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夜明

 ランプの明かりしかない部屋の隅で。


「いだい……」


 腫れた頬を押さえ泣いていた。目の前では声もなくあわあわと慌てているアホ共。


「だってさ……みんな怖がってるからさ、勇気づけようと思っただけなのにさ……」


 ガンガンガンっ、と背中をつけているドアが揺れる。もうどうでもいいよそんなこと。


「一応さ、責任感じてさ……百物語、やり通そうと頑張ったのにさあ……」


 膝の間に置いたトカゲがオロオロとランプの中を動き回っている。


「俺、一応プロだよ? 本当にこれぐらい、余裕で何とかできるのに……なんで殴ったの? なんで粉かけたの? 俺なんか悪いことした? しかも2回目じゃん、これ」


「す、すまん和臣、本当にすまん」


「すまん!!! くっ……!! 俺を殴れ、和臣!!」


「マジでごめんな、和臣」


 全員土下座してきた。反省したなら二度とその物理除霊法を人間相手に実施しないことだな。


「はあ、いいよもう。さっきのは確かにちょっと怖かったもんな」


 気を取り直し、ランプをベルトに括ってからもう一度ドアの前に立ち上がる。なぜか目の前の3人は正座したまま首を縮めて、ぎゅっと目を瞑った。いや、殴んないよ。


「ふは、ほんとにアホだなあ、お前ら」


 思わず笑ってから。

 ドアノブに、手をかけた。


 ちらり、と目を開いてそれ見ていた坂田が、ヒュッと喉を鳴らし大声を上げようと口を開く。自慢の筋肉がついた太い腕が、俺を止めようと動き出す。あほめ。


「——もう朝だよ!!!」


 どがん、と何か重柔らかいものを扉で押し退けながら、思い切り、ドアを開けた。

 隣の部屋は、約一晩吹雪の中窓が割れたままだったというのを考えても、ひどい有様だった。家具は倒され物は散乱し、その上に吹き込んだ雪が積もっている。しかし、真っ白なはずの雪には、点々とドス黒い血の跡と、大小様々な手形がそこかしこに。


「プロ舐めんな! 証拠隠滅は得意分野だぜ!」


「和臣!! 何ドア開けてんだ!!!」


 坂田の大声に、俺の声はかき消された。

 ドアノブにかけた右手はそのままに、空いた左手で札を放つ。もちろん、背後の3人には見えないよう、自分の体を使って手元を隠しながら。札により狂気的に汚れていた雪が溶け、ただの水として床に染みていく。これでどうとでも一般人には言い訳が立つ。


『アガああ!!!!』


 右手で押さえたドアの後ろ、薄い板を挟んだ向こう側にいるヤツが、凄まじい力でドアを押し返してきた。

 その力には逆らわず、さっと手をドアノブから離し、身を引いて。


 バタンっ、と勢いよくドアが閉まった。


 俺と、ヤツ……随分と変わってしまった人の霊を、外に残して。


「おい!! おい和臣!! 大丈夫か!!」


 必死な声と、どんどんと中からドアを叩く音が聞こえる。


「クソッ、今のでドアが歪んで……!! 開かねえ!! おい、和臣!! 返事しろ!!」


『ウラ……シい』


 ゆらりと、つぶれた目玉でこちらを見る、髪の長い女の霊。

 顔も首も手も足も。どこもかしこも血だらけで、爛れた口から覗く歯は獣のように尖っていた。


「よお、急に呼び出して悪いな。あ、百物語は初めて? 実は俺もなんだよ」


『う……シイ」


「だから……」



『怨めしい!!!!!』



 がばりと歯を剥き、人体ではあり得ない動きで襲いかかってくる霊。その歯が、顔の前にあげた俺の左腕に噛み付く、直前。


「マナーがなってなくても許してくれよ!!」


 左足を軸に、右足の底で思い切り霊の胴のど真ん中を蹴り飛ばした。それとほぼ同時に、左手に隠していた札を放つ。部屋の隅まで床を転がり、札が張り付きびくんと動きを止めた霊に。


「【(きよめ)】!! あと、女の子蹴ってごめん!!」


 悲しくて泣きそうな、でもなんだか嬉しそうな顔をした女性は、開いた門をくぐって行った。

 その、この世ではないあちら側へと続く門が、閉まると同時。


「「「和臣!!」」」


 おかしな音を立てて、部屋のドアが真っ二つに折れ外れた。まじかコイツら。


「おい、このドアオーナーに何て説明」


「大丈夫か和臣!! なんともないのか!?」


「お化け見たか!?」


「戻ってこい、和臣ーーーー!!!」


 暑苦しい藤田に抱きしめられた。はなせ、野郎にそんなことされてもげんなりするだけなんだよ。


「別に平気だ。ドアも、ただ風が強くて勢いよく閉まっちゃっただけだ」


「嘘だ!」


 さて、ここからどう一連の怪異現象を説明しようかと考えていると。


 うえええ、あえええ。


 赤ん坊のような、老人のような鳴き声。3人は、びくりと体を揺らした。もちろん俺もびくついた。なんだ今の、もう全然霊の気配はないんですけど。


 あえええ。


 左手に生暖かいものを感じ目線を下げれば、そこには。


「うわああ鹿ーーーー!!! な、奈良から俺を追ってきたんだーーー!!! 助けて花田さーーーん!!」


 ガジガジと手を噛まれながら、悪夢の再会に飛び上がった。藤田の後ろに隠れても、鹿は軽やかなステップを踏んで追いかけてきては手を噛み襲ってくる。やめてくれ手は商売道具なんだよ。


「ま、まさか、窓が割れたのはコイツがはいってきたせいなのか!?」


「そういえば、さっきの赤ちゃんの泣き声も、コイツの鳴き声だったような……」


「あ、天井からの足音も、もしかして鹿かー?」


 なんだか、ただ鹿に噛まれているだけなのにいい感じに説明ができてきた。よし、よくやった鹿、お礼に鹿せんべい買ってやるから、いいかげん手を噛むのをやめろ。


「いや!!待て!!よく考えろ!!」


 突然大声を出した藤田。


「鹿なんかじゃない……!!」


 藤田は、ワナワナと震え俯いていた。

 流石に雑な言い訳すぎたか。

 カッと目を開き、鹿を指差した藤田は。


「コイツは、カモシカだ!! 鹿なんかじゃない!! さっきの怪異現象は全部、天然記念物の仕業だったんだ!!!」


「「すげー!」」


 ああ、コイツらアホで良かった。


 その後、吹雪が止み帰ってきたオーナーには、ドアを折ったことをなぜか俺も一緒に怒られ、ロッジの一部屋がぐちゃぐちゃになっていることも怒られた。しかし、カモシカがロッジの周りを彷徨いているのを見ると、途端にビジネスの顔になって全てを許してくれた。ありがとう鹿、だがいい加減俺が視界に入った瞬間襲いかかってくるのはやめろ。

 一晩経って合流した監視の人は、見たこともないぐらいボロボロで憔悴しきっていて、さらに俺が百物語をやったといえばふらりと倒れてしまった。色々ごめんなさい、きちんと報告書は書きます。


 鹿にあげようとした鹿せんべいは見向きもされず、なぜかただ襲われた。

 カモシカだった。






〜今回の怖い話〜

①完全にヒロイン不在

②和臣達が話していた怪談のうち、1つは実話

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