河童
「なあ.......」
『.......』
「俺もさ、悪かったと思うよ。でもさ、あのままだとまずかったじゃん」
『.......』
「ごめんて」
『.......』
「.......和臣」
「あ、葉月。奇遇だな、こんなとこで会うなんて」
日曜日の昼。俺は学校の近くの遊具など何も無い公園の日陰にしゃがんでいた。もう冬に近づき始め、上着が必要になってきた。
「あなたこそ、何してるの?」
「お使いの帰り」
先程駅前で買った野菜と牛乳の袋を見せる。
葉月は喋らないインコを見る目で俺を見た。
「.......あなたの隣りで泣いてる子の事よ」
「あぁ。ほら、挨拶しろよ。女の子だぞ」
俺の隣りで膝を抱えて泣いている奴の背中を叩く。
『.......』
「.......ごめん、今ちょっと傷心中だから」
『くわーー!!』
「いて」
どんっと横に押されて、倒れた上に乗られる。
「ちょっと! 和臣!」
葉月が慌ててよってくるが、俺の上に乗った緑の何かは俺の顔にぺたぺたとした手を押し付けてくる。
『くわー!!』
「ごめんて。でも干からびかけてたから」
『水!!!』
「だってちょうどココア飲んでたから」
『くわーー!!』
緑色のそいつの脇に手を入れて持ち上げる。
バタバタと動いているが、あまり強くない。
もしかしてココアのせいか。
「和臣、それ.......」
「お皿がな。干からびてたから、助けてやろうと思って」
「.......」
「ココアかけたら泣いちゃった。ごめんね」
「.......」
しくしくと泣き始めたそいつのくちばしにキャベツをあげれば、泣きながらむしゃむしゃと食べた。
「.......カッパ?」
「そう、河童。向こうのさ、女子高の裏に川あるだろ? そこに住んでる」
総能公認、ウチの管理下の川に昔からいる妖怪だ。
位は高いが悪さはしないので放っておく事になっている。
「.......なんでそんなにフレンドリーな仲なの?」
「昔家の池に連れて帰ろうと思って捕まえたんだ。それから仲良しだよな?」
『違う!!』
小さな黒い目を見開いて河童が叫ぶ。
「あ、とても仲良し?」
『違う!! 無理やり川から引っ張って! あんなに山の方まで連れてって! ただの子供だと思ったのに!』
「でも結局姉貴に見つかって川に帰っちゃったじゃん」
『静香ーー!! 助けてーー!!』
「今日の夜姉貴居るよ。家来る?」
『行かない!!川に.......あ』
ぴたっと河童の動きが止まる。
葉月を見れば自販機で水を買っていた。
「どうした?」
『.......今お前しかいないのか?』
「え? なに、術者がってこと?」
『.......くわ』
葉月が戻ってきてペットボトルの水を河童の皿にかけた。ココアが流れていく。
『.......ありがとう』
「.......どういたしまして。この人話を聞かないから、ごめんなさいね」
『くわ』
除け者感がすごい。なぜだ、俺はこの河童とは子供の頃からの知り合いのはず。きゅうりをあげたこともある。姉がいないと出てきてくれないし、1度本気で尻子玉を抜かれかけたが、仲良しのはずだ。俺はそう信じている。
思い返せばあの頃の楽しい思い出が.......子供の頃の俺容赦ないな。相撲で霊力任せにぶっ飛ばしたり、糸で川に網を張ってみたり。その他の遊びも妖怪から見ればたまったもんじゃ無かったかもしれない。子供ってこわい。
今度お詫びにきゅうりを持って行こう。ごめんね。
「どうしてここにいるの? 川から出たら干からびちゃうわ」
『.......変なのが居る。静香、もう学校にいないから、呼びに来た』
「変なの? 何かしら、川にいるの?」
『くわ。どけて』
「いいわよ。私も術者なの、力になれるかもしれないわ」
『くわ』
河童は俺の手から離れて葉月の足にしがみついた。
