第44話 半袖
「「和臣、座れ」」
「.......何か?」
兄貴と先輩に言われた通り座りながら、2人の様子を伺う。一体なんの用だろうか。
「明日からは隊員達が来るからな。お前も副隊長として動かないといけなくなる」
「それで、隊長の心得というか.......先輩として、アドバイスをしてやろうと思ってな!」
楽しそうな先輩に、腕を組みいつも通りの兄貴。思わずまじまじと2人を見つめる。
「2人って仲良かったっけ?」
「「いや、全然」」
たぶん仲良しだと思う。
「和臣、お前自分の隊の隊員にはもう目を通したのか?」
「一応、資料は見た。特別隊は人数が少ないから、たぶん全員の名前は覚えた」
「よし。お前にしてはよくやった」
もう少し素直に褒めてくれてもいいんだぞ兄貴。
「特別隊ってのは何人いるんだ?」
「隊員は15人ですね。そこに俺と零様が入ります」
「少ないな.......。俺の隊がだいたい100人だから、本当に他の隊のフォローが役割なのか」
「ああ。各ポイントに1人か2人配置して、頂上に残りを置く」
「和臣、お前式神まで飛ばせるのか? 俺から六条に言ってやろうか?」
「いえ、大丈夫です。医療用のだと、数はあまり出せないんですけど」
先輩はいきなり、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になり、そのまま首だけ回して隣の兄貴を見た。兄貴は苦い顔をして。
「.......うちの弟は少し規格外だ。気にしないでくれ」
微妙な沈黙が降りた。
「で、兄貴。心得って何?」
「ああ。まず、お前は副隊長だが、零様はしばらくいらっしゃらない。つまりお前が1番上の立場ってことになる。部下が来ても、慌てず余裕を持って行動しろよ」
「厳しくしすぎることはねぇが、緩くしすぎて舐められたらその隊は終わりだ。きっちり線は引けよ」
「線.......」
線を、引く。
「ん? どうした?」
「い、いや! なんでもない!」
慌てて頭を振って、ぼんやりと思い浮かんだ男のことをかき消した。
「15人しかいないから、距離感は考えろよってことだ。あと、お前は絶対に部下の話を聞けよ! ただでさえ聞かないんだから、意識するんだぞ!」
「おう、まかせとけ」
「.......和臣、俺はお前のこと結構気に入ってるが、そこは頑張れよ。部下ってのは上に話をすることに結構体力使うんだ」
「はい、頑張ります」
2人はよし、と同時にうなずいて。
「「じゃあ、話は終わりだ」」
「ありがとうございました」
ペコリと頭を下げた。しかし、2人は部屋から出て行く気配がない。このあとはオセロ大会だろうか。
「「飯食いに行くぞ」」
「あれ? もうそんな時間?」
「「今日は外に食いに行く」」
「.......2人とも、本当に仲いいな」
「「そんなことは無い」」
もはや親友だろ。
「どこ行くんだ?」
「ここら辺といったらほうとうだろ! いい店見つけたんだ、いっぱい食えよ!」
「外は結構寒いから、ちゃんと上着着てけよ。あ、お前制服以外の服で来いよ! 汚すからな」
兄貴達が部屋を出て、俺は着替えようと持ってきた服を漁る。
ここで問題。全ての服が半袖だった。
「寒いな.......。でも、上着着れば大丈夫か?」
上着を探すと、薄手のものしかなかった。
「寒いよ.......。走れば大丈夫か?」
もう面倒になったので、半袖に上着を羽織って外に出た。
「さっむ」
「和臣、お前そんな薄い上着で! 寒いって言っただろ!? 話を聞け!」
「話は聞いてたけど服がなかった」
「家出る時に冬の服持って来いって言っただろ!」
「あの時はこれで行ける気がしていた。反省はしているが後悔もしている!」
「ダメだ.......。お前、ホントにもう.......」
兄貴が両手で顔を覆ってしまった。でもすでに反省はしている。
「和臣、寒いから走って行くか!」
「いいっすね、兄貴も走る?」
「.......はあ。ほどほどにな」
ほうとう屋まで走ると、俺は燃え尽きていた。ぜえぜえと息が上がり、膝に手をつきその場で立ち止まる。寒くはなくなったが、心臓が破けそうだった。
「和臣、お前体力無さすぎだろ.......普段運動しないからだぞ」
「和臣! いっぱい食え! そしてよく寝ろ! そしたらデカくなって体力もつく!」
「.......ひぃ」
ほうとう屋に入って上着を脱ぐと、間髪入れずに兄貴が俺の頭を叩いた。
「半袖着てくるバカがいるか!?」
「.......半袖しかなかったから!! しょうがないだろ!?」
「なんでお前がキレてんだよ! 俺が怒ってんの!」
説教が長くなりそうだったので、机の上のメニューを広げる。
「まあ、とりあえずほうとう頼もうぜ。先輩、おすすめってあります?」
「.......大盛りにしとけば全部おすすめだ」
「じゃあ、俺これにします。兄貴は?」
「.......同じの」
兄貴と先輩は2人とも同じような顔をしていた。まだ何も頼んでいないはずなのに、渋すぎるコーヒーでも飲み干したような顔だった。
「.......七条、今日は俺が奢るわ.......」
「.......気を使ってもらって悪いな。こんな弟だが、よろしく頼む」
「.......悪い奴ではねぇから.......俺は.......結構気に入ってる.......」
「.......今度飲みに行くか」
「.......そうだな」
ほうとうは美味しかった。温かかったし、麺とかぼちゃが溶けたスープが絡んで美味しかった。強いていえば、肉が少なかったことだけが残念だった。
ぽかぽかと温まってから宿に帰り、部屋に敷かれた布団の枕元を見れば、何かが置いてあった。
「ん?」
拾い上げてみれば、ゆかりんの生写真。
「詩太さんか?」
裏側を見ると、「裏の肉屋のメンチカツが美味しいよ——エンジェル」と書いてあった。隣には可愛いマレーバクの絵。
「.......」
そっと生写真をしまって、部屋を出る。
「兄貴ーー!!! 先輩ーー!! 」
廊下で叫ぶという非常識なことも、今は許して欲しい。
「「どうした!?」」
その日は、隊長全員が宿の警備に当たり、当主達は会議室に集められた。
俺はこっそり裏の肉屋に行った。
死ぬほど怒られた。