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序章 小さな冒険 4

 その日の朝、シンがユータの部屋にやって来た。

 シンはユータの三つ上で、少し頼りない感じの面持ちだが、とても頭が良くユータは尊敬していた。ユータは褐色地黒の肌をしていたが、シンはマリと同じような真っ白い肌をしていた。ユリ婆さんから、お前は女の子のようだね、女の子だったら良かったのにと言われているのをユータは何度か聞いたことがあった。

「なあ、ユータ。」

 ノックもせずドアを開けるなり、シンはユータに話しかけた。

「うー、ちょっと待って。」

 窓から差し込む光が眩しくて、ユータはうつ伏せになって布団を頭から被っていた。

「今日は、何の日か知ってるか?」

 ユータが布団から出てこないのも気にせずに、シンは聞いた。

「んー、分からない。」

 ユータは布団を内側から引っ張ると、だんご虫のように丸くなってしまった。シンはその布団をユータから力一杯剥がした。中からみのを剥がれた蓑虫のように寝ぼけ眼のユータが現れた。

「祈祷祭だよ。」

 シンはユータの普段着を棚から出して、ユータの顔に放り投げた。

「キトウサイ?」

「そうだよ、今日は俺達子供には、最高の日なんだよ。」

 パジャマを脱ぎ、普段着に着替えながら、ユータはシンの話を聞いていた。

 シンによると、祈祷祭、それは二年に一度開かれるこの「ホーム」の儀式のようなものらしい。成人した大人たちが地下四階の大広間に集い、早朝から深夜まで何やら得体の知れないことを行うらしいのだ。

「俺も詳しいことは知らないんだ。大人達が一斉に集まることしか。ただ、今日は俺達にとって最高の日であることは間違いない。勿論今日は授業もないから、何でもできて自由なんだからな。」

 シンが言うには、祈祷祭の日は大人が全員いなくなる。つまり、子供は遊び放題ということらしい。

 「ホーム」には、教育担当の大人が二人いる。一人はタイチという名の赤毛ででっぷり太った赤ら顔のごつごつした四十代くらいのおじさん、もう一人は小顔でいつも綺麗な身なりをしているが、吊り上がった目つきの少しきつそうな感じのミサトというお姉さんである。でも見た目ほど厳しくないことをユータは知っていた。タイチもミサトも子供達から先生と呼ばれていた。

 タイチ先生は見た目をそのままにしたような人で、お酒が大好きだった。所構わずいつも良い香りを振りまいていたので、子供達からは尊敬の意味も含めて影で「カオリちゃん」と呼ばれていた。

 栗色の髪をロングに伸ばしたミサト先生は、マリのお気に入りだった。ミサト先生も特にマリのことを他の子供より特別に優しく接しているようにしばしばユータは感じた。他の子供も同じように感じているのだろう。はっきりした年齢は分からないが、多分三十歳くらいではないかなとユータは思っている。

 タイチ先生は算数を、ミサト先生は国語をそれぞれ担当している。「ホーム」には全部で十七人の子供がいる。その内、今年生まれた二人、一昨年生まれた一人を除いて、全員が六歳以上、つまり教育を受けなければならない年齢に達していた。ユータは勿論、マリもその年齢に達していた。

 教育は「ホーム」内で授業と呼ばれていた。

 六歳から十五歳までの子供は、午前十時から十二時までと、昼食を挟んで午後一時から四時までの五時間を地下三階の「教室」で過ごさなければならなかった。二人の先生によって成される朝と昼の授業は日毎に入れ替わり、祈祷祭以外に特に休みの日は設けられていなかった。

 十四人の子供は年齢もまちまちだったので、個別に指導された。ユータは、算数は得意だったが、国語が苦手だった。マリは、その逆だった。それに比べて、シンは、算数も国語も全く難なく、しかも相当な速さでこなしていた。実際、十四歳のケンジが分からない算数の問題をすらすらと解いたのもシンだった。なんであんなに頭が良いのかユータはいつも疑問に思っていた。

「今日は特別なんだ。」

 シンが言った。

「なあ、ユータ。二年前のこの日のこと、覚えてるか?」

 シンが値踏むようにユータの顔を覗き込んだ。

「二年前の祈祷祭の日、俺は上の世界を旅したんだ。」

 シンはニヤッと笑って続けた。

「大人がみんないない。勿論授業もない。こんなチャンスは他にはないだろ?」

 ユータは、二年前のことを必死に思い出そうとしていた。

 あっ、そうだった、と記憶の断片が蘇った。

 いつもはマリや同い年のショーイチと地下二階と地下三階を使ってかくれんぼや鬼ごっこをしていたのだが、あの日は、大人たちの姿が全くなかったように思われた。その前日に婆ちゃんから、「明日は特別な日だから、ええ子にしてるんじゃぞ。」と言われていたことも思い出した。その日、一緒に遊ぼうとシンを探したが、部屋にも食堂にも教室にもいなかったことを思い出した。

「俺は、この「ホーム」を抜け出し、一人で上の世界に行っていたのさ。」

 シンが誇らしげに言った。その目は琥珀のように輝いていた。

「えっ、でもどうやって?」

 ユータは不思議そうに尋ねた。「ホーム」の外へ出ることは、婆ちゃんから固く禁じられているし、「ホーム」の掟に背く行為だと言われている。第一、上へ通じる扉には頑丈な鍵が掛かっていて、開けることは絶対不可能なはずだ。

「まだまだガキだな、ユータは。」

 そういうと、シンはよれよれのジーパンから、何かを取り出した。それは多少錆びてはいるが、元々は美しい輝きを帯びていたかのような鍵だった。重厚な金色のそれは見るからに持ち応えがありそうな代物だ。鍵には十字架の形をしたキーホルダーがぶら下がっていた。

「今回は、ユータ、お前の番だ。」

 シンは平然とした面持ちで言った。

「えっ?」

 ユータは戸惑った。シンは何を言ってるんだろう。まさか上の世界に行くなんてことが本当にできるんだろうか。シンは無言のまま、ユータに鍵を突きつけた。

「でも・・・」

 ユータがたじろいでいると、シンが言った。

「マリと一緒に言ってこいよ。これも勉強なんだから。でも、一時間だけだ。一時間したら必ず帰って来い、いいな。」

 そう言ってシンは鍵をユータの手の平に押し込めた。そして、部屋から出ようとした時、思い出したように振り返り、ポケットから一つの包みを取り出しユータに手渡した。もぐらの絵が描かれた銀紙からチョコレートの良い香りがした。そして付け加えるように言った。

「それから、このことはマリ以外誰にも話すなよ。いいか、男の約束だ。絶対だ。」

 そうして、シンは部屋を出て行った。

 ユータはどうしようかと迷いながら靴を履き、マリの部屋に向かった。マリの部屋をノックすると、「だーれ?」というマリの元気な声が聞こえた。ユータは事情を話し、マリの意見を伺った。

 その後、シンがどうやって鍵を手に入れたかなどと子供なりの推測を並べ、気付いたときには昼近くになっていた。シンが一度実行していたことで決心の付いた二人は小さな冒険の準備を整えた。


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