9歳の大人
おまけその②、清香(妹)視点です。
「清香さん、行ってらっしゃいませ」
「行ってきます.......」
深々とお辞儀をして見送ってくれるのは、今私がお世話になっている家の人達。
私の家の人達は、みんな仕事に行ってしまった。
姉以外はこの地域を出て、天に近いところで戦っている。
みんなは、すぐに帰ってくる、楽勝だ、なんて言っていたけど。そこがどれほど危険で、天を掬うなんてどれだけ大変なことかは私にだってわかった。
みんなは私をまだ子供だと思っている様だが、私はもう子供ではない。
元々自分のことは自分で出来たし、この家に預けられてからもお手伝いはしっかりやっている。
勉強だって難なくできるし、運動だって得意だ。
元々お父さんも孝兄も家を空けることが多いし、お姉ちゃんだって仕事が多い。
そんな中で、私は頼りにされていたと思う。
手伝いも仕事もしない和兄のお世話をしてあげたり、たまにはあそんであげたり。
お姉ちゃん達に、清香の方がしっかりしていると言われたのは、事実だと思う。
だから、和兄まで仕事に行くと聞いて、少し、ほんの少しだけ驚いた。
和兄は天才なんだよ、と言われてはいたが、私は和兄の術者としての実力を知らない。
お父さんや、孝兄やお姉ちゃんのようにすごい術者だなんて、これっぽっちも信じていなかった。
なんなら、術者を辞めてしまった和兄に、私が術を教えてあげてもいいと思っていたのに。
和兄まで家を出ていってしまうなんて。
「清香ちゃん! 今日は真奈ちゃんのお家でパーティしよう!」
「.......うん。いいよ」
学校に行けば、みんな楽しそうにしている。
今、私の家族が戦っているなんてこれっぽっちも知らない子供達。
「おい! 七条!」
クラスで1番体が大きい男の子が声をかけてきた。
この子は体は大きいが1番子供っぽい。
正直苦手だ。
「お前、今他人の家にいるんだろ!」
ざわざわと周りが話し出す。
「.......そうだけど。なんでそんなこと大声で言うの」
「お前ん家、今誰もいないんだってな!」
「.......」
子供は、嫌い。
自分で何も出来ないくせに、大声で騒いで結局誰かにやってもらおうとするから。
誰かに頼ってばかりで、自分で何もしないから。
「だ、だからな! 今日の夕飯、」
「ねえ。大声で人の家の話をして、楽しい?
私は全然楽しくない。もう話しかけないで」
席を立って教室を出る。
もうあそこには戻りたくない。
別に、家のことを言われたからではない。
あんな子供の言うこと、いちいち間に受けていられない。私はもう子供では無いのだから、あれぐらい受け流さなければ。
保健室にいって、お腹が痛いと言ってベッドに入った。
なんだか本当にお腹が痛い気がして、ぎゅっと目を瞑ると、どうしようもない考えが湧いてくる。
なんで和兄までいなくなっちゃうの。
なんでお姉ちゃんは家に帰ってこないの。
なんでお父さんも孝兄も怖い顔で話すの。
なんで家に誰もいないの。
なんで他のお家の子供みたいに、プレゼントの話が出来ないの。
なんでいい子にしているのにクリスマスに1人なの。
なんでもう子供じゃないのにお正月に誰もいないの。
そこで、気づいた。
私が、もう子供じゃないから。
1人なんだ。
それから、私は勉強も、お手伝いももっとやった。
1度だって泣かなかったし、1度だって家族に会いたいなんて言わなかった。
そして、年末には預けられた家の人達も仕事に行ってしまった。
天が落ちるのだ。術者は全員仕事をしなければならない。
私は、1人でテレビを見ていた。
和兄が好きなアイドルの大食い番組を見て、じっと年が明けるのを待つ。
そして、天が落ちた。
ブツっと電気が消えて、地面が揺れる。
それでも、私は絶対に泣かなかった。
携帯を握りしめて、しっかり戸締りをして、じっと待つ。
大丈夫、お姉ちゃんがここを守ってくれる。
お父さんも孝兄も和兄も、絶対に天を掬ってくれる。
