早弁
ゆーびきりげんまん
うそついたら
はりせんぼんのーます
指切った。
「っ!!」
息をするのも忘れ飛び起きた。どくどく煩い心臓になど気もやらず、震える手を上げて右手の小指を見て。
「っはぁーー……。またこの夢かよ」
どっと肩の力が抜け、また布団に倒れ込む。ちょっとここ最近夢見が悪すぎやしないか。疲れてるのか俺。
二度寝しよう、と布団をかぶろうとして、ふと気がつく。
ここはどこだ。
自分の下にあるのがいつもの布団ではなく見知らぬベットで、天井にはシャンデリアまである。床も真紅の絨毯が敷かれており、明らかに自室でも自宅でもない。どこだここ。というか、なんで俺はこんなとこで寝てるんだ。
「あれ、そう言えば俺、学校行こうとして……」
今朝は、結局レポートをアホラグビー部どもとやる約束をしてしまい、奴らの弁当まで作って家を出たはずだ。葉月は朝から友達と出かけていたので、監視の人とトカゲと一緒にバス停に行って。
「……あ! 誘拐か!」
ぽんと手を打った。そうだ、俺はあの時、携帯を見ながらバスを待っていた。そしたらいきなり後ろから腕を拘束され、何か布で鼻と口を覆われた。視界の端に黒塗りの車が見えて、そこからの記憶がない。うん、完全に誰かに捕えられている。
だがしかし、俺も伊達に19年生きていない。誘拐は未遂も入れればこれで4度目である。焦らない焦らない。
「携帯にトカゲに財布に弁当。うん、全部あるし、余裕かな?」
ご丁寧に枕元に置かれていた携帯電話をポケットにしまい、トカゲのランプをベルトに括り直す。これはまた随分と手抜きの誘拐である。手足も自由だし、声も出せる。ランプの中ではトカゲも元気そうに擦り寄ってきている。思わずふ、と鼻から余裕の笑みがもれた。
さて。
「……助けてくださーーーーい!!!」
「静かにしてください!!」
力の限り叫んだら、部屋のドアが勢いよく開いて監視の人が入ってきた。助かった。
「うわあああ! ありがとうございますありがとうございます! 助けに来てくれたんですね!?」
「……いえ」
監視の人が、さっと目を伏せて唇を強く噛んだ。あまりに強く噛みすぎて血が滲んでいて、ぎくりと心臓が跳ねる。
「ご、ごめんなさいごめんなさい、もしかして一緒に誘拐されてる感じですか? こ、怖い感じ? 大丈夫です、任せてください。俺こういうの慣れてるんで」
慌てて言えば、監視の人はさらに唇を噛む力を強めた。あまりにも強く噛み締めすぎて、つ、と顎に血が流れる。その様子に俺の方が血の気が引く。
「だ、大丈夫ですから落ち着いて! ほら、何事も意外となんとかなるっていうか、ね? 日本の警察は優秀ですし……」
「……っ!!」
監視の人が、何も言わずわっと両手で髪の毛を握った覆った。こちらももうパニックである。とにかくハンカチ、ハンカチだ。ダメだ弁当は5個もあるのにハンカチが一枚もない。なんで俺はこうもだらしないんだ。姉の言うことを聞け。
「と、とにかく落ち着いて! 大丈夫、絶対なんとかしますから。絶対、帰れますから」
「……ちがうんです、私が……っ! ……私が……やったんです……」
「はい?」
急に肩を落として静かになった監視の人に手を伸ばしたら、ばっと後ろに下がられ避けられた。ちょっとしたショックを受けていれば、監視の人が真っ赤な目をあげる。ぜえぜえと肩で息をしていて、本当に心配だ。
しかし監視の人は、すぐにぐっと顎をあげて髪から手を離した。そして一瞬で表情をなくし、口をひらく。
「監視対象との接触は禁止されています。ただし、現在こちらからの事前説明においてのみ、接触が許されています。……七条和臣特別隊隊長。あなたがここにいるのは、総能幹部の指示によるものです」
「え、総能? 総能が誘拐犯なんですか?」
なんでだ。監視の人もさっきから様子がおかしいし。まあ身内の犯行ということで、一気に緊張は柔らかいだのだが。普通に呼んでくれたら行くのに。というかここ京都なのか。
「あなたはこれから、幹部会にかけられます」
「……え? 幹部会? それって……当主会じゃない方ですよね? ……あの幹部? じゃあここ東京?」
監視の人が頷く。おーう。
総能幹部といえば、非情で有名な人たちだ。そんな人たちの会議に呼ばれたとなれば、十中八九消される。俺何かしましたか。しましたね、監視ついてましたね。
「ど、どうしましょう監視の人。幹部の人たちって謝ったら許してくれますかね? 手土産とかないんですけど」
「……私は、幹部直属の調査記録委員です」
「え、はい。知ってますよ」
何を今更、と首を傾げれば。
「私は、あなたの味方ではない!」
監視の人が俯いて叫んだ。俺よりもランプの中のトカゲが驚いて、ぴょんと跳ねてひっくり返る。
「私は幹部の命令で動く! 拉致だってなんだって、やれと言われればやる! 私はあなたの味方じゃない、仕事をしているだけ、それだけ……で……」
「お、おぉ……」
俯いた監視の人が声もなく、どんと自分の拳で自分の足を打った。鈍い音がした。
「……ここにあなたの味方は居ない。私はあなたの監視者として幹部会に同席しますが、それはあくまで監視が目的です。虚偽の発言や反抗的な行動があった場合、私はただちにあなたを拘束します。幹部会中は、よく考えて行動してください」
「あの、大丈夫ですか? 足……そんなに叩いたら痛いんじゃ」
きっ、と監視の人が赤い目でこちらを睨んだ。
「会議室へお連れします。これより先は私語を謹んでください。七条和臣特別隊隊長」
「は、はあ……」
大股で歩き出した監視の人を慌てて追いかける。部屋の外の廊下にも、西洋風の照明と重厚な絨毯が敷かれていた。
「……あの、監視の人」
「……」
「……昼の弁当、先渡しといた方がいいですか?」
こっそりとカバンから弁当をチラ見せしてみれば、こちらを見もしなかった監視の人は答えてくれず、さらに足を早めていった。
早弁だったようだった。