70 王女の部屋
「お前達では、敵わない……。下がっていろ」
王子の言葉に、立ち塞がる近衛兵や魔術師達は戸惑う。
「向かって来てもいいのだぞ。私が相手をしてやる。フフフ」
ルシーは、いつでも来いと挑発する。その挑発に乗り、魔法を放つ魔術師や向かってくる近衛兵を、面白そうに薙ぎ払う。そして、ルシーはぼやく。
「もう少し、マシなのはいないのか?」
ルシーは、好戦的なの……?
それでも、近衛兵達が湧いて付いてくるので、兵に向かって言う。
「向かう先は、誘拐犯カミラ王女の所です。邪魔だから付いて来ないで。排除しますよ」
『ニャ~ン!ニャオ~ン!(ミーチェを怒らせると怖いよ~!バッチーンじゃなくて、ドッカーンだよ~!)』
ノアール、私達にしか聞こえていないよ……。
「頼むから、これ以上ミーチェを怒らせないでくれ。可愛過ぎるだろう……」
ジーク?おかしいよ……あれ?みんなとの温度差を感じる……。そっか、怒っているのは私だけなのね。冷静にならないと、ふぅ~。
王子はこれ以上被害を大きくしないように、近衛兵に命令する。
「これは命令だ。付いてくるな!倒れている者達を、治療所に連れて行け!」
賢明な判断ね。誘拐犯の兄にしては、まともな獣人かな。
王女の反応を辿って行くと、彼女は自分の部屋にいる様だった。部屋の前には、虎と狼の獣顔の護衛がいた。
「何者だ!王宮が騒ぎになっているのは、お前たちか!」
狼の護衛が大声で言う。
「私の大切な人を攫った、誘拐犯の王女に話があるんです。そこをどいてください」
「お前は、あの時の少女か?ん?後ろのお前は地下牢に入れたはずだが……、ルーカス王子もいらっしゃるのですか?」
虎の護衛が私に言い、後ろのジークと王子に気が付いた。
「ああ、僕のミーチェが助けに来てくれたんだ。ミーチェ、この2人は僕が相手をするから、手を出さないでね。王子は、黙って見ていて下さいね」
「……」
ジークは、王子を見る事もなく嬉しそうに剣を抜いて言う。尊い笑顔だ。あぁ、ジークも怒っていたのね……。
『ニャ~ン?(ジーク、一人で狩るの~?)』
「ミーチェの番よ。独り占めか?」
ルシーが、つまらなそうに言う。
「この2人には、僕が世話になったから。悪いけど、僕にケジメをつけさせて」
「ふむ。そうか、分かった」
ジークが1人で、2人を相手にするの?ジークに、更に強化魔法を掛ける。
「2対1など、騎士の名に恥じる。優男など俺一人で十分だ」
狼の護衛が、いきなり斬りかかって来たが、ジークに即座に倒された。コボルト並に瞬殺です。
「顔だけかと思ったら、腕も良かったのか」
虎の護衛が見下す様に言い、剣を抜いて構える。ジークと向き合い、間合いを詰めた瞬間、ジークは虎の護衛を剣ごと斬る。剣は折れ、護衛の胸元が防具ごと斬れた。
「グフッ、剣を斬るとは……」
虎の護衛は、剣ごと斬られ膝をついた。
ふん!侮り過ぎ。ジークは強いのよ!ジークの剣が、良く斬れるのは知っていたけど、剣まで斬れるのね……。
「主の愚かな行動を、諌める事が出来ない側近なんていらない。それに、ミーチェの祝福を受けている僕が、負ける訳がないよ」
「ほお~」
ルシーが面白そう呟く。ぐぅ…、ジーク、それは秘密でしょ……。
「ジャック!」
ルーカス王子は、虎の護衛に声をかける。
「王子は、口を挟まない約束ですよ。ああ、王子もあの王女と同じで、約束を守らない方ですか?」
私は、王子を見据えて聞く。
「うっ、違う!」
王子は、悔しそうに拳を握り、虎の護衛の様子を伺っている。
「護衛達の傷は、それ程深くないよ。心配しなくても死なないから。ミーチェは、罪を償って貰おうって思っているから加減したよ」
ジークは、護衛の獣人達を一瞥して言う。
「ジーク、ありがとう。じゃぁ、邪魔しない様に、結界で動かない様にしておくね」
ジークに微笑む。そして、護衛の2人を結界で拘束する。
「ぐぅ、放せ!」
虎の護衛が暴れる。
「ダメよ、虎の護衛さん。貴方たちも、誘拐の共犯者だから許さない。罪を償ってもらうから…」
「ぬうぅ、私が、誘拐の共犯者だと?無礼な!王女の意向に沿っただけだ!」
「誘拐の指示を受けて、実行したのでしょ?立派な犯罪者よ!命令したのは王女だから、自分に罪は無いと?悪いのは王女だけだとでも言うの?言い訳しないで!」
虎の護衛さんは、険しい顔で睨みつけて来る。負けずに睨み返す!あなたも犯罪者だと!
護衛達を拘束した後、王女の部屋の扉を開けようとしたら、びくともしない。
「扉が開かない……。鍵がかかっている?」
「どれ、私が見てみよう。これは、魔道具の類だな」
ルシーは、いきなり扉に向けて魔法をぶっ放す。えっ!?
