相棒
総能は歴史の浅い組織だ。
先の戦争により、1000年以上続いていた能力者たちのまとまりや、「家」による霊的土地の管理はほぼ壊滅した。それにより荒れた夜の治安が問題視され、戦後の復興期、日本の怪異に対する治安維持を保障することと引き換えに、総能は国家の助けを受け発足した。そして現在総能は、日本の能力者、または怪異に対する全ての対応を担う唯一の組織となった。
しかしややこしいことに、総能には幹部が2系統存在する。
まず、総能発足以前より能力者世界で強い力を持っていた、一条から九条までの9つの家の当主たち。
この人たちは10ある治安維持部隊へ振り分ける仕事を決めたりしていて、特別隊隊長の俺としては結構直接命を握られている。
そして、もうひとつの幹部たち。今回俺を誘拐した人たちである。
この人達は、総能発足時より集められた、総能という巨大組織を運営するために日々数々の決定をしている人達である。
主に国から派遣されている人が多く、能力者ではない人もいるらしい。管理部の杉原さんや経理部の花田さん、そして監視の人の直接の上司でもある。もちろん、数々の問題を起こしてきた俺は余裕で目をつけられている。そしてこの人たちは非情で有名なので下手をしなくても国家レベルで存在を消される。
つまり。
「……詰んだー」
「ん゛っん゛ん!!」
とんでもなく重苦しい扉が開いた先を見て、思わずこぼれた独り言をかき消すように、監視の人が咳払いをした。詰んだー。
扉の向こうに広がる、恐ろしいほど広い洋室。壁一面が窓になっていて、ここがとんでもない高さのビルの一室なのだろうということはわかった。さらに部屋の中央には重々しい机がコの字に10も並んでいて、その全てに真っ黒なスーツを着た男たちが座っていた。しかも最悪なことに笑顔の人など一人もおらず全員の顔が怖かった。はい初手から怒ってるー。詰んだー。
「まずは座りたまえ、七条和臣特別隊隊長」
部屋の真ん中、幹部たちの机の真ん前に、ぽつんと安っぽいパイプ椅子が置いてあった。はい確定で処刑じゃないですか。この椅子に縛り付けてアジトの場所を吐くまで拷問とかするんでしょ、はいはい終わり終わり。
しかし逆らうこともできず、俺は促されるままおとなしく椅子に座った。あまりに怖くて誰とも目を合わせないようにしたらほぼ白目を剥くことになった。あ、すごいシャンデリアが見える。
「おい、監視役。彼はどうしたんだ。まだ薬が抜けてないのか」
「普段通りかと」
間髪入れずに監視の人が答えて、幹部たちが若干ざわめく。俺もざわついた。俺そんなにいつも白目剥いてますか。
「ま、まあいい。本題に入ろう」
目の前の席に座っているおじさんが、軽く咳払いしてから机に肘をついて手を組んだ。
「七条和臣隊長。君の監視を解こう」
「……」
「罰則規定第9条違反。本来なら外に出ることはおろか、監視が外れることも一生ない」
「……」
「しかし、君の実力を制限することは、我々にとっても不利益だ。そうだろう? その若さで五条隊長に次ぐ討伐記録を持ち、名付きの鬼の退治までしてみせた、稀代の術者。君の代わりはいない」
「……」
「よって、我々は君の監視を解くことにした。君は自由になれる」
にやっと笑ってこちらを見るおじさん。しまった目があってしまった。慌てて白目を剥いておく。
「ただし、1つ条件がある」
いきなりの低い声に、部屋中の視線が強まる。そしてその突き刺すような目線から逃れるためシャンデリアを見つめる俺。
「今後、我々から直接君に仕事を依頼する。その時は、他の何より優先して引き受けたまえ。そうすれば、君を自由にしよう」
「……ん?」
思わず視線をおじさんに向け声まで出してしまった。監視の人が小さく息を詰めたのはわかったが、もう仕方ない。何言ってるんだこのおじさん。
「あのー、俺、総能所属の術者ですよ。仕事ならいつでもしますけど」
「……やはり察せというのは無理か」
なにやらとんでもなく失礼な落胆をされたようだが、事実なにも察せていない。今何が起きてますか。
「総能は国家に認められた組織だ」
「はあ。まあ術者の免許も国家資格ですしね」
術の使用免許は一応身分証として使える。しかし一般人相手には使えないので普段は本当に使い道がない。そろそろ俺も車の免許が欲しい。