年が明けて、電気がついて、割れた地面がテレビで騒がれても。
誰も帰ってこなかった。
私はたくさん勉強して、たくさんお手伝いをした。
学校の宿題なんてとっくに終わってしまったけれど、言われた事だけをやるなんて子供だ。
次の授業の予習だって、今までの復習だってやり終わってしまった頃。
バタバタと廊下を走る音がする。
廊下を走るなんて子供だ。落ち着いて歩けないものか、そう思っていると、スパンっと障子が開いた。
「清香!!」
息をきらせて、黒い着物を着て私を呼んだのは。
「.......」
「ごめんな。遅くなった.......ごめん」
和兄はゆっくりと近づいてきて、私を抱っこした。
ゆっくりと私の背中をたたいて、静かに謝る和兄の匂いがする。
私はもう子供ではないので、抱っこなんて嬉しくないし、和兄は汗臭いし、全然嬉しくなんかなかった。
「.......おそぉいっ!!」
それでも、私の口から出たのは匂いへの不満ではなかった。いつの間にか目から熱い涙が流れて、和兄の着物に吸われていく。
「ごめん、ごめんな。頑張ってくれてありがとう」
「.......頑張って、ないっ!! 私っ、も、う、大人っ、だか、ら!!」
「.......そうか」
「そ、そうっ!! もう、子供っじゃ、ないのっ!!」
「.......そうか」
「ぜ、全然っ!! へ、へいっき、だったっ!」
「そうか.......清香。清香がどんなに大人になってもな。俺は清香の兄ちゃんだし、兄貴だって姉貴だってそうだ。父さんだってずっと清香の父さんだ」
「.......だ、だからっ?」
「まだ子供でいてよ。清香があんまり早く大人になったら、俺達みんな困っちゃうんだ」
「.......」
「.......清香。そんなこと言っておいて、俺は酷いことをするぞ。許してくれなくていい」
和兄がゆっくり私の頭を撫でても、涙は止まらないし、気持ちはぐちゃぐちゃのままだった。
「.......父さんも兄貴も、しばらく戻らない」
「.......」
「.......姉貴も、まだまだ仕事が山積みだ」
「.......和兄、家に、帰っ、かえろ」
「.......俺も、しばらく帰れない」
「やだっ! やだやだやだぁ!!」
子供みたいに駄々をこねて、和兄を困らせる。
「.......ごめん。しばらくしたら帰ってくるから」
「やぁだぁっ!! なんでいないのっ!! なんで清香は1人なのっ!!」
「.......ごめん」
「なんで、お父さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんもいないのっ!! なんで他人のおうちにいなきゃいけないの!」
「ごめん」
子供みたいに声をあげて泣いた。
和兄はずっと私の頭を撫でていた。
「.......か、和兄」
「うん」
「いつ、帰ってくる?」
「今月末までには絶対帰ってくる! 絶対だ!」
「.......わかった。まってる」
「.......ごめんな」
「ふん! 私、もうお姉さんだから! 和兄を待っててあげる!」
「.......ありがとう。ああ、清香がお姉さんで助かったな」
「そうでしょ! 和兄は私が面倒を見てあげるんだから!」
「ありがとう。来月にはみんな帰ってくるから」
「早く帰って来てね、早くしないと私大人になっちゃうよ!」
和兄は、びっくりしたような顔になって、すぐに柔らかく笑った。
「.......めちゃくちゃ急ぐ。だから、まだお姉さんでいてくれ」
それから、私はきちんと勉強もお手伝いもして、みんなを待っている。
お姉さんだから、クラスの子供達の話だって優しく聞いてあげるし、他人のおうちでだって楽しく過ごす。
でも、まだ大人じゃないのなら。
たまには泣いたっていいのだと思う。
シスコン、ブラコン七条ファミリーでした。
清香が1番頑張ったかもしれないですね。
この後ちゃんと和臣は家に帰ってきました。