H-31C
「どうしたんだ一体?」
訊ねるZ氏の前でゆったりとした椅子に腰掛けるのはR氏。彼は元々Z氏と同じ研究所で働く研究員であった。
研究所を退職して一年、それが今や世界有数の資産家ときた。それをたまたま聴きつけたR氏が成功の秘訣を聞き出そうとやってきたのだった。
「ツキがまわってきたんだよ」
勿論、そんな考えなんてものはR氏もお見通しであった。Z氏だけでは無い。これまで尋ねて来た人々は皆そうだったのだから。
しかし、誰一人としてR氏から成功の理由を聴き出せた者はいなかった。
それもそのはず。成功の秘訣はR氏の能力ではなく、彼が肌身離さず持ち歩いている手帳の力によるものだからだ。
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丁度昨年の今日、幾つもの星が強く輝く晩のことだった。
その日、彼は大きなミスを犯してしまい上司にこってり搾られたことですっかりと気落ちしていた。週末だというのに帰路に着くその足取りも重く、フラフラと、そう、半ば呆けた状態で歩いていたものだから前方から迫る人影にも気付かず衝突してしまった。
「失礼」
受け身も取れず尻もちを着いたR氏を助け起こすことも無く、相手の男は足早に去ってしまった。
R氏は心の中で悪態をつきながら立ち上がろうとすると何かが転がっているのに気が付いた。拾い上げたそれは、手帳のようだった。どうやら、先ほどの男性が落とした物らしい。
呼び止めようとR氏が顔を上げた時には既に男性の姿は見えなくなっていた。
「──帰ろう」
今日はもう疲れた。交番へは明日届けにいこう。R氏は手帳をひとまず持って帰ることにした。
翌日、R氏が目を覚ますと枕元に悪魔が立っていた。ショックと混乱で口をパクパクさせていると、悪魔は深々と礼をしてみせた。
「今日から貴方様が私めのご主人様でございます。どんな願いも叶えてみせましょう。──魂は足りておりますので戴いたり致しませんのでご安心を」
半信半疑のR氏が恐る恐る願いを告げる。
「かね、金が欲しい」
「かしこまりました」
悪魔がパチン、と指を鳴らすと一瞬にして札束の山が部屋を覆った。
唖然とした表情のR氏に、他にもご要望があればお言い付け下さい、と悪魔は微笑むのだった。
それからは欲しい物があればR氏は悪魔に頼み、叶えてもらうようになった。
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Z氏が帰った後、R氏は夜空を眺めながら一人呟いた。
「自分はなんて運が良いのだろうか」
今となっては上司に叱られながら過ごした日々が馬鹿馬鹿しいとさえ思う。彼はワインを片手にいつまでも酔いしれるのだった。
同時刻、地球から遠く遠く離れた星では会議が行われていた。
会議の中心人物であるα博士の声が響く。
「我々の星は急激な科学の進歩を遂げたが、一方でこの星は不毛の星と化してしまいました。このままでは緩やかに絶滅の道を辿ることでしょう」
博士の言葉に喧騒が起こる。博士はそれらを手で制し、言葉を続けた。
「ご安心を。いち早く危機を察知した我々は以前より宇宙船を派遣し居住可能な星を探しておりました。そして遂に見付けたのです! 我々の第二の故郷足り得る星を!」
先ほどの喧騒を超える喧騒が起こる。それらは歓喜の声であった。博士のスピーチは尚も続く。
「その星を支配する生物達はその星を『地球』と呼んでいました。知的生命体のようではありますが、文明は我々の方が進んでおります。ですが、争いを好む危険な生命体であることが調査により判明しております。シミュレータによる演算によるとこのままではかの星の生態系が崩壊する、との結果も出ております」
怒号が巻き起こる。今すぐにでも手を打つべきだ、と。
「ですが、奴らがH-31Cを生成出来た場合──」
声の主は議長であった。
「その点は心配ありません。奴らはH-31Cを生成する技術を有しておりません。一年前に研究は基礎段階でしたので、緊急措置をとりました」
「緊急措置?」
「研究を中断させました。ですが今後いつ研究が再会されるとも限りません。迅速に移住計画を進めるべきでしょう」