第41話 先輩
「なあ、信玄餅食おうぜ」
「.......」
「あ、今の時期って巨峰か? 食いたい」
「.......和臣、お前観光に来たんじゃないんだぞ」
兄貴が疲れたように目頭を揉んだ。
「せっかく来たんだし」
「.......ひとつだけな。静香には言うなよ」
「やったー!!」
信玄餅を買って貰う。きな粉が多くて、食べ歩きには向かないと思った。というか、粉だらけになった。
「.......後で着替えるからいいか」
「ほんと.......ほんともう、お前、そういうとこ.......」
シャツに付いたきな粉は忘れることにして、改めてこれからしばらくお世話になる宿へ向かう。通された部屋に入る直前。
「和臣、夕方から会議だからな! 絶対遅れるなよ!」
「まかせとけ」
「着替えてこいよ! 制服はシワになるからちゃんとハンガーにかけとけよ」
「まかせとけ」
「.......会議には零様がいらっしゃらないから、特別隊はお前が代表だ。絶対に遅れるなよ」
「まかせとけ」
兄貴はなぜか軽く俺の頭を叩いて、自分の部屋に入っていった。
今回割り当てられた部屋は広く、京都の宿よりも豪華だ。そこに広げた自分の荷物を漁りながら、着替えるべき服を探す。
「着替え.......おお。これを着るのか、やだな、制服じゃダメかな?」
今回俺に支給されたのは、黒い着物。胸元に白い円の染抜きと、袖には1本の線がある。
「.......なんだかなぁ」
着物に袖を通してみる。サイズはぴったりで、いい布を使っているのか肌触りも良かった。
「はあ.......。早めに行くか.......」
それでもテンションは上がらず、義務感に押されるように部屋を出て、会議室に向かった。
下を見ながら廊下を曲がると、目の前。
見覚えのある大男がいた。
男の着物の胸元には「二」の染抜き、袖には2本の線。この夏、京都で俺を消そうとした男だった。
「「.......」」
気まずすぎる。でも、これからはお互い協力しなくてはいけないわけだし、俺は今回何も悪いことなどしていないのだから、元気に挨拶しようと思う。
「.......こんにちは」
少々しっとりとした挨拶になってしまった。
おしゃれにビブラートまでついている。
「.......おい」
「は、はい」
「.......どこ行くつもりだ」
「か、会議にですね、行こうかと」
「.......早いな」
「早めに行こうかなー、なんて思ったりなんかしてすいません!」
思わず頭を下げる。やっぱり耐えられなかった。怖くて仕方ない。
「.......」
「いや、あの、その。まさか、こんな所で誰かに会うとは.......」
「別に、怒っちゃいねぇ。それから、会議室は向こうだ」
「あははは!間違えたみたいですね! すみません、ほんとすみません」
こっちに来た自分を呪う。なぜさっき右に曲がらなかったんだ。
「.......ちっ。ついてこい」
「はい!! どこまでもお供します!」
「.......」
もうダメだ。これは絶対体育館裏でボコボココース。
兄貴へ。ごめんなさい、会議には行けません。
俺は今、怖い大男と二人でいます。ちょっぴり膝が震えているけど、きっといつか、俺の震えも止まるから.......。
「.......」
そのまま何事もなく会議室についたが、部屋には誰もいなかった。
ああ、会議室でボコボコにされるのか。見せしめかな?
