第48話 決戦
早朝の富士山に、総勢900人もの能力者が待機している。これから夜までずっと待機、というか仕事だ。
今日は異常な数の妖怪が出ている。
天が近づく事で、妖怪との境界が無茶苦茶になってきているのだ。
「七条副隊長、第六隊の医療班から連絡です」
「どうしました?」
「やはり人数が足りないと.......」
「うーん。もう少し式神飛ばすか.......。花田さん、どれぐらい足りないって言ってましたか?」
「山頂付近にあと5人ほど、下の方はまだ大丈夫そうです」
「了解しました。【式】」
5体の式神を出して、医療班のところに向かわせる。
「いやぁ! 流石ですね、こんな精度のものを全部で何体出してるんですか?」
「うーん、20体ぐらいですかね。医療用なのでそろそろ限界ですけど」
「ご立派ですねぇ。これだけ出しているだけでも凄いですよ。医療用ということは、七条の糸も使えるんですか?」
「はい。ある程度は」
「いやぁ! 特殊な式神をこれだけ出すとは.......流石の霊力ですね。それでご自身は天を掬うんでしょう?」
「.......緊張してきました」
思わずドキドキとうるさい胸に手をやった。
「はは! 大丈夫ですよ、五条さんもいらっしゃいますし、今回は零様までいらっしゃいますから! 微力ながら我々もいますしね」
「.......ありがとうございます。頑張りますね」
「本日の23時に、他の隊長方も山頂にお集まりになります。それまではリラックスして、いつも通り妖怪でも退治していきましょう。.......中田も流石に今日は何もしませんから」
花田さんの最後の一言だけ、急に声のトーンが下がった。先ほどまでとは違う意味で体が震え始める。
「.......花田さん、一緒に昼食べましょうよ。どこか遠いところで」
「.......ぜひともそうしたいのですが.......。流石に、今日はここを離れられません。.......中田と一緒で我慢なさってください」
「.......俺が食われる気がします」
「私もそう思います.......」
その後は2人で黙って妖怪退治をした。
俺が手を出すまでもなく、花田さんは余裕を持って全ての妖怪を退治していく。
花田さんも中田さんも、とても優秀な術者なのだ。
実力だけなら、部隊の副隊長にも引けは取らない。
本部勤めの術者とは、皆普通の術者では無いのだ。
全員が能力者として飛び抜けた才を持っている。
そうでなくては、能力者達の上には立てないのだから。
そんなこんなで、夜。もう日は落ちて、山は真っ暗だ。
「明かりつけまーす!」
木に貼っていた札が明かりを灯す。
さらに、所々にある大きな照明は電気製だ。
わざわざここまで発電機を運んできて、燃料も大量に持ってきた。
「和臣、お前きちんと装備してきたか?」
「兄貴、早いな。装備はバッチリ!」
「よし。お前は今回、相当重要な役割になる」
兄貴は俺の右手人さし指から銀色の指環を抜いて、新しい指環をはめた。黒く光るそれは、なんだか不思議な輝きを持っていた。
「静香からだ。あっちは静香が守ってる。俺達はここで食い止めるぞ」
「おう!」
その後、全ての隊長が頂上に揃った。
各家の当主である副隊長達は、各ポイントでの指揮のためにその場に待機している。
「揃ったか」
全員が頭を下げる。ふっと現れた白い人は、ゆっくりと俺達を見回して、話し出した。
「此度、天が落ちる」
頭上からは、とてつもない威圧感。
天が近い。人には届かない、絶対的な力の塊が近づいている。
天が落ちて、地についてしまえば。俺たち人は、今までのようには生きられない。
地は神によって清浄な地に作り替えられ、人は醜さを許されずに変えられる。または、消される。
だから、天が落ちることが変えられないのなら。
俺達は、全力で掬いあげるだけだ。
地につく前に、人が変えられる前に。
「では、」
全員がざっと顔を上げる。白い人をしっかりと見つめ、眼下にある自分が守るべきものを心に刻む。
「戦え!!」
「「はっ!!」」
桁違いの術者達が、それぞれの持ち場に着く。
俺は、目の前の白い人の隣に並んだ。
白い人の隣、俺とは反対側のもう一方には、ハルが自信に満ちた笑顔で立っている。
もうすぐ日付が変わる。
百鬼夜行の時よりも、境界は無茶苦茶になり妖怪が溢れ出した。それを、先輩の釘が撃ち抜き、一条の刀が両断する。
八条の鎌も三条の鞠も、兄貴の糸も。全てが、一瞬で妖怪を塵にする。
背後に不安はない。
隣にも不安はない。
ならば。いったいどこに不安があるのか。
ごーーん.......っと、どこか遠くで、鐘がなった。
「来るぞ」
天が。
ゆっくりと。
落ちた。