好きと好き
川田さんの話。
「美久ってさー」
放課後の教室に忘れ物を取りに来た時、中から聞き覚えのある声達が溢れた。
「なんか違くない?」
「それなー、今日ビーズ持ってきたじゃん? 高校生でビーズって」
「子供っぽいよねー」
「いっつも葉月の隣で笑ってるだけだしね」
「それー! 葉月が優しいからってベッタリし過ぎ。まあ悪い子じゃないんだろうけど」
「悪い子じゃないけどウチらとはタイプ違うよねー」
ぎゃははっと笑い声が上がって、私はそのままトイレに入った。
みんなとタイプが違うのは分かっていた。それでも、みんな仲良くしてくれていたし、楽しいと思っていた。葉月とはクラスの中で1番仲がいい、そう思っているからいつも一緒にいるだけだ。
「.......私、勘違いしてるのかな」
しばらくトイレで時間を潰すことにした。
その日、文化祭準備の時はみんないつもと変わりなかった。私からはあまり話さないが、たまに話かけてくれるし、ご飯にも誘ってくれた。
「葉月! ハサミおろして!」
「私にも布ぐらい切れるわ」
「怖い! ハサミに迷いが無さすぎて怖い!」
隣りに座った葉月が真剣な顔でハサミを持っている。先程から針を5本は折り、玉結びを教えたところ糸を引きちぎっていた。周りの女子達は怯えはじめていた。
「は、葉月。私が切るから、見てて?」
「.......美久、私も何かできないかしら?」
「.......もうすぐお昼だね」
不満そうな葉月の隣りで作業をして、お昼過ぎ。
何故か隣りに七条くんが座った。他の女子達が怪訝そうに七条くんを見る。私も七条くんを見て、驚いた。すごく上手い。私は裁縫が趣味で、そこそこ自信もある。でも、七条くんは私よりすごい速さと綺麗な縫い目で作業を進める。
周りの女子もすごいと褒めていたが、だんだんと雲行きが怪しくなる。
「で、でも! 本当に上手だね。お裁縫、好きなの?」
思わず話しかけてしまった。普段なら自分から男子に話しかけるなんてありえないのに。
「ま、まあ。得意ではあるかな」
「へ、へえ」
会話が終わった。自分のコミュニケーション能力の低さが恨めしかった。
トイレを出て教室に戻れば、もう誰もいなかった。
机からビーズの缶を取って、帰ろうと思った時。
するっと缶が滑り落ちて、ビーズが教室の床に広がった。
「.......もういいかな」
大好きなはずのビーズが散らばっても、今は何とも思わなかった。このまま嫌いになりたいな、と思った。
その時、勢いよく教室の戸が開いた。振り向く気になれず、じっと床を見ていた。
「川田.......?」
ドキンっと胸がはねた。
「あ、あ! 七条くん、あの、その」
ハキハキ話せない自分が嫌い。葉月みたいになんでもできるわけではなくて、ハッキリしない自分が嫌い。他の女子のようにノリが良くない自分が嫌い。
「これ、ビーズ?」
七条くんがビーズを拾ってくれても、顔を上げられなかった。それから、自分でもびっくりするぐらいベラベラと話した。何も面白くない、自分勝手に話しただけ。全て嫌いになりそうだった。
「川田。1階の窓、開けてきてくれ」
「え?」
「どうしても開けて欲しいんだ! 頼む!」
「い、いいけど.......」
なんだか必死な七条くんに圧されて、1階の窓を開けに行った。気持ちはまだドロドロしていて、ゆっくり教室に戻った。教室に入れば。
「七条くん、開けてきたけど.......」
「おお! ありがとう。助かったよ」
ニコニコと笑う七条くんがいた。
「よ、よく分からないけど.......どういたしまして?」
「あ、川田。ビーズ拾っといたぞ」
「え! え、だって、どうして?」
渡された缶はずっしりと重くて、本当に全て拾ってくれたようだった。
「いやぁ! 俺ビーズ拾うのだけは得意なんだよ!
箒で集めたらゴミとか混ざっちゃうだろ?
せっかく綺麗なのに、もったいないから」
こんな短時間で拾えるとは思えなかったが、ニコニコしている七条くんを見て、ちょっと気持ちが楽になった。
「.......ありがとう。七条くんは、こういうの、すき?」
「え?」
思わず聞いてしまった。目を丸くしている七条くんを見て、この人はちょっと幼いな、なんて思った。
「こういう、ビーズとか、お裁縫とか」
「好きというか.......綺麗だとは思うよ」
綺麗。好きとは言わなかったが、明らかな肯定だった。なんだ、七条くんが綺麗だと思っているなら。
「そ、そっか。あ、ありがとう!また明日ね!」
ビーズもお裁縫も、悪い物じゃないらしい。
それから、文化祭が終わって七条くんは元気がないようだった。クラスの女子達は相変わらず私に優しくて、私は変わらず葉月の隣りで笑うだけ。
でも。私は今日、少し変わった事をする。
絶対に今日やる、もう何回も先延ばしにしたが、絶対に今日こそは。私自身をちょっと好きにしてくれた、私の好きな人に気持ちを伝えるのだ。
夕方の教室で見た七条くんは、なんだか雰囲気が違った。この間のような幼さはなくて、どこか遠くを見るような感じがあった。
それから、振られて。廊下で葉月に会って。泣いて。
でも、やっぱり七条くんが好きで。でもこの好きはさっきの好きとは違くて。
七条くんが次の日から学校に来なくなって、私はちょっと変わった。葉月が学校を休んだ日。この間の女子達に、「このビーズ、綺麗でしょ?」と聞いてみた。ちょっと面倒くさそうに缶を見た女子達は、おっ、と驚いた顔をした。
「え、かわいい。ねえ、これで髪留めとか作れる?」
「あ、可愛いかもー!」
なんてことはない。私から近づけば良かったのだ。だって綺麗なのだ。好きじゃないかもしれないけど、綺麗だと言ってもらったのだ。
「一緒に作ろ?」
「「いいねー!」」
タイプは違うけど、別に嫌いな訳では無い。無理に笑って一緒にいるのではなくて、普通に友達になりたい。
「おっと!!」
誰かが通りがかりにビーズの缶を落としかけて、そのままキャッチした。
「ちょっと田中ー! 落とさないでよね! それ美久のなんだから!」
「悪い悪い! ごめんな、川田」
大声で謝った人は、本当に申し訳なさそうな顔をして、子供みたいだった。
なんだか面白くて、思わず笑ってしまった。
「いいよ」
「.......わ」
田中くんは急に走り出して、教室を出ていった。
それから、1人の男の子がよく私を笑わせにやってくるようになったのは、結構すぐの話。
これからちょっとおまけが増えます。
もしよろしければ、ご覧下さい。