序章 小さな冒険 5
ユータとマリが「ホーム」に戻ってきた時、懐中時計の針はぴったり午後二時を指していた。
「楽しかったね。ねー。」
マリは同意を求めるようにユータに微笑んだ。
「そうだね。また行こうな。」
ユータも本心からそう言った。次はいつになるのかな。マリと一緒にいてそのお馬鹿なしぐさを見ているだけでも楽しいけど、今日は格別だった。
「チョコ、ごめんね。」
一応謝っておこうと思い、ユータは言った。
「いー、だ。」
マリは口を横に伸ばしてユータにあっかんべえをした。
もぐらチョコは「ホーム」での子供達の貴重なお菓子だった。
どこで誰がどのように作っているかはユータにも全く分からないのだが、五の倍数日に一人一個支給されるようになっていた。子供達全員の楽しみとも言える。ユータは毎日少しずつ食べるようにしていたが、マリは貰ったその日中に間違いなく食べきってしまうのだった。いや、むしろ、貰って数分のうちにというのが正しいのかもしれない。
地面に接触した小さい鉄の扉を空けた二人は、ゆっくりと扉を閉め、狭い階段を降りた。
今にも消えそうなほのかな電球に照らされた大きな扉があった。ユータはその扉に鍵を差し込み回した。扉はカチャリ、と音を立てたが、開こうとしても開かない。おかしいなぁと思い、もう一度鍵を差し込んだ。扉はガチャッという音を立てて開いた。二人はそっと中へと進んだ。
扉のすぐ先、つまり「ホーム」の最初の部屋地下一階は広間になっていた。地下四階、今日の祈祷祭が開かれている大広間ほどのスペースはないものの、仕事をしていない時間の大人や、退屈な時間の子供達の憩いの間になるには十分な広さがあった。
六人掛けのテーブルが六つと、それに対応した古びた椅子が所狭しと並べられていた。各々のテーブルには、蜀台が置いてあり、蝋燭に炎が灯っていた。入り口から見て部屋の正面と左右にはそれぞれ扉があり、左側の扉の向こうにはユータの部屋が、また正面の扉を進んだ先にはマリの部屋があるのだ。外から帰ってきてまだ目が慣れない二人は気づかなかったが、左真ん中のテーブルの椅子に誰かが座っていた。
「よお。」
二人が気付くか気付かないかのうちに、声がかけられた。
「デートはいかがでしたか。」
その声は、クラ兄さんのものだった。これは、まずいとこを見られてしまったかな、とユータは思った。
「あ、ああ、とっても暑かったよ。」
ユータは上ずった声で変な返事をした。そして、しまったな、と思った。
その時、マリがクラ兄さんにすかさず尋ねた。
「あれぇ、クラ兄ちゃん。今日は祈祷祭じゃなかったの?こんなとこにいて平気なの?みんなのとこにいなくて平気なの?」
クラ兄さんの動きが、一瞬止まったように二人には見えた。クラ兄さんは二十代も後半なので、祈祷祭には出席しなければならないはずなのだ。マリの鋭さに、鈍感なユータは少しびっくりした。
「あ、そうそう、おっしゃるとおりなんだけどね。それが、ちょっと変なことになっちゃってね。」
クラ兄さんは説明を始めた。