欲しかったものと、手に入れたもの。
「和臣ー! 今日高瀬ん家行こうぜー!」
「あれ? 田中部活は?」
いきなり、嫌そうに田中の顔が歪む。
「あぁ? まだ出来ないんだよ! 点検中で体育館入れないんだ」
「他の奴らは?」
「校庭もまだ使用不可だ! プレハブが立ってるからな!」
「そっか。悪いな、俺今日はダメだ」
「なんだよー!! せっかく漫画持ってきたのに!」
「悪いな」
鞄を取って、立ち上がる。
独特の匂いがするプレハブ校舎を出て、バスに乗った。
まだまだ寒い冬、確か今日は雪が降るとテレビで言っていた。
年明け、天が落ちた。
全国の能力者が力を尽くし、地上の影響は最小限に留められた。
しかし、各地で実際に起こったの影響は、決して小さくなかった。
この地域では、地割れと停電。
現在ではほとんど復旧しているが、当時は大混乱だったらしい。
その他の地域でも、停電や大雨、強風に川が干上がるなど、様々な影響が出た。
どれも異常気象、地盤の緩みなどが原因だと報道された。
しかし一部のマスコミが、神罰や祟りなどと報道したのには、少しだけ笑ってしまった。
バスを降りて、家の門をくぐる。
今、家には誰もいない。
兄貴や父はまだ富士山や本部で仕事をしている。あれだけのことがあったため、まだしばらくは帰らないらしい。
姉は、七条の当主補佐としてこの地域の対応に追われ、ほとんど家に帰らない。
俺も、今日は久しぶりに学校に行った。
妹は分家の家に預けられた。
久しぶりに感じる自分の部屋に鞄を置いて、制服を脱ぐ。
俺は制服が好きだ。これを着ていれば、自分が普通の学生だと証明してくれるから。
その制服を脱いで、黒い和服に袖を通す。
その胸元には、白い円の染抜き、袖には2本の線。
手袋と指環をつけて、家を出た。
「和臣!」
「あれ、葉月。はやいな」
門の前で片手を上げて応えた。
「あなたが遅いのよ。もう車が来てるわ」
「うーん、なんかやっぱり行きたくなくなってきたな。ラーメン食べに行かない?」
「おばかね。ほら、少し焦りなさい!」
葉月に手をひかれて、車に乗る。
葉月は黒い和服を着て、髪をひとつに纏めていた。
「.......なあ、宿題やった?」
「あと少し残っているけど、すぐに終わるわ」
「見せ」
「ダメよ。自分でやりなさい」
「.......」
その後、2人でしりとりをして時間を潰した。
そして、大きな門の前で車が止まる。
「行くか」
「和臣、しっかりね」
「おう! なあ、帰りに八ツ橋買ってこうぜ」
「.......いいわよ」
「やったー!!」
生八つ橋にしよう、と考えを巡らせていると。
「ねえ、和臣」
「なに?」
「.......和臣は、いいの? あなた、ずっと普通に.......」
目線を下げた葉月が、振り絞るように声を出す。
それに、笑いかけた。
「葉月、俺の普通がこれなんだ。一生こうやって生きていくんだよ」
目の前にいる葉月は、なんだかひどく泣きそうな顔をしていた。
「ははっ! そんな顔しないでくれよ、別に無理してる訳ではないからさ」
小指につけた指環を抜いて、葉月の小指につける。
「ほら、俺の1番が手に入ったから。もう平気。それに、俺は天才だからな! これぐらいの仕事は朝飯前だ!」
「.......和臣」
葉月は、小指をぎゅっと握って、真すぐな瞳で、俺を見た。
「1度しか言わないって言ったけど。訂正するわ。私、あなたが好きよ。一生あなたの隣にいて、あなたの普通になりたいの」
「.......うん。ありがとう」
葉月を抱きしめて、俺の普通を抱きしめる。
一生離さない。だって、だって。
普通は、これは。俺がずっと、欲しかったものだから。
「.......お二人さん。ここ、外だから。そういうことは2人だけの時にね」
「うおっ!!」
慌てて葉月から離れて、兄貴とニヤニヤしている先輩を見た。
「いや、お前ぇがなかなか来ねぇから、探しに来たら.......なぁ? お邪魔だったみたいだなぁ?」
「.......和臣、時と場所は選べ」
「「.......」」
「.......じゃあ、行くぞ。葉月ちゃんは、ちょっと待っててね」
「.......はい」
葉月は耳を真っ赤にして、兄貴に小さく返事をした。
長い廊下を歩きながら、先輩にさっきのことをいじられる。
兄貴は俺を見なかった。
「あー! 和臣ぃー、おそぉーい!」
「ハル」
「ずっと待ってたんだからぁ! ねえ、ここにうさちゃん描いてぇ!」
ハルに差し出されたピンクの紙に、可愛くうさちゃんを描く。ハルは嬉しそうに自分の席に戻っていった。
「おい、若造! 早く座れ!」
用意された座布団に座ると、メガネで七三分けの花田さんが後ろに座った。
「いやぁ! まさか私が副隊長とは! 経理部兼任ですけどね!」
「.......今日は中田さんいませんよね?」
「.......お早くお帰りください」
冷や汗が背中を伝った時。
「揃ったか」
全員がざっと頭を下げる。
「本日は先日の最終報告、そして、」
全員が頭を上げ、俺を見る。
「新たな部隊の発足を宣言する。特別隊、隊長は七条和臣。励めよ」
「はっ!!」
「それでは報告だ。始めろ」
それぞれが報告を始める。
俺は、もう普通の学生にはなれない。
普通の会社に務めることも、普通の家庭を作ることも。
だけど、俺は普通を手に入れた。
他の人とは違うけれど、俺の、俺だけの。
普通を、手に入れたのだ。
——結び——
このあとちょっとおまけもあります。
もしよろしければお付き合いください。