海船
海に着けば、もう他の人達は仕事をしていた。
「早いな。まだ日が暮れてないのに」
「.......和臣」
「どうした?」
「.......あれ、なに?」
葉月が見る方を向けば。
「.......!! 全員退避!! 海を見るなーー!!」
葉月の腕を掴んで走り出す。ぼうっとしていたゆかりんも引っ張って、海を背に走っていく。
「和臣!?」
「絶対に振り返るな! 優止! 優止ーー!」
「和臣ーー!」
遠くから優止の声がする。
「呪術が崩れた!! このままだと来る!」
「かけ直せないのか!?」
「やってるが大分脆くなってたんだ! このままじゃ間に合わない!」
「くそっ!」
浜から出て、葉月とゆかりんをコンクリートの壁の裏に隠す。
「優止ーー!! 俺も行く!持たせろー!!」
「当たり前だー!!」
急いで手袋と指環を付けて、海を見る。
「っ!」
「か、和臣、あれ、」
「七条和臣、急になによ」
「2人とも、絶対海を見るな。隊の人が来ても、動くなよ」
胸元から札を出して、2人の足元に投げる。
「そこから出ずに、待っててくれ」
「はあ? 私だって仕事で来てるのよ?」
「.......か、和臣。行かないで」
「.......ゆかりん、葉月を見ててくれ」
俺はそのまま海に向かって走り出す。
太陽はちょうど沈み、暗い色になった海で。
大きく精巧な呪術が曖昧になった海で。
船が来た。
乗員は満杯。それでも、まだ乗員を探している。
もし、もし。この岸に来たら。
こちら側に来たら。
「全員攫われる.......!」
妖怪ではない。門から出た幽霊でもない。
ずっと海を彷徨う何か。
生者なのか、死者なのか。どちらも区別なく乗せて、その船は海のどこかを進んでいく。
それを見ただけで、岸に着けば攫われる。
「和臣ー! こっちは何とかなりそうだ! 船は!?」
「こっちに来てる! 俺の糸じゃ止められないぞ! 俺が攫われる!」
「何とか.......あと少しなんだ!」
「.......期待して待ってろ!」
胸元からありったけの札を出して、海に放つ。
これで。
「.......は!?」
半分以上の札がそのまま海に落ちて沈む。
残りの札も、思った通りの働きをした物は少ない。
「.......まさか、紅茶で滲んだ!?」
さっき葉月達に出した札は、端がふやけた程度だった。それでも、他の札はダメだったのかもしれない。
「ウソだろ.......」
もう札はない。糸を出すしかない。
出すしかないが。
「.......触ったら、攫われるな.......」
糸はあの船と繋がりを作ってしまう可能性がある。
俺の霊力で出来ているし、俺と繋がっているから。
それでも、後ろを思い出して。
「.......よしっ! 【滅糸の六・代瑠辺糸】」
術で間に合わない部分を、糸が埋める。
上下左右から糸が船に巻きついて、本来ならそのままへし折るはずが。
「【爆蹴】!」
俺の糸が船に届く前に、ずぎゃんっと何かが撃ち抜かれた。船が揺れて、動きが遅まる。
「七条和臣ーー! ここに三条の門下がいることを忘れるんじゃないわよっ! 飛び道具なら任せなさい! 直接繋がってなくても打ち抜けるのよ! 私達は!」
「ゆかりん!?」
「み、見ちゃった物は仕方ない! 海に返せばいいのよ! こっちに来なきゃいいんだから!」
遠目にも震えている事が分かるゆかりんは、コンクリートの壁の上に立っている。
そして、壁からひょこっと顔を出した葉月が、鋭く札を放つ。
「私だって! 今日はいつもの2倍は札を持ってるのよ!」
「七条和臣! あんたは呪術の方に行きなさい! 蹴鞠もね、最近はポータブルよ! 紙風船なんだから! いくらでもあるのよ!!」
「紙風船なの!?」
葉月が驚いている。
「余程のことがない限り使わないわよ! 本物は! かさばるから!」
頼もしくなった2人を見て。
「まかせた!」
優止の元へ走る。
「和臣ー! 右端がまだ脆い! 何とかできるか!?」
「何とかする!」
とりあえず霊力を叩き込んで持たせるが。
「.......俺じゃ無理だ、難しすぎる」
どこをどういじっても壊す未来しか見えない。
今も、どんどん崩れていく。
「はははぁ! 当たり前だよ! 君は呪術は専門外だしね!」
耳元から聞こえた声は。
「それに、ねえ。これはちょっと難しいのさ! なんせ僕が100年かけて作ったんだから!」
「変態!」
「はははぁ! ここでも変態呼びかい? 最高だよ!」
「おい、お前、これ直せるか!?」
「はははぁ! もちろん! 僕が作ったんだから!
君が望むなら、何回でもかけよう!」
「頼む!」
「うんうん! 任せてくれ!」
変態がぱちんっと指を鳴らせば。
ばたばたと呪術が組みあがる。周りの力を落とし込んで、とんでもない巨大な呪術が完成する。
「どうだい? なかなかの出来だろう!」
「やった! .......船は!?」
船を見れば、まだ岸には着いていない。
「止まった.......か?」
「残念だけど、和臣くん。あの船は抜けてしまったよ、こちらに来る」
「待て!? まてまてまて! どうすればいい!? なあ!」
ゆっくりと進み出した船を見て、どうしようもない絶望が襲う。葉月も、ゆかりんも、ここにいるほぼ全員。このままでは攫われる。ずっと戻れない、暗い海に連れられる。
「.......僕はね、昔、どうしようもない事にあったんだよ。人の僕じゃ、どうしても時間が足りなくてね。 まあ、今じゃもう大昔の話さ!」
「おい!? 何言ってんだ、 早くどうにかしないと!」
「今の僕なら、何とかできるってね!」
変態が手刀で船を薙ぐ。
ずるり、と船がズレて。
中身が、零れる。
「和臣くん、見ない方がいいよ! すぐに片付けよう、待っていてくれ!」
ぼとぼとと落ちる中身を見ようとして、変態に目を隠される。
すっと冷たい空気を感じて。
視界が開けた時には、海に帰る船が見えた。
「はははぁ! 沈めてもダメか! やっぱり岸に着けないようにするしかないね!」
「.......変態、お前」
「和臣くん、勘違いだよ! 昔の僕は、ほんの少しだけ責任感なんてものがあったけどね! 今は君がいるからやっただけさ!」
この浜には、色々な話がある。
沢山の負の力が集まってしまう地形で、昔からあの船が岸に着いていたとか。
多くの人が攫われたとか。
人魚がいたとか。
「.......なあ、今回は、ありがとう」
「はっ.......」
変態が笑った顔のまま固まる。
「.......いや、今回は助かったから、この件だけな! 変態!」
「.......はははぁ、最高の気分ってやつだね.......」
「変態? どうした?」
「僕のやった事は、意味があったって事さ! はははぁ! じゃあ、連休を楽しんでね、和臣くん!」
ぱちんっと音がなって変態が消える。
夜の砂浜には。
静かな波の音が、響いていた。
変態(晴明)は本当に和臣がいたから手を出しただけです。
昔から別にいい人では無かったですが、道満のことは好きでした。