第32話 白黒
全国総能力者連合協会。
全国の能力者をまとめるこの組織が、この名称になったのはそれほど前のことではない。
日本が戦争に負けたあと、遡れば1000年は軽く続いていた能力者のまとまりが、新たに組織として組み直された。
その際、今までの仕組みを踏襲しつつ、より能力者同士のまとまりを強め、妖怪退治などの治安維持の機能を強めた組織となった。
そこで編成されたのが、第一隊から第九隊までの妖怪退治部隊。治安維持のために全国に配置されたこの隊は、ひとつの隊に約100人の術者が編成され、全員が術者としては高い能力をもっている。
言わば、妖怪退治のプロフェッショナル。
その中でも隊長となると、全国の能力者でも指折りの実力者だ。
この家格や血筋が重視される能力者の世界において、完全能力主義で、隊長は家格などは関係なしに実力によってのみ選ばれる。
しかし、この部隊が出来てから、一条から九条までの家以外から隊長が選ばれたことは1度もない。
「第五隊隊長、五条ハルだよぉ! さ、中に入ろっかぁ!」
だから。
目の前のゴスロリ少女が隊長などということは、簡単に理解できるものでは無い。
「治様、お名前は正確にお願いします」
「おさむって呼ぶなぁ!」
「えーっと?」
「第五隊副隊長、灘 勝博です。五条 治隊長は少々変わっていらっしゃいますが、本物の第五隊隊長です」
「おさむじゃなくてハルって呼んでぇ!」
五条治。五条、治。ごじょう、おさむ。
「五条治!? 5年前の大天狗討伐の!?」
「和臣、どういうことなの?」
葉月が怪訝そうに、俺とゴスロリ少女を見比べる。
「ああ、知っててくれたのぉ。でも、ハルって呼んでねぇ」
俺の驚愕などなんでもないように、ハルはスパンっと目の前の襖を開けた。
「さ、入ろぉ!」
ハルは堂々と部屋に入り、用意されていた座布団に座った。その後ろに副隊長である勝博さんも座る。
しかし俺と葉月は、その部屋に入ることが出来なかった。
なぜなら。
「おい、五条! お前またそんな格好してやがるのか!」
「可愛いんだもん」
「ふざけやがって.......!!」
「五条さん、せめてもう少しはやくいらっしゃってください。時間ギリギリですよ」
「ごめんねぇ」
「まあまあ、皆さん。いつもの事じゃないですか」
大きな部屋の中。奥にある大きな白い掛け軸の前の座布団を空けて。
部屋の両脇に、総勢36人の能力者が座っていた。
片側には各部隊の隊長と副隊長。全員の黒い着物に数字の染抜き、袖に1本か2本の白線が入っている。兄貴もいた。
もう片側には、一条から九条までの家の当主とその補佐。全員の黒い着物に家紋の染抜き、袖には3本の線が入っている。父と姉もいた。
全国の能力者、その最高峰。この場にいる全員が、普通の能力者、術者とは桁が違う。
部屋の空気は、今まで感じたことがないほど張り詰めていた。
「か、和臣.......」
「.......たぶん、下手なことしたら消されるな。社会的にも、物理的にも」
「ど、どうするの?」
「頑張ってくれ。俺は団長兼ファンだから」
「は?」
ぐっと親指を立てた。
「.......七条和臣」
「おお、ゆかりんも来たか! 頑張ってくれよ!」
ふらり、と隣にやってきたゆかりんは、真っ青な顔でどこか宙を見つめていた。
「.......私、消されるのかな?」
「ゆかりんなら大丈夫だ! なんたって今回の主役だから!」
ゆかりんは黒い着物に白い帯姿で、あの袴のように脚は出していなかった。
「揃ったか?」
凛とした、透明な声がした。
いつ現れたのか、部屋の奥に、白い掛け軸の前には、あの時の白い人が座っていた。
