表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/304

好きと好き

川田さんの話。

「美久ってさー」


 放課後の教室に忘れ物を取りに来た時、中から聞き覚えのある声達が溢れた。


「なんか違くない?」


「それなー、今日ビーズ持ってきたじゃん? 高校生でビーズって」


「子供っぽいよねー」


「いっつも葉月の隣で笑ってるだけだしね」


「それー! 葉月が優しいからってベッタリし過ぎ。まあ悪い子じゃないんだろうけど」


「悪い子じゃないけどウチらとはタイプ違うよねー」


 ぎゃははっと笑い声が上がって、私はそのままトイレに入った。

 みんなとタイプが違うのは分かっていた。それでも、みんな仲良くしてくれていたし、楽しいと思っていた。葉月とはクラスの中で1番仲がいい、そう思っているからいつも一緒にいるだけだ。


「.......私、勘違いしてるのかな」


 しばらくトイレで時間を潰すことにした。




 その日、文化祭準備の時はみんないつもと変わりなかった。私からはあまり話さないが、たまに話かけてくれるし、ご飯にも誘ってくれた。


「葉月! ハサミおろして!」


「私にも布ぐらい切れるわ」


「怖い! ハサミに迷いが無さすぎて怖い!」


 隣りに座った葉月が真剣な顔でハサミを持っている。先程から針を5本は折り、玉結びを教えたところ糸を引きちぎっていた。周りの女子達は怯えはじめていた。


「は、葉月。私が切るから、見てて?」


「.......美久、私も何かできないかしら?」


「.......もうすぐお昼だね」


 不満そうな葉月の隣りで作業をして、お昼過ぎ。

 何故か隣りに七条くんが座った。他の女子達が怪訝そうに七条くんを見る。私も七条くんを見て、驚いた。すごく上手い。私は裁縫が趣味で、そこそこ自信もある。でも、七条くんは私よりすごい速さと綺麗な縫い目で作業を進める。

 周りの女子もすごいと褒めていたが、だんだんと雲行きが怪しくなる。


「で、でも! 本当に上手だね。お裁縫、好きなの?」


 思わず話しかけてしまった。普段なら自分から男子に話しかけるなんてありえないのに。


「ま、まあ。得意ではあるかな」


「へ、へえ」


 会話が終わった。自分のコミュニケーション能力の低さが恨めしかった。




 トイレを出て教室に戻れば、もう誰もいなかった。

 机からビーズの缶を取って、帰ろうと思った時。

 するっと缶が滑り落ちて、ビーズが教室の床に広がった。


「.......もういいかな」


 大好きなはずのビーズが散らばっても、今は何とも思わなかった。このまま嫌いになりたいな、と思った。

 その時、勢いよく教室の戸が開いた。振り向く気になれず、じっと床を見ていた。


「川田.......?」


 ドキンっと胸がはねた。


「あ、あ! 七条くん、あの、その」


 ハキハキ話せない自分が嫌い。葉月みたいになんでもできるわけではなくて、ハッキリしない自分が嫌い。他の女子のようにノリが良くない自分が嫌い。


「これ、ビーズ?」


 七条くんがビーズを拾ってくれても、顔を上げられなかった。それから、自分でもびっくりするぐらいベラベラと話した。何も面白くない、自分勝手に話しただけ。全て嫌いになりそうだった。


「川田。1階の窓、開けてきてくれ」


「え?」


「どうしても開けて欲しいんだ! 頼む!」


「い、いいけど.......」


 なんだか必死な七条くんに圧されて、1階の窓を開けに行った。気持ちはまだドロドロしていて、ゆっくり教室に戻った。教室に入れば。


「七条くん、開けてきたけど.......」


「おお! ありがとう。助かったよ」


 ニコニコと笑う七条くんがいた。


「よ、よく分からないけど.......どういたしまして?」


「あ、川田。ビーズ拾っといたぞ」


「え! え、だって、どうして?」


 渡された缶はずっしりと重くて、本当に全て拾ってくれたようだった。


「いやぁ! 俺ビーズ拾うのだけは得意なんだよ!

 箒で集めたらゴミとか混ざっちゃうだろ?

 せっかく綺麗なのに、もったいないから」


 こんな短時間で拾えるとは思えなかったが、ニコニコしている七条くんを見て、ちょっと気持ちが楽になった。


「.......ありがとう。七条くんは、こういうの、すき?」


「え?」


 思わず聞いてしまった。目を丸くしている七条くんを見て、この人はちょっと幼いな、なんて思った。


「こういう、ビーズとか、お裁縫とか」


「好きというか.......綺麗だとは思うよ」


 綺麗。好きとは言わなかったが、明らかな肯定だった。なんだ、七条くんが綺麗だと思っているなら。


「そ、そっか。あ、ありがとう!また明日ね!」


 ビーズもお裁縫も、悪い物じゃないらしい。


 それから、文化祭が終わって七条くんは元気がないようだった。クラスの女子達は相変わらず私に優しくて、私は変わらず葉月の隣りで笑うだけ。

 でも。私は今日、少し変わった事をする。

 絶対に今日やる、もう何回も先延ばしにしたが、絶対に今日こそは。私自身をちょっと好きにしてくれた、私の好きな人に気持ちを伝えるのだ。


 夕方の教室で見た七条くんは、なんだか雰囲気が違った。この間のような幼さはなくて、どこか遠くを見るような感じがあった。


 それから、振られて。廊下で葉月に会って。泣いて。

 でも、やっぱり七条くんが好きで。でもこの好きはさっきの好きとは違くて。


 七条くんが次の日から学校に来なくなって、私はちょっと変わった。葉月が学校を休んだ日。この間の女子達に、「このビーズ、綺麗でしょ?」と聞いてみた。ちょっと面倒くさそうに缶を見た女子達は、おっ、と驚いた顔をした。


「え、かわいい。ねえ、これで髪留めとか作れる?」


「あ、可愛いかもー!」


 なんてことはない。私から近づけば良かったのだ。だって綺麗なのだ。好きじゃないかもしれないけど、綺麗だと言ってもらったのだ。


「一緒に作ろ?」


「「いいねー!」」


 タイプは違うけど、別に嫌いな訳では無い。無理に笑って一緒にいるのではなくて、普通に友達になりたい。


「おっと!!」


 誰かが通りがかりにビーズの缶を落としかけて、そのままキャッチした。


「ちょっと田中ー! 落とさないでよね! それ美久のなんだから!」


「悪い悪い! ごめんな、川田」


 大声で謝った人は、本当に申し訳なさそうな顔をして、子供みたいだった。

 なんだか面白くて、思わず笑ってしまった。


「いいよ」


「.......わ」


 田中くんは急に走り出して、教室を出ていった。

 それから、1人の男の子がよく私を笑わせにやってくるようになったのは、結構すぐの話。

これからちょっとおまけが増えます。

もしよろしければ、ご覧下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