静かな親心
静香(姉)の話です。
高校の制服が嫌いだった。
早く制服を脱いで大人になりたかったし、あの紺色のセーラー服を見ると、あの時を思い出すからだ。
16歳の春。桜は満開で、もうすぐ弟の誕生日だという時。
母が死んだ。
妹が生まれてすぐの事だった。
父は静かに挨拶をして、兄は黙って棺を見ていた。
いつも泣き虫の弟は、一言も声を出さずに、ただ、じっと座って涙を流していた。
みんな我慢せずに大声をあげて泣けばいいじゃない、今日は仕方ないわよ、母からもしっかり者と言われていた私なら、みんなにこう声をかけるはずだった。
でも、いつもは大声で泣く弟ですら黙っているので、静かな部屋で私の嗚咽だけが響いてしまって、どんどん何も言えなくなった。
私はお姉ちゃんなのだから、泣いてはいけない。
母がいなくなったのなら、私が代わりにならなければならないのだから、泣いてはいけない。
七条の当主補佐として、しっかりしなくてはいけないのだから、泣いてはいけない。
弟も妹も、まだ小さいのだから、私は泣いてはいけない。
私だけが悲しいのではないのだから、私は泣いてはいけない。
喉からどうしようもない声が零れていくのを止められなくて、制服のスカートに涙が落ちていくのを見つめるだけで、何も言えなかった。
葬式も最後になった頃。
隣に座っていた弟が、ぎゅっと私のスカートを握った。
私の弟は、天才的な術者のくせに、泣き虫だ。
イタズラだって多いし甘えん坊だ。
母は私達に甘い人だったので、私がしっかり弟を育てなくてはと思っていた。
厳しくしたし、怒ったりなんてしょっちゅうだ。
それでも、お菓子を持っていたら絶対に私に半分くれる弟が、私は好きでしょうがなかった。
「.......ねえちゃん、行こう」
顔を上げれば、父も兄も棺の前に移動していた。
「か、かずおみ、は、だ、だって、」
自分でも何を言っているのかは分からなかった。
私はもうただのお姉ちゃんではないのに。
七条家の長女として、母がいない家での母代わりとして、弟も妹も守らなくてはいけないのに。
「最後だから。ねえちゃん、行こう」
「だっ、だって、か、母さんは、」
「最後に会いに行こう」
弟はいつの間にか泣き止んでいて、兄と同じ顔をしていた。
兄も私も、父さんに似ていた。切れ長と言われる少しキツめな目も、少し高めな鼻筋と身長も。弟が何一つ似なかったそれは、私と兄にしっかりと現れていた。
弟は、それはもう母に似ていた。
方向音痴なところも、笑った時の目の形も、鼻の形も唇も。
そんな弟を見ていると、どんどん気持ちがぐるぐると回っていった。
母にそっくりな弟が、父にそっくりな兄と同じ顔をして、私の手をひく。
「.......行こう」
「だって、だっ、だって!」
「.......」
弟の小さな手が、汗ばんで湿った手が、指先が冷えてしまった冷たい手が、私の手をひく。
「静香、最後だから」
兄がやって来て私を立たせる。
兄はもうすぐ第七隊の隊長として働くことになっている。
この優秀な兄が、今日まで一度だって泣かなかった兄が、誰よりも優しいのを知っている。
弟のイタズラに付き合ってあげているし、私に黙ってこっそり甘やかしているのも知っている。
私にだって優しい。兄の性格は母に似ていた。
誰よりも泣きたいはずの兄が泣かないのは、私や弟がいるからだと分かっている。
私だって泣いてはいけない。それなのに、どうしても涙が溢れた。
その日、私は泣いて泣いて泣いた。
まだ赤ん坊の妹よりも泣いて、決めた。
私は七条家の長女であり、当主補佐。
私は姉であり、母であろうと。
それから、私は大学に行くのをやめて、すぐに当主補佐として働きだした。
泣き虫な弟が、私と兄に気を使って術者を辞めても、私は何も言わなかった。母だったら、何も言わなかっただろうから。
そんな気を使う必要はないと、実力でしめすために、練習を増やした。
妹を1人にすることがないように気を使っても、どうしても寂しい思いをさせた。
母を知らない妹は、私に似て意地っ張りだった。
私はいつも、泣きそうな妹を黙って撫でる。母だったら、そうするだろうから。
そんな事を思い出して、少し頬が緩んだ。
あんな決意をしたくせに、弟はまだ泣き虫だし、妹には寂しい思いをさせている。
私はやはりダメな姉なのだろう。
「静香様!! 電気が落ちました!」
「何とかしなさい! 札でもなんでも飛ばして、絶対に押しとどめるわよ!」
「はっ!!」
辺りに張った糸にかかる妖怪を刻んでいく中、指示を出す。
もう既に2回指環を取り替えたが、まだまだ終わる気配はない。
でも、不安はなかった。
当主である父はいないし、普段ならここを守っている兄も、兄の部隊もいない。
それでも、泣き虫の弟が、天を掬うのだから。
心が温かくなって、弟の笑った顔を思い出した。
妹のことが少し気にかかるが、私が早く仕事を終わらせればいいだけだ。
「前だけ見ていなさい! こんなもの余裕よ!」
持ってきた札をばらまいて、べそをかきはじめた門下生達に声をかける。
「絶対に大丈夫! 必ず天は掬われるし、ここは絶対通さない! 七条家の当主補佐、七条静香が守るのよ!? 何が不安なの!」
「はいぃっ!」
「まだまだ余裕よ! この程度ならいつまでだって耐えられる! かかってきなさいよっ!」
「はいっ!!」
無理をしてでも糸を増やしていく。
そして、大声で叫んだ。
「お姉ちゃんはやるわよ! だから早く笑った顔を見せなさい!」
私は怖いお姉ちゃんでいい。
母さんのように優しくなくていい。
ただ、あなた達が優しく強く育って、元気に笑ってくれれば、お姉ちゃんはそれでいい。
和臣が気合いをいれて妖怪と向かい会う時は、いつも姉の真似をしています。
和臣が知る限り、1番心が強い人は姉だからです。
かっこいいと思っているし、尊敬しています。