1人どっかりと椅子に座った大男は、ギロりと俺を見て。
「.......席は、そこだ。座れ」
「はい!! 座ります! 」
素早く椅子に座る。背筋を伸ばして、歯を食いしばって正面を向いた。
「.......おい」
「はい! なんでしょう!」
「.......お前、高校生なんだってな」
「はい! ガキですいません!」
もうダメだ。泣くぞ、結構本気で泣くぞ。
「.......そうか。この間は、すまなかった」
「はい!! すみませんでした!! 」
「.......話を聞けや」
「はい!! 聞きます!!」
頼むから誰か助けてくれ。こんな怖い顔の大男の話なんて聞けるわけないだろ。気絶する。
「だから、この間は、ガキだとか、九尾程度とか、大声出して悪かった。俺は感情的過ぎるところがあるが、お前の実力は認めている。今回は協力願いたい」
「はい!! 協力.......って、え?」
「.......俺は、こんな見た目だし、声もデカいからよく怖がられるんだが、今回だけは協力して欲しい」
「.......それは、こちらこそ、お願いします.......?」
「そうか」
大男は少し、ほんの少しだけ目元を緩めた。
「.......」
その後も大男は、机に片肘をついて俺を見ている。
ヤンキー的な仕草だが、もし、俺の目が正しければ。ニヤニヤと緩んだ口元を隠している。
「えっと.......。あの、俺、七条和臣です」
「ああ、まだ言ってなかったか。俺は二条釘次だ。第二隊隊長で、まあ、その。あれだ」
「.......?」
「この中じゃ、1番歳が近いからな。何かあったら言えよ」
「.......ありがとうございます」
1番怖いと思っていた男が、なんだか優しい気がする。
いや、俺を油断させてボコボコにするつもりかもしれない。
「菓子食うか?」
どこから取り出したのか、さまざまなチョコや飴を差し出される。
「.......いただきます」
「高校の時なんて、食っても食っても腹が減るからな! いっぱい食えよ!」
俺の目と頭が正常ならば、今、目の前の強面大男はちょっとだけ笑った。
「あれぇ? 和臣とちょうちゃん、早いねぇ!」
「五条.......!」
急に地獄の底から響くようなどすの利いた声を出す大男。思わず肩が跳ねた。
「今日は早く来てみたよぉ! あ! いいなぁ、私もお菓子欲しぃー!」
「なんでお前にやらなきゃいけないんだ」
「わあ、ちょうちゃんひっどぉい!」
ぷんすか、と腰に手をやるハル。その小さな姿に、思わず声をかけた。
「ハル、俺のやるよ」
「和臣、ありがとぉ!」
「おい、騙されるなよ。五条はこんな見た目だが、もう32歳だ。菓子を欲しがる年齢じゃねえ」
「へ?」
32歳? ハルが?
いや待て、5年前の天狗討伐はハルがやったのだ。
しかも、五条治と言えばいくつもの妖怪の討伐記録を持っている。現在の術者の中で、最強と謳われる人だ。
30歳を超えていてもおかしくない。いや、むしろ超えていないとおかしい。
しかし、目の前の少女の見た目は妹と同じくらい。脳の混乱が治まらない。
「ちょうちゃんったらひっどぉい! 私の方が年上なのにぃ!尊敬してくれないのぉ?」
「どこを尊敬しろってんだ、まずその服直せ!」
「だってかわいいんだもん!」
ハルの年齢の衝撃はまだ抜けないが、それより気になることがある。
「あの.......二条さんは、お幾つで.......?」
「釘次でいい。20歳だ」
「ちょうちゃん、隊長の中で1番年下だったからぁ、後輩が出来て嬉しいのよねぇ!」
「黙れ!!」
俺の目が節穴でなければ、目の前の大男は、ハルの言葉に顔を赤くして、照れている。
「.......ちっ。気をつけろよ。五条はイラつくだけだが、他の奴らは色々やばい奴ばかりだ。会議では誰も信用すんじゃねえぞ」
「.......ありがとうございます。釘次.......先輩?」
ずくんっと。目の前の大男の胸から音が聞こえた気がした。
ハルはケラケラと笑っている。
「.......俺が、何とかしてやるからな! もう何も心配するな!」
釘次先輩は椅子から立ち上がって、がっしりと俺の肩に手を置いた。俺の目を信じれば、釘次先輩の目はキラキラと輝いていた。
もしかしたら、この人はだいぶ愉快な人かもしれなかった。