持帰
大変お久しぶりです。更新を待っていてくださった方、本当にありがとうございます。
まだしばらくはノロノロ更新になると思いますが、徐々に再開していく予定です。
よろしければ、またお付き合いください。
某居酒屋にて。
「どうもー、水瀬葉月でーす。よろしくお願いしまーす」
男女各数名からのドン引きの視線を全身に受けながら、両腕を組んで堂々と名乗りを上げた。
「え、っと……今日は水瀬さんが来るって……」
「だから来ました」
「いや君、水瀬さんじゃないし、どう見ても男だよね」
思わず深いため息が出た。これだからチャラ男は。
たしかに、俺は七条和臣だし、男だ。だがそれが一体なんだと言うのだ。俺が葉月としてこのチャラ男合コンに参加することに一体何の問題があると言うのだ。これだからチャラ男は。
「心配はしないでください。準備は万端です」
合コンのさしすせそは完璧だし、化粧直しのタイミングと飲み物のチョイスも完全に把握している。酔っちゃった、と言ってあざとくボディタッチのイメトレも散々した。これ以上ない合コン女子になれる自信がある。
「いやお前本当に誰だよ! 水瀬さん来られないって連絡きてただでさえテンション下がってんのに、代わりが男とかマジ有り得ねえんだけど!」
「うるせえ葉月を合コンに行かせるわけねえだろ。和臣ちゃんでテンション上げとけ」
明らかにブチ切れているチャラ男。だが俺だってキレている。
少し前、諸事情により葉月が合コンに参加することになった。もちろんその後葉月は行かないと言ってくれたが、なんやかんやあってどうしても人数が足りないと言われたらしく、代わりに俺が参加することにした。
どんな悪夢だ。
しかし葉月が合コンに行くより俺が葉月として合コンに行く方が700倍マシなので、堂々とここに座っている。お前たちチャラ男よりよっぽど真剣に合コンやってんだこっちは、舐めんな。
数個先の席では、監視の人がトカゲのランプをテーブルにおき頭を抱えていた。さっき焼き鳥を注文しておいたので元気を出して欲しい。
「あ、サラダ取り分けます」
まだ俺を睨んでいるチャラ男はさておき、とりあえずサラダが来たので誰よりも早く立ち上がった。サラダを取り分けるなんて基本中の基本。この程度で俺がミスするとでも思ったか、片腹痛いわ!
「すみません俺カシオレで。未成年なんでノンアルでお願いします。……ところで皆さん、このグラス空いたら化粧直しいきませんか」
「え、えっと……和臣ちゃん、だっけ? ごめんね、君、もしかして女子側で参加してる……?」
隣に座っている着飾った女子たちに困惑の目を向けられたが、当たり前である。今俺たちはライバルであり仲間。チャラ男を奪い合い、時には助け合い蹴落としあおうぜ。
とりあえず初めの助け合いとしてこのカシオレとやら、飲んでみたらあんまり好きじゃなかったから誰か飲んでくれ。店員さん、代わりに暖かいお茶ください。
「和臣ちゃんってソッチ系ってこと?」
「野郎に興味はありません。あと彼女います」
「えー、なんで合コン来たの?」
「代打です。さすがにラグビー部のマッチョ3人より俺の方が可愛いと思ったんで」
「何言ってんのこの子? 酔ってる?」
なぜかきゃいきゃいと俺を含めた女性サイドだけが盛り上がり、向かいの男サイドは黙って俺が取り分けたサラダを食っていた。おいおい、お前ら合コン初心者かよ。仕方ないから俺のイメトレの成果を見せてやるか、と準備体勢に入った時。
「ごめんなさい遅れて! 電車間違えちゃって……って七条さん!?」
「うえっへーーい」
思わず手元のカシオレを全部飲んだ。
遅れてこの席にやって来たのは、合コン事件の発端とも言える、いつか一緒に崖から落ちた先輩女子。嘘だろこの人がいるとか聞いてない。葉月にバレたら物理的にどうなるんだ俺は。
「なんでこんな所に!? 七条さん、も、もしかして……彼女、探してるんですか!?」
「もう居ます……」
もう半泣きで、いきなり隣に座って距離を詰めてくる先輩女子から逃げようと身を捩った。しかし、元々隣にいた女子にぐい、と押し返される。待って、俺たちさっき仲間だって言ったじゃん。助けて。
「七条さん、連絡くれなかったから……てっきり、嫌われてるのかと思ってました」
「嫌いとかじゃなくてですね……」
「良かった!」
いきなり腕を取られた。うーんどう考えても胸が当たっている。これはもしや俺死刑なのでは? 言い残す言葉はごめんなさいか?
