序章 小さな冒険 1
午後の日差しが燦々と荒廃した大地を照らしていた。溶けたアスファルトの中に埋もれた、曲がりくねった岩や木片が見え隠れし、奇妙なオブジェを描いていた。空は突き抜けるように青く一点のくもりすらなかった。
海沿いには日差しを浴びてセピア色に輝くサンゴが所狭しと密集し、大きな爪を持った甲殻類のような何かが、遊んでいるかのように水面から現れたり消えたりしていた。
遥か遠くの丘陵には空高くそびえ立つ木のようなものが見え、その影が痩せこけた老婆の手のようにこちら側へ長く細く伸びていた。
まだ幼い少女の目には、それらの景色がとても不安でそして恐ろしいものに見えた。
最初は眩しさのあまりはっきりとは分からなかったが、目が慣れるにつれ、だんだん経験したことのない緊張感が高まってきた。おたまじゃくしのような形で栗色の髪の毛をしたその小さな少女は、初めてここへやって来たのだ。
「おーい、マリ。」
背後でユータの声がした。その声にマリははっと立ち止まった。
ユータはマリの幼馴染で一つ年上の七歳になるいが栗頭で八重歯が可愛らしい少年だ。背はマリよりもこぶし一つくらい高い。浅黒い肌が日の光でぎらぎらしている。左目の上に大きな切り傷の痕がある。
「ちょっと待ってよ。一人でどんどん先に行っちゃダメだって。危ないかも知れないんだから。」
マリを追いかけるユータのつぎはぎだらけのシャツは、じっとりと汗ばんで砂色に汚れていた。
「ユータ、歩くの遅いよう。」
すごく不安だったのにこの景色に吸い込まれるように歩いていたのはどうしてだろう、とマリは思った。
「できるだけいっぱい見ておかないと。時間がないんでしょ?ちゃんとついて来てよね。」
マリははにかむような笑顔でユータを見つめた。
「そうだなぁ。一時間だけだよってシン兄ちゃんから言われたもんな。」
ユータは、首から提げた古くて所々錆びた懐中時計に手をやった。時計の針は一時十分を指していた。
「まだ出てきて十分しか経ってないや。そうだ、マリ。向こうに見える長くて上に伸びてるやつのとこまで行ってみるか。」
そう言ってユータは、遥か向こうに見えるそびえ立った大きな木のようなものを指差した。
「えーっ。あんな遠くまで行くの。大丈夫かなぁ?」
マリは少し不安そうにユータを見て、肩にかけている鉄製の水筒をさすった。
「大丈夫、だいじょうぶ。余裕だって。あそこの下で、おやつを食べてから戻ろう。なっ。」
ユータはこれまたつぎはぎだらけの半ズボンから皺くちゃになった包みを取り出した。
「あーっ、それ、もぐらチョコー。」
マリはびっくりした顔で、皺くちゃの包みを見た。そこには、ひげを数本生やしたもぐらが描かれていた。
「今、食べようっ。今すぐー。」
マリがだだをこねはじめた。
「だーめ、こういうもんは、たっぷり歩いてから疲れたときに食べると十倍美味しいんだから。」
「じゃあ、早くいこうよー。どんどん歩くんだからぁ。」
マリはユータの腕を引っ張って率先した。マリはよっぽどチョコが好きなんだな、とユータは可笑しく思った。
二人は左手にキラキラ輝く海を見ながら目的に向かって歩いた。マリは海の方をずっと見つめてしきりに手を振ってはしゃぎ、くるくると妖精のように回りながら歩き続けた。時折わけの分からない叫び声も上げたりした。
でも、マリの方が歩くスピードが早い。マリの靴は板底に布が巻いてあるだけの簡単なものだったが、数日前に婆ちゃんが作ってくれた新品だったのですごく歩きやすそうだ。それに比べてユータの靴はスリッパに糸を巻きつけたような、見てくれも悪く快適性もないひどいものだった。おまけに古くて底が擦り切れそうだ。
足の裏が痛くなってきた。マリの歩調に合わせていたユータは思った。