でも、涙を流しながら乗った。
扉が閉まる。
そして宇宙船はまた空へ飛び立った。
俺はゆっくりと目を覚ます。
──変な夢を見た。
疲れてるのかな?
まぁ、体調は問題ないし……
「あ!」
まずい!
大学に遅れる!
急いでベッドから出て、歯磨きをして着替える。
そして扉のドアを開けて外へ出た。
「え?」
寒い。
まぁ春の北海道だからそりゃ寒いのだけれど、これはそれ以上だ。
というか、景色が違う。
何もない。
見渡す限り雪の世界。
地平線まで全てだ。
太陽が出ていない。
「どういうことだ!?」
俺は後ろの自分の部屋を見る。
え?
そこはもうアパートなんて無かった。
ドアすらない。
ただ無限に広がる雪原。
俺は訳が分からなかった。
ここはどこだ?
日本じゃないのか?
いやいや、そんな訳がない。
まだ夢でも見ているんだ。
そうとしか考えられない。
そう考えていたが、ここはかなり寒い。
現実として受け止めらざるをえなかった。
どうしてこうなってしまったのか?
とりあえず寒さをしのがなければ凍死してしまう。
俺は周りを観察してみる。
ダメだ。
本当に雪ばっかりだ。
──ん?
あれは、人影?
何か人影のようなものが見える。
やった!人だ。
人がいるならよかった。
俺はその人の所まで行ってみる。
──すごい真っ白な服を着た人だな。
「すいません!ここっ」
え?
なんだあれ?
人じゃない。
「■■■■ゥー!」
先程俺が話しかけてしまった声に反応してこっちに来る。
全身が真っ白の怪物だ。
俺は恐怖から腰が抜けてしまう。
理性はない。
ただうなり声と共にこちらへ来る。
「ひっ、来るな!」
そう言って威嚇するがこちらに目を合わせて近づいてくる。
怖い。
どう考えても人じゃないそれに俺はなす術がない。
武器すらないこの体じゃ、どうすることも出来ない。
「■■■■■■ァー!!」
気持ち悪いうなり声と共に俺にその怪物は襲い掛かってきた。
「うわぁぁぁぁ!」
何とか持っていたリュックでその怪物の噛みつきを押さえる。
すごい力だ。
牙も鋭い。
俺のリュックがビリビリと音を立てて破れていく。
まずい。
このままじゃ殺される。
「くそっ!くそっ!」
その怪物から何とか抜け出そうとするがビクともしない。
本当に死んでしまう。
ああ。
嫌だ。
死にたくない。
まだ親にも恩返しすら出来ていない。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
──嫌だ。
その時だった。
シュパッという風を切る音と共にその怪物の胴が両断される。
こちらには一切傷がない。
斬られた怪物の体はサラサラの雪になって消えていった。
「なんだ?」
何があったんだ?
襲って来ていた怪物はただの雪になって地に落ちている。
俺の頭は混乱していた。
「大丈夫かい?」
陽気な声だ。
なんだろう?
大人の余裕?
そんなものを感じさせる声。
俺は声のした方を見る。
そこに居たのは青い髪にサングラスをした男の人だった。
近未来的なかっこいい服を着ている。
「怪我はないかい?」
そう言って近づいてくるその人に、俺は一種の憧れを抱いた。
スノーモービルに乗って颯爽と現れたその人との出会いが、俺のこの人生を……
──大きく変えた。