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合流

 葉月と監視の人が、不審者を追って行った後。警察に連絡しようと、携帯を取り出せば。


「え?」


 背後から、いきなり。

 生白くやけに指の長い女の手が、俺の手首を掴んだ。


「あんた、ここで何してんの」

「ぎゃあああああ!!」


 地獄の底をも凍らすような、冷えた声に思わず叫ぶ。

 つられて不動産屋さんも叫んだ。そして酸欠で気絶した。嘘だろ、絶叫すぎる。


「二人ともうるさい!! 近所迷惑でしょ!!」

「誰も住んでないじゃん……」


 背後からゲンコツを一発もらい、泣きながら後ろを振り返る。

 そこには、仕事用の着物を着た姉が、何人かの門下生を連れて立っていた。


「え、姉貴こんなとこで何してんの? 今日はデパ地下って……って違う!! 逃げろ姉貴! 今ここには不審者が!! 早く警察呼ばないと!」

「はあ? あんた何言ってんの?」

「葉月が追いかけてったんだ! 監視の人が止めてくれてるけど、とにかくやばい!」

「落ち着きな」


 姉の後ろから門下生が二人やってきて、気絶した不動産屋さんを抱えてどこかへ消えた。姉はその様子を一瞥もせず、ただ底冷えするような目で俺を見下している。本能的に両手をあげて降参の姿勢をとった。


「私、今日仕事だって言ったわよね? 何であんたがいんの」

「お、俺は内見に……そしたら幽霊が不審者で」

「はあ?」


 だめだ、何を言っても火に油だ。どうやら姉の仕事を現在進行形で邪魔しているらしい俺は、一体どうしたらいいんだ。とりあえず葉月と監視の人を呼びに行っていいですか。


「ここはうちのマンションよ? 何であんたが内見してんの」

「はえ?」

「管理は別の会社に任せてたんだけど、最近幽霊騒ぎがあったらしくて調査に来たの。話を聞く限り霊なんて大層な物じゃなくて、幻覚系の妖怪じゃないかって目星はついてるんだけど」


 姉は、袂から手持ちの小さな扇風機を取り出した。そういう系か。

 しかし、ということは、あれか。初めから不審者はいなくてここは妖怪マンションで、さっきの人影は妖怪で。葉月は妖怪を倒そうと走って行ったのか。どうりでさっきの不審者気配が薄かったな、じゃなくてどうしようやっぱり俺の弟子バトルジャンキー。


「監視の人がいるから大丈夫だと思うけど、とにかく迎えに行かないと……」

「ん? あの人がどうかしたの?」

「葉月と二人で妖怪追いかけてちゃって」


 階段の方を指差せば、姉の顔色がさっと変わる。


「なっ! 急ぐよ! 幻覚系は気づかないと対処が難しいんだから! 葉月ちゃんまだ対処したことないでしょ!」

「大丈夫だよ。監視の人ついててくれてるし」

「早くしな!」


 姉に襟を掴まれ引きづられるようにして階段を登った。門下生たちは黙ってついてきている。三階の部屋を片っ端から開けて確認する姉をよそに、俺はエレベーターのボタンを押した。ゆっくりと開いたドアの中に入って一つ上の階のボタンを押していると、姉が鬼の形相で走ってきた。


「あんた何してんの!!」

「俺先四階見てくるわ、姉貴は次五階よろー」

「待ちな!!」


 扉が閉まり、すぐにちん、と間抜けな音と共に四階につく。

 ぼけっとドアが開くのを待っていれば、すぐに違和感に気が付く。ドアの隙間が開くにつれ、人の手や足が割り込んでくるのだ。まるで満員電車のドアが開くのを見ているようだ、とどこか場違いな感想を抱いていると。


「うわなんだこれ! きめえ!!」


 急に見覚えのある顔が見えた。しかもいくつも。

 ドアが完全に開いて見えた光景は、衝撃という言葉でしか言い表せなかった。


「え、何で俺!? ていうか俺こんな間抜け顔じゃなくない!?」


 廊下にひしめく大量の自分。普通にキモい。

 しかも全員間抜けな笑顔を浮かべている。やめろ、もっとシャッキとしろ俺。

 腰元で飛び起きたトカゲがメラメラ燃えている一方で、俺はとんでもなくテンションが下がりながら、とにかく目の前の自分を消して進む。自分にもみくちゃにされるという泣き出してもおかしくないほど悍ましい状況を何とか耐え、目当ての場所に辿り着いた。


「はーいさようならー!」


 レバーを引いて、ばかっと窓を開け放てば、一気に廊下を風が吹き抜けた。夜の冷たい風が、ひしめく俺の間を通れば。

 たちまち、すべての俺がたち消える。残ったのは薄い煙と、ポカンとした顔で自分で張った壁の中にいた葉月と監視の人。


「あ! よかった二人とも無事で!」


 駆け寄れば、監視の人が壁を解いた。壁で自分を囲うのは、六枚の壁を同時に出すとともに位置指定も正確にしなければならないため、かなりの高等技術だ。

 つまり。


「すみません監視の人、不定期な仕事なんですけど」


 特別隊で仕事しませんか。

 そう思って勧誘しようとしたのに、なぜかポカンとしたままの二人。あれ、俺の話聞いてない。


「……ドッペルゲンガーじゃ、なかったわね」

「……だからそれは都市伝説です」


 よくわからない会話をしている二人。しかも心なしか楽しそうである。なぜ。


「和臣様」

「あ、はい」


 いきなり監視の人に話しかけられる。


「なぜ窓を? そして、先ほどの妖怪は……」

「ああ。幻覚ですよ。煙っぽかったから……(しん)かな? 煙飛ばしちゃえば幻覚も消えますけど、本体消さない限り煙は出続けるから、本体探さないと」

「……蜃、ですか。はじめて見ました」


 どこか安心したよな監視の人。確かに、蜃には人を傷つけたりするような力はない。やることと言えば幻覚を見せるぐらいだ。このマンションはそれで大騒ぎになっているわけだが。


「ねえ和臣、蜃って、龍のこと?」

「いや、でかいハマグリ」


 龍が相手ならもう少し厄介なことになっているだろう。今回のは十中八九、動きのない貝の方だ。


「本体探そうぜ。もしかしたら姉貴がもう見つけてるかもだけど」

「お姉さんが? どうして?」

「ああ、そういえば今姉貴が来てて」


 三人で廊下を進んで、エレベーターのボタンを押した時。


『なあ』


 突然の男の声に思わず腰を落とし札を構える。そんな俺に対し、無表情の葉月が声が聞こえた方を指差しながら言った。


「あなたが来る前から喋ってるわよ。これも蜃でしょう?」

「え……いや、蜃は音までは出ないぞ……煙だし」


 皆で黙ったところで。


『なあ、ずっと話しかけとるのに、無視するなよ』


 廊下の奥で、二つの目が光った。


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