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序章 小さな冒険 7

 ユータとマリとシンの三人は部屋を後にした。借りていた鍵を返しに行こう、とシンに言われたからだ。ユータもマリも先ほどの話の続きが気になったが、それ以上のことはまだ研究中なんだ、と言ってシンは教えてくれなかった。

 薄暗い電球に照らされてくねくねと曲がった階段を降りていくと地下二階の広間に着いた。ここは、「ホーム」の入り口地下一階の広間とは少し違った雰囲気であった。

 地下一階の広間の三分の一くらいの大きさで、大きくも小さくもない四人掛けのテーブルが三つ並んでいた。そのテーブルの上には、幾つかの酒瓶が転がっていた。椅子は無造作に置かれ、少し乱雑な感じがした。テーブルの上の蜀台の蝋燭は全部消えてしまっていたので、天井の電球だけが唯一の灯りであった。

 自分の部屋、つまり地下一階から地下三階の教室に向かうには二つのルートがある。一つは食堂を抜けるものと、もう一つはこの広間を抜けるものだ。

 ユータもマリも、教室に行くときはいつも前者を選んだ。その方が若干近いし、またこの広間がどことなく陰気であまり好きではなかったからだ。

 この地下二階には大人達の部屋がある。勿論、このフロアだけでは全ての大人を収容しきれないため、クラ兄さんのように相応の年齢になってもユータ達と同じ地下一階を寝床にしている者も少なからずいた。

 二人が早々にこの場を離れようとした時、マリが言った。

「お腹、空いたよぅ。」

 マリは、グーッと鳴るお腹をさすった。

 そう言えば、朝食以来、何も食べていなかった。唯一の食料であったもぐらチョコも無残に消えてしまったのだ。ユータもさすがに空腹を覚えていた。懐中時計を見た。すでに午後四時をまわっていた。

「よし、食堂に行こう。」

 シンは二人を引き連れ食堂へ向かった。

 食堂の扉を開けると、焼けた魚の良い匂いが流れてきた。「ホーム」でのメインの食料だ。テーブルにはとても大きな魚から、ユータの手の平くらいしかないものまで大小まちまちな魚が並んでいた。まだ手の付けられていないものも、きれいに骨だけになってしまったものもあった。おそらくお腹を空かせた子供達が幾つかを食べたのだろう。

「今日は、大人達は断食しないといけないんだって。」

 どこに座ろうか見回していたシンが、突然二人に話し出した。

「ダンジキ?」

 ユータは聴きなれない言葉をシンに返した。

「そうさ、祈祷祭の日は大人は何も食べない断食の日だって婆ちゃんが言ってた。多分、何かの儀式みたいなものさ。」

 ユータもマリも黙って聞いていたが、あまり良く分かっていないようだった。

 三人は他に誰もいないだだっ広いテーブルの椅子に腰を下ろすと、各々まだ身の付いている焼き魚を頬張った。マリはあまりに急いで食べたものだから、喉を詰まらせて、苦しそうに、お水、おみずーと叫んで胸を叩いている。

 ユータは急いでコップに水を汲みマリに手渡した。マリは目を白黒させながら一気に飲み干した。その様子を見ていたシンはお腹を抱えて笑っていた。

「この祈祷祭のために、大人達が一日分の食事を用意してくれていたんだ。子供は断食しなくっていいんだって。」

 ニヤッと笑いシンが言った。マリは二人の話など耳もくれずに黙々と食べていた。

 ユータはふと、さっきクラ兄さんに会った時のことを思い出した。

 キドがいなくなったことをシンに話そうかと思ったが、そうすると上の世界に行ったのがクラ兄さんにばれたことも喋ってしまいそうなので我慢して黙っていた。

 お腹一杯になった三人は食堂を後にした。

「ねえ、シン兄ちゃんは、この鍵どこから持ってきたの?」

 ユータは先頭を歩くシンに当然の疑問をぶつけた。

「いいから、とにかくついて来なよ。すぐに分かるよ。」

 後ろを振り向かずにシンは言った。

 曲がりくねった階段を降り、地下三階の教室の前を通り過ぎた時、シンはしっ、と口元に人差し指を立てた。教室の中で誰かが喋っている声が聞こえたからだ。数人の子供の高い声だった。

 そのままシンは二人を手招きし、さらに通路を奥へ向かった。通路の左右には、「書庫」と赤い字で書かれた部屋と、「倉庫」と、これまた赤い字で書かれた部屋がそれぞれ向かいあっていた。

 シンはさらに奥へと二人を促した。

「あれ、ここは行き止まりじゃ・・・」

 ユータがそう言うとシンは再び人差し指を口元に立て、その場に立ち止まった。

 そこには歪んでいて誰も目もくれないような小さな扉があった。ユータ達の身長の半分ほどであろうか。ユータもマリもその存在は一応知っていたが、気にもしていなかった。

 ユータが前に出て扉を押したり引いたりしたがびくともしなかった。周りに自分達以外誰もいないことを確認してから、シンはユータを押しのけ、扉の右下にある辛うじて存在が分かるほどの小さな窪みに予め持っていた先の尖った鉛筆を突き刺した。

 キキキ、という僅かな音がした。

 シンは、扉を横にスライドさせ開いた。

 ユータとマリは唖然としてシンを見つめた。シンはニヤリと微笑むと半身になって部屋の中へ入っていった。二人もそれに続いた。

 部屋の中はすえた衣類のような嫌な臭いがした。その部屋は思っていた通り狭く、通路を挟んで左右に古い小さな棚があるだけだった。シンはこの部屋を、秘密の小部屋と名付けていた。

 シンはユータから鍵を受け取ると、秘密の小部屋の左手奥にある棚の一番下の引き出しにしまった。

「なあ。」

 シンが突然小声で囁いた。

「冒険しないか?」

その言葉にマリが大きく反応した。

「えー、冒険!?」

「バカ、声が大きい。」

 シンはマリの口を手で塞いだ。

「うぐぐー。」

 マリは身悶えて何か言いたげだったが、シンが睨んだので言葉を控えた。

 冒険って、また上の世界に行けるのかな。昼の冒険を思い出しユータの胸は高鳴った。ところがシンは予想もしないことを言った。

「地底湖の冒険だ。」

 地底湖・・・

 その言葉を聞き、ユータは身震いをした。その話は以前ユリ婆さんから眠る前に聞かされたことがあったが、今までで一番恐ろしく、陰鬱な話だったのだ。


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