第34話 封筒
「では、うちのクラスの出し物は和風喫茶に決定です!」
田中が奇声を上げて席から立ち上がる。
普段は白い目で見られるだけだが、今日はクラスの男子がほぼ全員あとに続いて立ち上がって、雄叫びを上げた。
熱狂の中、俺はただ1人、机に突っ伏して涙を流した。
「なぜ.......」
「やったぜーー!! 和臣、何やってんだよ! 早くこの喜びを分かち合おうぜ!」
「なぜ.......」
「ん? どうした?」
「なぜ、メイド喫茶じゃないんだーー!!」
黒板に書かれた和風喫茶の文字にむかって叫んだ。
文化祭の、季節になった。
夏休みが明けて、夏の暑さを引きずったまま学校が始まると、すぐに文化祭の準備が始まった。クラスでの真剣な会議の際、女子達の鋭い視線を上手く流し、むしろ味方につけ和風喫茶にまとめあげた田中は、男子から英雄と呼ばれた。
メイド喫茶を終始応援していた俺は、女子達から白い目で見られ、男子からは勇者として讃えられた。
放課後、もはや習慣のように婆さんの家に行って葉月の術を眺める。
上級の術もかなり使えるようになり、教えることはもうほとんどない。
「和臣、意外だったわ」
「なにが?」
「文化祭、あなたなら和風喫茶に決まって喜ぶと思ったのよ」
「メイドが良かったんだ」
「そのメイドへのこだわりというか執着、気持ち悪いわ」
「.......なんでそんなに鋭い言葉をかけるの? 俺の心をどうしたいの?」
「あなたこそなんでメイドがいいのよ? 和風喫茶だって、着物か浴衣を着るじゃない」
「確かに着物は嫌いじゃない。むしろ綺麗だと思う。しかし! しかしだ! 良く考えてくれ、うちは呉服屋。着物なんて見ようと思えばいつでも見られる。しかもうちには、とんでもないお嬢さん達がいい着物を着て買い物に来るんだ。……だったら! 俺は! 滅多に見られないメイドがみたい!」
「.......」
「しかも着物だとなんだか同業者感がでてテンションが下がる。 あっ! みんなゆかりんの袴を着ればいいんじゃないか! しまった! なんで気づかなかったんだ!和風喫茶最高ー!!!」
立ち上がって空に向かって田中への感謝の祈りを捧げていると、葉月は底の抜けたバケツを見る目で俺を見た。
「葉月、ちょっといいかい?」
奥から、婆さんが白い封筒を持ってきた。
「なにかしら? 私に?」
「仕事の依頼だよ。開けてごらん」
「これ、裏の公園での妖怪退治の依頼だわ! おばあちゃん、私これ受けてみたい!」
「ああ、受けてごらん。葉月なら簡単にこなせるだろうね」
「頑張るわ!」
「じゃあ、返事はしておくよ。 和臣!」
婆さんが振り向く前に走り出した。
「【水縛】」
「なめるなよ! この程度で捕まるか!【三壁・守護】」
婆さんの術を防ぎきり、俺は逃走に成功した。
「【空縛】」
「なっ!! 葉月まで!?」
予想外のところからかけられた、葉月の術にかかって身動きが取れなくなる。
「なんだかよく分からないけど、なんであなたが逃げるのよ」
「急用を思い出したんだ! 逃がしてくれ!」
「はあ?」
「和臣! あんたがついて行ってあげな!」
「ほらやっぱりな! 思った通りだよ!」
俺の勘はよく当たるんだ。
「女の子が夜中1人なんて危ないだろう! ついてってやんな!」
「葉月なら大体のことは大丈夫だよ! めっちゃ強いじゃん!」
「バカ! 夏のこと忘れたのかい!? ついて行ってやんな!」
「睡眠時間ー!!」
最低8時間は寝ないと寿命が縮むんだぞ知ってるのか。
「おばあちゃん、私1人でも大丈夫よ。それに、夏みたいなことは滅多に起きないでしょう?」
「普通はね。ただ、最近少し気になることがあるんだ」
「気になること?」
「今年の百鬼夜行、各地で妖怪がいつもより大量に出たらしい。そして、零の山での九尾。少しおかしなことになっている気がしてね」
「なにかがあるの?」
「さあ、分からない。もしかしたらただの偶然かもしれない。けど、用心に越したことはないよ。だから和臣! あんたも行きな!」
「やだぁ.......」
「ちょっと、泣くことないじゃない」
泣いてない。涙が出るだけだ。
「それから、最近ここら辺で不審者が出るって噂でね。夜に女の子1人ってのはいただけない」
「私、ただの人間に負ける気はないわ。多少怪我させてでも警察に引きずっていくわよ」
俺の弟子は別の意味でなかなかに恐ろしいことを言っている。
ぷつん、とかけられていた葉月の術を解いた。
「.......やっぱり俺も行く。葉月、仕事いつから?」
「え? 結局来るの?」
「行く」
「別に、来てくれるならいいけど.......。妖怪退治は私がするわよ? 仕事は水曜日から」
「わかった」
不審者の命が危ないから、仕方なくだ。本当に仕方なく、一応師匠だということで、弟子についていくだけだ。
「それから、和臣。あんた宛にも来てるよ」
「たぶん間違いだろ。捨てておいてくれ」
「このバカ! 黒封筒だよ!」
婆さんにバシッと投げつけられたのは、黒い封筒。
真ん中に白く「五」と書いてある。
「.......たぶん間違いだな。捨てておいてくれ」
「このバカ! さっさと開けな!」
婆さんに頭を叩かれ、泣く泣く黒い封筒を開ける。
中から出てきたのは、ピンクのうさぎの便箋。
さらに、キラキラとしたシールが大量に出てきた。
便箋には、『和臣、元気ですか? ハルは元気です。可愛いシールがあったからあげるね! ほんとうは、男の子にはくまちゃんの便箋を送ろうと思ったんだけど、うさちゃんにしてみました。可愛いでしょ?』とピンクのキラキラした文字で書かれていた。
そっと便箋をたたむ。
シールも丁寧に封筒に入れ、綺麗に封をした。
「.......間違い、だったみたいだ」
「「.......」」
2人とも何も言わなかった。
「.......黒封筒だよな?」
「そうだねぇ.......」
「ねえ、黒封筒ってなんなの?」
「重要な連絡の時に、本部の術者だけが使える封筒だよ。しかも、今回のには白い数字が入っているだろう? それは部隊の隊長しか使えないんだ」
「本部からの直接の重要連絡は、真っ黒な封筒が届くんだ。怖いだろ」
「へえ.......。じゃあ、今回のはなにかしら?」
「.......」
黒封筒は相当重要な連絡の時にしか使われない。
そもそも部隊にも所属していないような術者に届くことなどほとんど無いものだ。可愛いシールを送るために使うなんて絶対にありえない。絶対にだ。
「.......とりあえず、水曜日の夜は仕事だな」
俺は考えるのをやめた。封筒を鞄に突っ込んで無かったことにする。俺は何も受け取っていない。
「ええ。頑張るわ!」
半袖の制服がちょうどいい9月。
秋の足音は、まだ聞こえない。