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第29話 水分

「あははは! やった!やったぞ! 葉月、ゆかりん、2人とも最高だ!」


「ちょ、ちょっと!! 私アイドルなんだけど! こんなとこ撮られたら終わりなんだけど!?」


 腕の中でガクガク震えながらゆかりんが叫ぶ。

 葉月は、俺の肩口で1度大きく目を開いてから、ぎゅっと瞑った。


「.......ばかずおみ」


「あははは! 最高だよ! さすが俺の弟子とアイドルだ!」


 笑いが止まらない。くつくつと笑いながら2人を抱きしめる。

 2人はしばらく、黙ったまま俺に抱きしめられていた。


「.......なあ」


「「なによ」」


「ちょっと連絡して欲しいところがあるんだ。俺が今から言う番号に電話かけてくれ」


 葉月がゴソゴソと携帯を取り出す。


「いいわよ。番号は?」


「いち」


「1」


「いち」


「1」


「きゅう」


「9」


「発信で」


 葉月が俺の耳に携帯を押し付ける。ぷつ、と音がして。


「はい。119番です。救急車ですか? 消防車ですか?」


「救急車で」


「どうなさいましたか?」


「ちょっと指がちぎれそうで。場所は駅前なんですけど」


「わかりました。今から向かいます」


 葉月がそっと電話を切った。

 ゆかりんがゆっくりと俺を引きはがす。


「「.......は?」」


「あー、疲れたな! 座って待とうぜ」


 ベンチに座れぱ、2人は何も言わず俺の両隣にすとんと座った。


「「.......は?」


「いやぁ、まさか2人が戻ってくるなんて! でも、今度から戻ってきたらダメだぞ。危なかったしな!」


「.......和臣、あなたが乗せた電車はね、逆方向だったのよ。京都を出るには1度戻ってくる必要があったの」


「.......え?」


「.......しかも、ここら辺電車少なすぎて全然帰れなかったんだから」


 2人がじっとりと俺を見る。


「.......ごめんね?」


 2人が干からびた蛙を見る目で俺を見た。


「ところで、和臣。もしかしてあなた、さっき救急車を呼んだかしら?」


「あ、私も思った。でも、勘違いよね! だって七条和臣、こんなに元気なのに.......」


「.......痛い。泣きそう」


 ほとんど指環が残っていない両手を上げた。

 黒い手袋は所々破れ、たらりと肘まで血が滴る。


「「きゃぁぁぁあ!!」」


「.............これ、手袋脱がなきゃダメだよな」


 涙が出る。


「ちょ、ちょっと!! もっと焦りなさいよ!」


「七条和臣!! あんた大丈夫!? 待って、ハンカチ!」


「いいよ、汚れちゃうし」


「「バカじゃないの!?」」


 そのあとすぐに救急車が来て、俺は涙を流しながら手袋を脱いだ。死ぬほど痛かった。


「和臣、あなたおバカでしょ。おバカなんでしょう」


「七条和臣、もはや引くレベルのバカね」


 病院を出たのは、次の日の朝。

 診断結果、俺の右手は全滅。全ての指が骨折と裂傷。2針縫った。

 左手は辛うじて生還。小指は折れて、薬指は相当深く切れていたがその他は無事にあざになっただけだった。


「2人とも酷い.......。俺、もうお嫁に行けない.......」


「「はあ?」」


 涙が出た。


「あんなにグロテスクなことになってるのに笑ってたなんて.......七条和臣、あんた変態なの?」


「酷い.......」


「痣、見たこともない色してたわね」


「痛かったよ.......」


 心も。


「で、あんたたちこれからどうするの?」


「さすがに今日は休むよ.......はっ! まさか2人だけで妖怪退治に行くつもりか? やめとけって.......」


「「バカでしょ」」


「.......」


 もう黙って宿で休んだ。

 夕方。


「和臣ーー!!!」


 外からバタバタと足音がして、ズパンっと障子が開けられる。


「あれ? 兄貴、仕事は?」