ドッカーン!!バラバラバラ……
扉ごと壁も吹き飛んだ!部屋の中が丸見えです……。
「ええー!ル、魔人さん!」
ルシー、いきなり魔法を撃つなんて……。
「ミーチェの契約者は、派手なのが好きなのかな。フフフ」
『ミャ~オ!(主、すごいね~!)』
「……」
ルーカス王子は、ビックリして固まっている。
「これで、中に入れるだろう。ミーチェ、中に入るぞ。クックッ」
入れるけど……。ルシーは、楽しそうに部屋の中へ入って行った。その後をついて入ると、壁際に、着飾った綺麗な男の獣人を盾にして、驚いている王女がいた。綺麗な男の獣人が、
「な、何者だ!ここは王女カミラ様の部屋だぞ!無礼な奴らだ、出て行け!」
「誘拐犯の王女に話があるんです。イチャついている所すみませんが、あなたには関係ない事ですから、この部屋から出て行ってください」
綺麗な獣人さんが、ビクッとして離れようとしたら、王女が止める。
「ダメよ!お前は、私を守りなさい!」
王女の言葉にムカッとして、軽く脅すつもりで、右手にある部屋のドアを目掛けて雷撃魔法を撃った。
ビリビリ!ドッカーン!!
扉ごと壁も吹き飛んだ!あれ~?鑑定さんとコアの魔力のせいね……。魔法の威力がいつもと違う……。後ろで、ルシーとジークが笑っている。王子は、目を見開いて私をじっと見つめている……。
「アハハ!ミーチェ、誰かの真似をしたのかい?」
「ん?ミーチェ、私を真似たのか?なかなか上手く真似たな。クックックッ」
『ニャ~ン?(ミーチェ、怒ってる~?)』
そんなに笑わないで……、王子は見ないで!
「ちょっと加減を……、間違えたんです!そこの王女の愛人さん?こちらに来てください」
「は、は、はい!」
王女はブルブル震えている。綺麗な獣人さんも震えながら、ゆっくりこちらに来た。
「貴方には、関係のない話なので、すみませんがこの部屋から出て行って貰えますか?」
「か、かしこまりました!」
綺麗な獣人さんは、一目散に部屋から出て行った。私は、王女を見て話しかける。
「これで、誘拐犯と話が出来ます」
「お前たち!こんな事をして、タダでは済まないわよ!」
男性陣は、私と王女の話をジッと聞いている。女の言い争いに口を出さないなんて、賢い男達ね……。
「こちらの言うセリフです。王女!なぜジークを地下牢に入れたり、薬を盛るなんて事をしたのですか?王宮まで来たら、帰してくれると言ったじゃないですか」
「お前は、<港街オース>にいた小娘か!」
王女は私を睨んだ。
「そうですよ。ジークを帰してもらう為に、ここまで来たんです。それなのに、帰りたくないと言っているなんて嘘までついて!本当は地下牢に入れて食事に毒まで盛るなんて!」
「フン!そいつが、私の誘いを断って、恥をかかせたからよ!」
王女は、当然のように言う。
「振られたからって酷い!ジークと私に謝って!」
「振られたですって!?ただの冒険者風情が、王女に向かって謝れなんて無礼よ!」
ムカッ!
「王女がどれだけ偉いの?ただ、そこに生まれて来ただけでしょ!謝る気がないなら、誘拐犯として強制的に罪を償ってもらいます。許さない!」
謝っても許さないけどね!
「王女に誘拐犯とは無礼な!可愛がってあげようとしただけよ!お前に、とやかく言われる事ではないわ!!」
ムカツクー!!雷撃魔法を……、怒りに身を任せたくなる。
「可愛がる?牢に入れて毒を盛る事が?もう、我慢できない!」
不意に、カミラ王女は魔法で攻撃して来たが、強化魔法と結界が張ってあったのではじかれた。
いきなり、攻撃して来た!ブチッ……!今回は、完全に切れた。
鑑定さん、ダンジョンコア、手伝って!あれを拘束して、引きずって連れて行くから……。
【了解】
【……】
王女に縄を掛ける様に結界をかけて、そのまま引きずって連れて行く。大型犬の散歩の様に……。
「キャー!何するの!痛い!止めて、痛い!放してー!」
「あなた、いきなり魔法で攻撃して来たでしょ!自業自得」
「ぐっ、カミラ……」
ルーカス王子は、王女の扱いを見て苦悶の表情をしている。
「はっ!兄さま!助けて!」
「誘拐犯、うるさいですよ」
全身を覆うように、更に結界を張って、声が聞こえない様にする。
「ミーチェ、重いだろう?僕が持つよ」
「大丈夫よ、ジーク。鑑定さんとコアに手伝ってもらっているから、軽いのよ」
「可愛いミーチェが、誘拐犯を引きずるのは似合わないよ。ねえ、僕が持つから、外の2人の護衛も連れて行くからね」
そう言って、ジークは私の手から結界の綱を取った。
「ありがとう、ジーク……」
ジークは、私の扱いが上手い。
◆ ◆ ◆
ミーチェが、先頭に立って行動するなんて……。いつもは目立たない様にしていたから、僕の知らない一面だね。プリプリ怒って、凄く可愛いよ。それにしても、ミーチェの魔法、また強くなったんじゃないかな。
ミーチェに向かって、いきなり魔法を撃ったバカ王女、この手で息の根を止めてやりたいんだが……。
誤字報告ありがとうございます。助かります。