「入れ」
ぼーっとしている葉月とゆかりんを引っ張って、部屋の中央に無理やり座らせ頭を下げさせる。
「良い。楽にしろ」
この部屋にいる全員からの視線を受け、震えているゆかりんと、緊張でガチガチの葉月は何も話さない。それを見て、まずは俺が口を開いた。
「本日は招集により参上致しました。七条家が次男、七条和臣と申します。こちらはわたくしの弟子である、水瀬葉月と申します」
ちら、とゆかりんに目線を送っても、口を開けたり閉めたりするだけで何も話さない。首筋に冷や汗が見えた。
「.......こちらは、三条家が門下の、町田ゆかりと申します」
何故か俺が紹介した。脇にいた三条の当主が鋭い視線を送ってきたが、今はとりあえず忘れることにした。これ以上何も抱えられない。
「此度の招集は、先日の九尾退治の件だ」
白い人が、すっと立ち上がる。
「よくやった。褒美をとらす」
「身に余る光栄でございます」
「では」
ざっと横に座っていた全員が頭を下げた。
慌てて、ただ驚いて固まっている葉月とゆかりんの頭を押さえて下げた。
「解散。.......七条和臣、少し残れ」
「はっ」
冷汗を流しながら、葉月とゆかりんを軽く叩いて立たせる。2人が全く動かないので、小声で話しかけた。
「.......おい、2人とも。1度礼をして部屋から出ろ。出る時にもう一度礼を忘れるなよ」
2人は、フラフラと礼をして部屋を出ていった。
その後はただ冷汗をかきながら、畳に額を付けるように頭を下げて待つ。もしかして、本当に消されるのか?
俺はただの応援団長兼ファンクラブ会員だ。許して欲しい。
「七条和臣、楽にしろ」
「はっ」
頭を上げて、白い人を見る。
どこまでも白いこの人は、全ての能力者の頂点に立つお方。人でありながら境界の上に立つ、それこそ異次元の能力者。
誰もこの人の名前を知らない。苗字も、名前も、何も分からない。
ただ、代々この人の家の当主を、零と呼ぶ。
「今回、九尾を退治し他の妖怪から一般人を守ったその功績。なかなかの術者だな」
「.......っ!!」
冷汗が止まらない。両側の能力者達から、明らかな殺気。
「本部に来るか?」
その言葉で、空気が割れた。
両側から冗談にならないレベルの殺気、さらに俺を押しつぶさんばかりの霊力が溢れる。
「.......い、いえ。大変、光栄ですが。わ、私は、本部には、行きません」
「ほう? 理由は?」
「.......まだ若輩の身でありますゆえ」
「九尾は倒したが?」
たら、と冷や汗が流れる。固い唾を、なんとか飲み込んで。
「.......それと」
「なんだ?」
「弟子が、いますので」
「そうか。では」
ざっと全員が頭を下げる。
「解散」
ふっと白い人が消える。
残された部屋の空気は爆発寸前。
「おい! ガキっ!!」
訂正。爆発済み。
「お前、九尾倒したぐらいで調子に乗ってんじゃねぇぞっ!」
立ち上がって俺を睨むのは、「二」の染抜きと袖に2本の線が入った大男。
「零様に口答えしやがって!」
その言葉で、他の部隊の隊長達の目線も鋭くなる。
その中で唯一、ハルだけが小さな口を開けてあくびをしていた。
ズカズカと、恐ろしい顔をした「二」の大男が俺に向かってくる。
「おい」
大男が俺の前に来る直前、兄貴の声がかかった。
「俺の弟だ。手荒なマネしたら、分かってるな?」
「うちの息子に何かあるのかね?」
父さんも、すっと目を細めてその大男を止める。
「……ちっ!」
大男は舌打ちし、自分の座布団に戻った。
俺は兄貴と父の顔も見ないまま、礼だけしてさっさとこの地獄のような部屋から出た。