「やだ、私ったらつい……恥ずかしい」
いきなりぱっと腕が離され、先輩女子はほんのり赤くなった顔をぱたぱたと手で仰ぎ始めた。それから流れるようにカシオレを頼み、1口飲んでから俺をちらりと見上げてきた。唇は濡れたように赤い。
「私、お酒弱くて……緊張してるし、酔っちゃったらごめんね」
そう言って控えめに俺の肩や腕にボディタッチ。それから、暑いと言いまた顔をぱたぱたと仰いだ。
……うん。
この先輩女子、プロだ。俺がイメトレしていた合コンテクを席についてほんの数分で全部完璧にこなしている。
他の参加者の女子とチャラ男たちは、俺たちを除いてなにやら盛り上がり始めていた。これ俺要らなくないか。
「すみません、俺帰ります」
そう言って立ち上がったら、座ったままの先輩女子に人差し指と中指を纏めて握られ、思わず動けなくなった。なぜよりによって指。このまま逆方向に折られたら怖いから離してくれ。
「……でも、私だって好きだもん」
「すみません、手離して」
「彼女さん、今日ここに七条さんが来てること知ってるの? やっぱり、私たちが再会できたのって、運命だったんだよ」
「落ち着いて!? 怖いから一旦、一旦指離して!?」
離れようとしたらなぜかより強く指を握られた。この人まさか能力者で俺のこと潰しに来た刺客とかじゃないよな。初手で指を折るという七条家対策やる気じゃないよな。
「ちょっと」
俺の背後から、にゅっと腕が伸びてきた。その腕は先輩女子の手首を掴み、俺から遠ざける。俺は安堵と恐怖で泣いた。ありがとう俺のヒーロー。さよなら俺の命。
「それはダメよ」
完全無表情の葉月の登場に、先程まで向こうで盛りあがっていたチャラ男どもが目を輝かせ、女子たちに白い目で見られている。というかチャラ男たち、この葉月の無表情が怖くないのか。俺は怖い。泣きそう。
「水瀬さん来てくれたんだありがとう! マジ嬉しい! ほら、座んなよ!」
「結構よ」
葉月は俺と腕を組み、絶対零度の眼差しで先輩女子を見下ろした。
「和臣が嫌がることをしないでちょうだい。じゃあ、私は私の彼氏をお持ち帰りして失礼するわ」
先輩女子とチャラ男どもから笑顔が消える。俺はときめいている。
やだ、本命にお持ち帰りされちゃう。でも軽い女だと思われてはいけないと合コン攻略サイトに書いてあった。
「お、俺……誰にでもお持ち帰りされる訳じゃ、ないんだからね! 勘違いしないでよね!」
「おばかね。私だってあなた以外要らないわ」
「すみません俺お持ち帰りされてきまーす!おつかれ様でーす!!」
和臣ちゃんバイバーイ、と元仲間たちに見送られ、居酒屋を出れば。
「和臣、手は?」
「手? あ、はい」
葉月の手を握る。繋いで帰りたいのかと思ったら、違うわ、と解かれた。ショック。
「指よ。あの人に掴まれて、嫌がってたじゃない」
「へ?」
葉月は俺の手をじっと見ていた。ピースサインを作ってみたら頭をはたかれた。
「あの先輩女子、七条キラーの刺客とかじゃ無かったみたいだ。なんにもないよ」
「何を言ってるのよ。……あの人に掴まれて、あなたが嫌がってたから」
葉月はそっと俺の手の甲に指先を触れさせて。
「大事なの、知ってるもの。……もしかして、私もあまり触らない方がいいかしら?」
「なんで!? 葉月にならもう折られてもいいから手繋いで帰ろうよ!」
「折らないわよ」
今度こそ手を繋いだらなにやら満足そうだったので、葉月の手ごと上着のポケットにしまった。さて、お持ち帰りされるか。俺の家に。
「胸は当てられても嫌がらなかったのにね」
びくんっ、と全身の筋肉が跳ねた。何故それを。
「……葉月さん、いつからあの店に?」
「あなたが私の名を名乗った時からよ。随分人気だったわね、和臣ちゃん」
「か、可愛くてごめん……?」
「気持ちが悪いわ」
号泣していると、店からタッパーに入った大量の焼き鳥を抱えた監視の人が出てきた。ツカツカとこちらへやって来て、トカゲのランプをぐいっと押し付けられる。なぜだ、めちゃくちゃ怒っている。
「一体! 何をどうやって注文したんですか!! ねぎまだけが70本来ました!! 私1人なのに!!」
「あれー? いい感じに7・8本って言ったつもりなんですけど……」
「ん゛ーー!! 伝説のフードファイターだと騒がれた末、食べきれずガッカリされたーー!! 頑張って20本も食べたのに゛ーー!!」
葉月は、根元から折れた包丁を見る目で俺を見た。うん、ごめんなさい。
焼き鳥は、持ち帰って食べた。




