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序章 小さな冒険 6

 クラ兄さんの部屋にはユータとマリの部屋と同じように天井に窓があり、朝になると日差しが差し込み、それから一日が始まるという。でも今日は特別で、日の出には大広間に集合しなければならないので昨日から目覚まし時計をセットして事前に起きる用意をしていた。

 クラ兄さんが地下四階の大広間に着いた時には既に半分以上の大人達が集まっていたという。しばらくしてほぼ全員が集まり、祈祷祭が始まった。

「俺は、おかしいな。と思ったんだ。キドの姿が見えなかったからだ。この「ホーム」を嫌っている禿げの大男さ。」

 キドというのは、昨日食堂で叫んでいた巨体の男だということを、ユータもマリもこの時初めて知った。

「昨日、おれがちょっとばかり酷いことを言ったのが原因だったのかなと思ったんだよ。それで、祈祷祭が始まってから一時間ほどしてもキドの姿が見えないのを確かめた俺は、大広間をこそっと抜け出して奴の部屋に向かったんだ。」

 クラ兄さんは黄色いシャツの胸ポケットから煙草を取り出し、テーブルの上の蝋燭にかざした。薄紫色の煙が煙草の先から流れ出た。

 クラ兄さんは煙草を口にくわえ、ふーっと溜め息をつくとその端正な唇からも煙が流れた。

「でも奴はいなかったんだよ。」

 少し険しい表情をしたクラ兄さんは続けた。

「それからひとしきり「ホーム」の中を探したんだ。この部屋から始めて、全部の子供部屋へ行った。そして、子供達みんなにキドを見なかったか聞いたんだ。でも誰一人見てないって言う。食堂も、教室も大人の部屋も。それに地下五階、六階の作業部屋も探したけどいなかった。あんな大きな男はなかなか隠れようがないと思うんだけどな。」

 作業部屋というのは、大人だけが入ることを許される子供達にとっては謎の場所だった。ユータもマリも勿論行ったことがなかったし、当然入る為の鍵も持っていなかった。

「つまり、キドはこの「ホーム」にはいないことになる。」

 クラ兄さんは言った。

「もう一度最初から調べてみようと思ってこの広間に戻った時、君達がちょうど帰って来たと言う訳さ。君達も部屋にいなかったから不思議に思っていたんだけどね。」

 クラ兄さんは疑うような顔で二人を見た。

「何か知ってるかい?どこかで見なかったかい?キドを。」

 ううん・・・二人は首を横に振った。

 当然この時には、出て行く際に鍵を掛け忘れていたことにユータは気付いていた。マリは気付いていたのだろうかと心配になった。ふっとクラ兄さんが何かを思い出したかのように言った。

「ところで、二人はどうやって外に出たんだ?」

 ユータもマリも無言のまま俯いている。まるで、教室で質問に答えられなくてタイチ先生から責められた時のように。

「まあ、いいや。黙っといてやるよ。その代わり、キドを見つけたら直ぐに連絡してくれよな。」

 そう言うとクラ兄さんは、怪訝そうな顔を残して大広間の方へ戻って行った。

 二人は、シンの部屋に向かった。部屋に着き扉をノックすると中からシンの声が聞こえた。

「おー、ユータか。お帰り。」

 扉を開け中に入るとシンはベッドに腰を下ろし大きな表紙の本を読んでいた。

 表紙には見たこともない文字が刻まれており、紺色の大地と薄暗い空、そしてその空の真ん中には大きく渦巻く漆黒の雲のようなものが描かれていた。

 本はとても分厚かったが、薄汚れて黄土色に変色していた。

 この本を読むのにどれくらいの時間がかかるのだろう、とユータは思った。そんなことにはお構いなく、シンは本を床に投げ捨てて、二人に、どうだったと感想を求めた。

「ねえ、シン兄ちゃん。」

 シンの問いかけには答えずに、ユータは前々から思っていた疑問をシンにぶつけた。上はちっとも危なそうじゃなかった。それどころかとても住みやすそうに思えた。でも、どうして行ってはいけないんだろう、と。

「はははっ。」

 笑いながらも尤もだと言わんばかりにシンは真剣な顔で二人を見つめた。

「その答えは、この本の中にあるんだよ。」

 そう言うと、シンは今しがた読んでいたように思われるその本を指差した。ユータとマリは、訳が分からないというように目を丸くしてお互いを見つめ合った。

「ねえ、シン兄ちゃんはその本を読んだの?」

 マリが尊敬するような眼差しで尋ねた。

「いや、それがね。観てごらん。」

 シンはそう言うと、二人に分厚い本を広げて見せた。

 本にはびっしりとたくさんの文字が並んでいたが、やはりユータとマリには見覚えのないものであった。ミサト先生からたくさんの言葉を教わってきたつもりだったけど、何一つ分かりそうな文字はなかった。

 二人がぱらぱらとページをめくると、その本には、文字だけでなく、色々な挿絵が施されているのに気付いた。文字と同じ黒一色でそれらは描かれていたが、それらはこの世のものとは思えないくらいとても幻想的で神秘的に美しかった。様々な幾何学模様が自然な背景と調和し、読み手の原始的な本能の何かを刺激するような描き方をしているように見えた。

「ねえ、シン兄ちゃんは、これ読めるの?」

 マリがシンの顔を覗き込んだ。

 シンはちょっとばつが悪そうに、いいや、と首を横に振った。

「でも、俺は今研究してるんだ。」

 ユータには少し、言い訳のように聞こえた。

「けんきゅー?」

 マリが驚いた声を上げた。

「いや、研究って言っても大したことじゃない。ここに書かれている文字は、多分この世界のものじゃない。だから俺にも分からない。でも、この挿絵があるだろう。俺はこれを最初から調べていったんだ。そのうちにある結論に達したんだよ。」

 調べる、結論に達する、なんて大袈裟な言葉を使い、シンはまるで自分は学者であるかのように言った。マリは丸い目をキラキラ輝かせて聞き入った。ユータも早くその話を聞きたいと思った。

 シンは、研究成果を大勢に発表するみたいに、胸を張って言った。

「この本には、ここ、つまり俺達の住んでいる世界のことが書かれているんだ。」

 その話を聞くや否や、咄嗟にユータは昨晩聞いた言葉を思い出し、シンに尋ねた。

「ねえ、シン兄ちゃん、せかいいちかぜって言葉知ってる?」

「せかいいちかぜ?」

 シンは少しぎくりとした表情でそう返した。そして答えた。

「いや、知らない・・・」

 そしてユータの次の言葉をさえぎるかのように、即座にシンはベッドから立ち上がった。

 なんだか変だな、ユータはそう思った。


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