第37話 文化(序)
「八鏡祭、開幕でーす!!」
校内放送で軽やかな声が流れる少し前。
うちのクラスは戦場と化していた。
「和臣! これであってるのか?」
「和臣、袖が邪魔なんだがたすき掛けってどうやるんだ?」
「七条くん! 帯って最後どうするの?」
「帯留めってどう使うの?」
「かんざしってどうすればいい?」
「七条くん、袴ってどうやって着るの?」
「.......」
みんな持ってきた着物の着方がよく分からないことに今、気づいたらしい。そして、俺の家が呉服屋ということで一斉に質問が集中する。
「田中は、合わせが逆だからもう全部脱げよ」
「ひでぇ.......」
「たすき掛けはやってやるから来い」
「ありがとう」
「女子の帯は.......1回やってみるから」
「ありがとうー!」
「あと、帯留めの前に帯締め。かんざしは知らない」
「ええー!!」
「袴は.......」
バレないよう、ちらっと葉月に目線を送る。
「私ができるから、着せてあげるわ。こっちに来て」
「わー! 葉月ありがとうー! やっぱなんでもできるんだね!」
そのまま、何故か女子の着付けまですること1時間。
田中はまだ合わせが逆だ。あとで引っペがしておこう。
「和臣、流石だな」
「……」
正直に言おう。俺は、家の手伝いなどしたことがない。
それでも、昔姉に言われるがまま女子の着付けをやったことがある。当時はなぜこんな一生役に立たないことをさせるんだと思っていた、が。
姉とうちのご先祖さまへ。どうもありがとうございました。
最後に田中の着物を引っペがし、自分も袴に着替えてテンションが下がった後。
「八鏡祭、開幕でーす!!」
軽やかな、それでいてさまざまな感情を乗せた放送がかる。
とうとう、文化祭が始まった。
この学校は中高一貫校なので、中高合同でやる文化祭の規模も大きい。毎年外部からのお客さんも沢山来る、2日間の学生主役のお祭りだ。
俺はこういう行事が好きだ。全力で楽しみたいし、いつも本気でやっている。
「じゃあ、みんなシフトの時間には戻ってきてねー!」
実行委員の声を聞き、クラスメイトたちは祭りに消えていった。俺は1番早い時間のシフトなので、そのまま教室に残る。それは田中も一緒なのだが、こいつは騒ぐだけでクラスの出し物においては戦力外。その他で頑張るしかない。
なんと、同じシフトの女子には川田がいた。紺色の浴衣を着ていて、とても可愛い。
「し、七条くん、がんばろうね」
「おう!」
川田が話しかけてくれた。文化祭大成功間違いなし。
というか大成功。俺の文化祭終了。ありがとうございました。
「……ふあーあ」
特大のあくびを我慢することなく放った。
喫茶といっても、出来合いの菓子を皿に乗せて、ペットボトルのジュースをコップに入れるだけ。まだ朝ということもあり、お客さんもほとんどいない。
俺は田中と、ただひたすらに小銭を数えていた。
「和臣、暇だなー!」
「そうだな、お客さん来ないしな」
「女子達は客引きに出ていっちゃったしな!」
今、この教室にはむさ苦しい男どもしかいない。ここが地獄か。
「男の着物なんて何が楽しいんだ。目に悪いからやめてくれないかな」
「.......お前、呉服屋なのに和服嫌いだよな」
「女子のは好きだ。ただし、男はダメだ。げんなりする」
「俺は? なかなかキマってるだろ?」
「環境に悪いから脱げよ」
「ひでぇ」
そのまま環境に悪い田中を見ただけでシフトが終わった。夕方にもう一度シフトがあるが、それまでは自由時間。文化祭を思いっきり楽しむぞ、全力でだ。
「和臣! 2年のクラスでメイド喫茶だってよ!」
「おお! メイドがいるのか!? 行くぞ田中! 付いてこい!」
「.......和臣、そっちは逆だ」
「.......付いていくぞ田中。頼んだ」
気を取り直し、いざメイド喫茶に向かおうとした時。
「ん? 和臣、携帯なってるぞ」
なんと着信は葉月から。
「田中、先行っててくれ」
「そう言ってもお前、1人じゃたどり着けないだろー!」
「大丈夫! 山田がそろそろシフト終わるから!」
走って田中から離れ、階段の隅で電話にでた。
「もしもし? なに、俺今からメイドなんだけど」
「和臣、札を見つけたの」
「ふだ? チラシとかじゃなくて?」
今は学校中至る所に各クラスの出し物のチラシが貼ってある。それを見間違えたのではないのか。
「たぶん術がかかってると思うの。でも、こんなの初めて見るし、なんの札かも分からないのよ」
「本当に術がかかってるのか? それは本当にメイドより大事なのか?」
「一度メイドを忘れなさいよ。術みたいにはっきり働いてるわけじゃないんだけど、なんだか力は動いてる気がするのよ」
「うーん、どんな感じだ?」
「札って、自分で少し力を流せば書いた通りに働くでしょ? でも、これはなんというか.......。札が自力で動いている感じなのよ」
「そんな物はないな」
そんな永久機関、あったとしたらノーベル賞ものだ。
「だけど.......絶対何かの術なのよ! 来て!」
「うーん、それ、本当に札なんだな?」
「たぶん.......初めて見るけど、何か働いてる感じがするの」
「わかった。行くから、触らないで待っててくれ。というか、迎えに来てくれ。学校でも普段と違う雰囲気だと迷う自信がある」
「.......待っててちょうだい」
すぐにやってきた葉月に案内され、裏庭の桜の木まで行く。
裏庭には生徒も客も誰もおらず、文化祭の騒ぎが遠く感じた。
「これよ」
葉月が指さした桜の木の裏には、確かに札が張り付いていた。
「.......」
「ねえ、やっぱり本物よね?」
「.......これ、いつ見つけた?」
「さっき電話した時よ。ちょっと疲れたから静かなところに行こうと思って、これを見つけたの」
「触ってないな?」
「見ただけよ」
じ、とその札から目を離さず続ける。
「これ、ただの札じゃないな。俺も初めて見た」
「偽物?」
「いや。本物だ。というか、まずいやつだ」
「え?」
「呪いだな、これは」
「呪い!?」
触らず、近づかずに札を観察する。確かに葉月が言ったように、まるで札が自力で動いているような力の流れを感じた。
「俺もこんなのは見たことない。とりあえず触らずに、兄貴を呼ぼう。たぶん呪術系の専門家もいるだろうから。まあ、呪術の専門家に任せていいのかもわかんないけど、俺よりはマシだろうし」
「それはやめておいた方がいいんじゃないかい?君のお兄さんは今、すごく忙しいからね」
「「っっ!!」」
唐突に。耳元スレスレで聞こえた声に、飛び下がって印を結ぶ。
「やあやあ。そんなに怖がらないでおくれよ」
白いスーツに黒いマジックハットをかぶった場違いな男は、俺たちを見てニッコリと笑った。