第36話 答弁
急いで教室の扉を開けると、中には川田がぽつんと立っていた。
夕暮れの教室は、青くキラキラと輝いていた。
「川田.......?」
「あ、あ! 七条くん、あの、その」
俺に気づいた川田が、あわあわと顔の前で手をふる。そして、ストン、と顔を下げてしまった。
「これ.......」
「え、えっと」
床に散乱し、キラキラと夕日を反射する青を1つ拾い上げた。
「これ、ビーズ?」
「そ、そうなの。飾り付けに使うかと思って持ってきたんだけど、お、落としちゃって」
教室には、川田を中心に青いビーズが大量に落ちていた。
よく見ると教室中に散らばったそれは、夕日を反射して、教室を青く染めていた。
「ど、ドジだよね。で、でも大丈夫! 箒ではけばすぐだから!」
川田はずっと下を向いている。ビーズの入れ物であろう缶を抱いて、栗色の髪が顔にかかって表情が見えない。
いつもハキハキ話す方ではないが、今はなんだか早口で饒舌だ。
「し、七条くんは、どうしたの?」
「俺は忘れ物を取りに来たんだ」
「そ、そうなんだ! じゃ、じゃあ、また明日、だね!」
「川田」
「な、なに?」
「1階の廊下の窓、開けてきてくれ」
「え?」
「どうしても開けてほしいんだ! 頼む!」
ぱん、と顔の前で手を合わせた。その音にやっと川田は顔を上げてくれる。
「な、川田、お願い!」
「い、いいけど.......」
「ありがとう!! じゃあ、よろしくな!」
川田を教室から追い出して、たん、と扉を閉めた。
ポケットから銀の指環を1つ取り出して、人差し指につける。
「ビーズって、糸に通すものだよな。できるかな」
1本だけ霊力で糸を出して、床に散らばったビーズに通してみる。
「ん、いけるな」
そのまま、穴の向きもバラバラに散らばったビーズに糸を通していく。
そこそこ繊細な作業だが、相手はただのビーズ。
動きもしないし抵抗もしない。1分も経たずに、散らばった全てのビーズが糸に通った。
それを缶に入れ、自分のロッカーからノートに挟まった黒い封筒を取り出して、指環を外す。
タイミングよく、教室の前でガラリとドアが開いた。
「七条くん、開けてきたけど.......」
「おお! ありがとう。助かったよ」
「よ、よく分からないけど.......どういたしまして?」
「あ、川田。ビーズ拾っといたぞ」
「え! え、だって、どうして?」
「いやぁ! 俺、ビーズ拾うのだけは得意なんだよ! 箒で集めたらゴミとか混ざっちゃうだろ? せっかく綺麗なのに、もったいないから」
ビーズを入れた缶を川田に渡す。まじまじと、目を丸くして手元のそれを見ていた川田は。
「.......ありがとう。七条くんは、こういうの、すき?」
「え?」
「こういう、ビーズとか、お裁縫とか」
「好き、というか.......綺麗だとは思うよ」
「そ、そっか。あ、ありがとう!また明日ね!」
川田は缶だけを抱えて走って行ってしまった。
最後にふわりと笑った川田は、とても可愛いかった。
「おお.......」
なんだかふわふわとした気持ちで婆さんの家に行く。
今日はいい日だな。気になる子とこんなに話せたばかりか、笑顔まで向けられてしまった。心なしか空気すらも爽やかに感じる。
「和臣! やっと戻ってきた! わたしゃもう無理だ!助けとくれ!」
婆さんの家の目の前。門に縋るように外にいた婆さんに、全力で駆け寄った。
「婆ちゃん、どうしたんだ!?」
「もう無理だよ.......。寿命が縮む.......」
「な、なにが!?」
「見てらんないよ.......。あんたが教えておくれ.......」
「.......ん?」
「こんなに心臓に悪い裁縫なんてあるかい?」
婆さんは珍しく弱気だ、というか、怯えている。
「あら! 和臣、帰ってきたのね。遅かったじゃない」
「.......おう」
「ああ、葉月! 続きは和臣に見てもらいな! 私は爺さんのところにいるから!」
「おばあちゃん、ありがとう。さ、和臣! お裁縫よ!」
葉月は片手に大きなハサミを持って、俺を呼ぶ。
葉月にそんなつもりはないだろうが、珍しくニコニコしている葉月は、手に持った凶器とあいまってどこか猟奇的な雰囲気を出している。
「.......葉月、やっぱり、裁縫はちょっと.......」
「私、今ので結構できるようになった気がするのよ」
最大限に警戒しながら部屋に入り、葉月の向かいに座る。
机の上には、切り裂かれた布と、大量の糸くず、そして中心にもってりとした何か。
「.......古代の儀式かなにか?」
「小物入れを作ってみたの! なかなかの出来ね」
「小物入れ.......」
改めてもってりとした何かを見てみても、やはり猟奇的事件の匂いしかしない。
「1個目は失敗しちゃったのだけど、2個目はなかなか上手く出来たのよ」
「ああ! そういうことか! で、2個目はどこに?」
「それよ」
机の上にあるもってりした何かを示される。
「.......1個目は?」
「.......土にかえったわ」
「どういう事だ.......?」
「細かいことは置いておいて、どうかしら?」
葉月が小物入れだと言う何かを手に取って見る。
何故か歪な五角形のそれは、全ての辺がざっくりと縫い付けられていた。しかし、縫い方が大雑把すぎて、小物を入れたら縫った間から落ちることは目に見えている。
「.......まず、これに何を入れるつもりだったんだ?」
「小物よ」
「どこからどういう風に入れるんだ?」
「.......予想外の質問ね。近々専門家会議を開いた上でお答えするわ」
「そうか.......。なんでこんなに縫い目が荒いんだ?入れたものが落ちちゃう気がするんだが」
「.......特別委員会を設置しましょう」
「最後に.......。なぜ五角形なんだ?」
「.......記憶にないわね。答弁はこれで控えさせていただくわ」
「.......うん。まずは、縫う練習から始めようか」
「.......ええ」
その日は針を3本ダメにし、糸は1束使い、布は大きな1枚を細切れにした。
「.......」
「ちょ、ちょっとだけ力が入りすぎたみたいね」
「.......うん、そうだね」
「でも、最初よりコツを掴んだ気がするわ!」
「.......うん、そうだね」
「明日も、お裁縫を教えて欲しいのだけど」
「.......うん、そうだね」
次の日は俺が家から持ってきた布一反を謎のアートに変えた。このままだとうちの布が全てアートにされる。
翌日の文化祭前日、葉月が裁縫係に戻ることはなかった。