「おい、俺も術者なんだけど。なんと今日は札まで持ってるんだけど」
ポケットから札を出せば河童は葉月の後ろに隠れてしまった。
「和臣! この子妖怪なんでしょ! 札なんか見せてどうするのよ!」
ばしんっと頭を叩かれる。
「.......ひどい.......俺も役に立とうと.......」
「行きましょ」
葉月は河童を抱えて歩いていった。
俺は黙って後ろをついて行く。
『あれ。どけて』
小さな橋の上から川を覗けば。
「.......和臣、これはどうすればいいのかしら?」
「.......しらなーい」
「ちょっと、いじけないでよ」
ぺたっと俺の右手に何かが触れた。
『和臣、あれどけて。お願い』
「.......いいよ。さっきはごめんね」
『くわ』
俺は河童が好きだ。妖怪の中で1番好きかもしれない。だって可愛いから。緑でぺとっとしていて、くちばしがあって。小さくて絶妙なバランスで可愛い。
「.......ちょっと、今私は河童に負けたの? 人間の女の子より河童がいいの?」
「違いますけどー。そりゃ葉月さんの方が好きですけどー」
「 .......嘘くさいわね」
「だって最近葉月さん俺を避けるじゃないですかぁ。兄貴とばっかり話すじゃないですかぁ」
「.......え?」
「上着と牛乳持ってて。あー、寒」
橋から降りて、靴のままざぶざぶ川に入った。
キンキンに冷えた川に手を突っ込んで、河童が嫌がっている物を引っ張る。
「.......重い。誰だよこんなとこに.......」
膝の上どころか腰までびしょ濡れになりながら、川に捨てられた自転車を引きずり出した。
「はぁー。寒いし重いし何なの? 自転車捨てるならもっと違うところに捨てろよな」
引き揚げた自転車をどこに持っていくべきか。ただ1度家に帰って着替えなければ。寒すぎる。
『和臣』
とぷんっと音がして、水の下に緑色が見える。
『ありがと』
「うん」
可愛い。くちばし触らしてくれ。可愛い。
「和臣!!」
橋から葉月が降りてきた。上着を受け取って、河童に手を振ってバス停に向かう。
「ちょっと、何も川に入ることないじゃない。寒いでしょ?」
「だってどけてって言われたから。かわいそうじゃん」
可愛いし。
「和臣」
「なーに」
「和臣、あのね」
「なにー」
「別に、あなたを避けてた訳じゃないわ」
「ふーん」
「お兄さんと話してたのはね」
「.......うん」
ぱしゃっと場違いな音がした。
「へ?」
「あなたの写真が欲しかったんですって! だから共有したのよ。私が修学旅行の写真で、お兄さんは昔からの写真よ。あなたが転んで泣いているのもあったわ!」
くすくすと葉月が笑う。ちょうど来たバスに乗る。
「.......写真?」
「あなたって、すぐ変な場所に行くでしょ? 学校のスナップ写真に全然映らないんですって!」
「.......」
「お兄さんが私に頼んだのよ。それで、私.......」
「.......なに?」
「あなたの写真を撮ろうと思って。修学旅行はあまり撮らなかったから、隠れて写真を撮ってたの。だから避けてた訳じゃないのよ、隠れてたの」
「.......2重の意味で恥ずかしい」
「ふふ」
やけに上機嫌な葉月に手を引かれて家に帰る。
妹におそいと叱られ、キャベツがないことを責められた。お使いもできないのかと言われ、結構本気で泣いた。
次の日。兄貴が俺の修学旅行の写真を大量に持っているのを発見した。明らかにおかしなアングルだったので、1枚奪って後ろを見れば、ムカつくパイナップルの絵。変態め。
俺じゃなくて葉月の写真が欲しかった。
学校帰りに川に自転車を取りに行けば自転車の下に綺麗な石が置いてあった。
やっぱり可愛い。季節外れのきゅうりを置いて、自転車を捨てに行った。
普通に迷って、追いかけてきた葉月と一緒に家に帰った。
河童に心惹かれる。