「こんのバカーーー!!!」


 兄貴が思いっきり俺の頭を叩く。そして、そのままこめかみに拳がグリグリと突き刺さる。


「ああああああ!! 頭が割れるー!!」


「割れてしまえこんなものー!!」


 後から部屋に入ってきた葉月はこんな俺たちを見て、見たこともないぐらいオロオロと辺りを見回していた。助けて。


「お前!! ほんっとにっ!! お前!」


「たすけてええ!!」


「お前!! この、バカっ!!」


「ああああ!!」


 やっと兄貴の拳から解放されて、涙を堪えて抗議する。


「痛えよ!」


「反省しろー!!!」


 またべしん、と頭を叩かれた。


「酷い.......俺、怪我人.......」


「ほんとに! このバカ! 指は!?」


「.......ついてる」


「当たり前だこのバカー!!」


 兄貴が落ち着くまでに3回頭を叩かれた。

 その後気を使った葉月が入れたお茶を飲んだ兄貴が、やっと落ち着いた声で言った。


「で、いつ治るんだ?」


「んー、全治2ヶ月くらい?」


「.......そうか。ちゃんと治るんだな?」


「うん」


「.......そうか。まあ、言いたいことはまだ山ほどあるが」


 兄貴が、俺の頭をぐしゃりと撫でた。


「よくやった。一般人の被害はゼロだ。九尾相手によくやった。他の妖怪もよく逃がさなかったな」


「.......うん」


「さすが俺の弟だ」


「.......うん」


 俺は兄貴が嫌いじゃない。

 口うるさい所もあるが、昔から結構優しかったし、イタズラにも付き合ってくれたし、かっこいいとは思っていた。


 そんな兄貴が、俺が術者になってから色々言われていたのを知っている。


 次期当主であり、第七隊隊長という輝かしい肩書きを、俺が脅かすと言われていたのも知っている。

 それは、姉も同じだ。

 俺は実際、兄貴にも姉にも憧れていた。

 すごい術者だと思うし、2人とも優しかったから。

 だから、自分が術者として働き出した時、周りに言われたことが理解出来なかったし、したくなかった。

 その後すぐ、俺は術者を辞めた。


 俺が、()()の弟だったら。兄貴も姉も、もっと楽に生きられたはずだから。


 だから、今、兄貴が褒めてくれて飛び上がるぐらい嬉しかったし、鼻の奥がツンと痛くなったのも致し方ない事だ。うん、仕方ない。

 葉月が見ているから、絶対に涙は零さないが、多少の水分が出るのは仕方ない。だって生き物だから。うん、仕方ない。


「.......和臣。俺はお前のこと、結構かわいい弟だと思ってるんだ」


「.......」


「だからな。兄ちゃん、危険を承知でお前に教えるな」


「.......なにを?」


 すん、と鼻を啜った後の声が震えてしまったのは仕方ない。うん、仕方ない。


「静香が来てる。信じられないくらい怒ってたぞ」


「.......」


 すっと血の気が引いた。

 膝が震えたのはどうしようもない。


「じゃ! 俺仕事だから!」


 兄貴がにこやかに、かつ素早く立ち上がって部屋を出ていく。


「待って!! 兄ちゃん待って!!」


「和臣、帰る時は連絡しろよ」


「待ってぇええ!!」


 兄貴は爽やかに微笑んで去っていった。

 それを絶望とともに見送って。はっと我に帰った。


「葉月、逃げるぞ!」


「え? 急にどうしたのよ?」


「早く! まずいぞ! 九尾なんて目じゃないくらいまずい!」


「ど、どうしたのよ!」


「早く!」


「……へぇ。和臣、どこ行くって?」


「姉貴から逃げるんだよ! 今回は絶対やばい!」


「へえ。何がやばいって?」


 振り返ると、ニッコリ笑った姉が立っていた。

 兄貴、俺はここまでだ。今までありがとう。


「和臣、そこ座りな」


「.......はい」


 姉に精神を粉々にされ、違う意味で涙を流し、というか号泣し、人格を否定され、トドメに頭を叩かれて、やっとこの日は終わった。


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