「そうだ。総能は怪異に対する国民の安全を保障する代わりに、ほとんど公的機関として存在している。……しかし、だ。現状、総能という組織は、私物化されていると言わざるを得ない」
なんか小難しい話になる予感がしてきたぞ。どうせ聞いてもわからないだろうし、明日の献立でも考えとくか。
「総能発足時、いや現在も、九つの家の協力なくしては全国の怪異に対する安全保障など不可能だった。治安維持部隊の設立についても、彼らの協力による部分が大変に大きい。しかし、それはいい。九つの家はどれも独立して存在し、適度な距離と関係を保っている。お互いが牽制し合うことで組織としての機能は保たれる」
そういえば、アホラグビー部用にとかなり大盛りにしてしまったこの弁当はどうしよう。俺の分と監視の人の分はこれから食べるとしても、残り3つもある。捨てるのは勿体無いし、この人たちにあげてみようかな。もしかしたら仲良くなれるかも知れないし。お腹が空いているからイライラしている可能性もある。
「問題は、零だ。九つの家が、零の決定には一様に付き従う。……これでは協議の意味がない! 我々国家からの要請でさえも、零の思惑ひとつで拒否することが認められてしまっているのだ! これは、公的機関である総能の私物化に他ならない!」
突然の大声に思わず肩が跳ねた。なんで急に怒鳴り始めたんだこの人。
「本来なら、総能は国家の要請に応えるべきだ。しかしながら、零は九つの家と治安維持部隊を人質に、躊躇いもなく拒絶する。……不健全だとは思わないかね?」
「……はい?」
いきなり話を振られたが、すみませんよく聞いてませんでした。とりあえずお昼にしませんか、というか今何時なんですか。
「だから七条和臣隊長。君に、私たちのパートナーになって欲しいのだよ。零の判断に左右されず、我々国家からの依頼を受けて欲しい。零が見殺しにした人々を、救うために」
「はあ?」
「ん゛ん゛ん!!」
突然聞こえた零様へのとんでもない悪口に対して口を開いた瞬間、監視の人の咳払いにかき消される。横を見れば、真っ青な顔に大粒の冷や汗をかきながら、震える手を背中に隠して立つ監視の人がいた。いやめちゃくちゃ具合悪そう、早く帰らせてあげてください。
「ちなみに断った場合、君は二度と日の光を見ることはできなくなる。君がしでかしたことの大きさを忘れるな」
ぴしゃりと上がった声に思わず息を呑む。見れば、幹部たち全員が睨むように俺を見ていた。なんだかまずい雰囲気になってきたが、一体どうすればいいのか。このままだとコンクリ太平洋まっしぐらなんですが。
「ああ、そう言えば……君の隊。あれは他の隊と違って、随分小規模だな。我々にとっては、無くとも困らないほどの……君がいないのならば、意味が無い。不要だ」
「っ!」
がたん、と自分の座ったパイプ椅子がなった。思わず立ちあがろうとしたのを、監視の人に椅子を蹴られて止められたのだ。しかし俺の表情を見た目の前の幹部たちは、一斉に口角を上げる。
「そして、君の部下だが……違反者の君の息がかかった術者たちだ。我々も、しかるべき対応をせねばならない。ああ、花田は優秀だったんだがな、残念だ」
噛み締めた奥歯がぎり、と音を立てた。俺は今、脅されているのか。
特別隊と、零様への裏切り。
どちらを、取るのか。
「もう一度聞こう、七条和臣隊長。君は、我々の依頼を、受けてくれるかな?」
大きく、震える息を吐いた。
ぐつぐつと沸くような思考に痛む額を押さえて、目の前の幹部を睨み返す。
「……何が望みだ」
「やはり君は話せる男だ。そう言ってくれると信じていたよ。……監視役、出たまえ。君の仕事は今を持って終了とする」
監視の人がさっと腰を折って扉へと歩き出した。一度もこちらを見ることはない。
「七条隊長、君が受け入れてくれてよかった。これで君は自由だ。もう二度と、君のプライベートを侵害することはない。そして、我々は良きパートナーとして国民の安全を守れる。素晴らしいことばかりだ」
監視の人と入れ替わるように、誰かの式神が書類の束を持って部屋に入ってきた。扉がしまり、先ほどまで監視の人が立っていた位置に式神がやってきて、書類を渡される。
「君ならできると、聞いているよ」
渡された紙の一番上にあった文字を、理解したくなくて目を閉じた。
「七条和臣隊長。君に、ヌシを、殺してきて欲しい」