美味
「俺は明日、ラグビー部3人を生クリーム漬けにして売った猟奇犯としてニュースにのる」
冗談でもなんでもなく、目の前のアホどもに泡立て器を向けながら、憎しみを込めた声で犯行を宣言した。おら、そこに並べアホども。美味しい生クリーム漬けにしてやる。
「いやー、助かったぜ和臣ー」
「調理スタッフできるヤツなんで和臣しか知らなかったからな。昨日買ったプロテインやるよ、バーベキュー味」
そう、ここは甘い匂いの漂うとあるケーキ屋のキッチン。
俺とアホ3人は全員ここの制服でもある白いコック服を着ていて、3人は重い調理器具や粉物などを抱え動き回っている。俺は1人で黙々と生クリームを泡立ていちごを切っていた。朝5時から。ぶっ続けで3時間。
「……お前ら、深夜3時にいきなり電話してきやがって。しかもいきなりバイト手伝えって……今日がなんの日か知ってて言ってんのか? 今日はな……クリスマスイブだよ!! 12月24日!!」
ばん、と生クリームが入ったボウルを置いた。
なんで公然イチャイチャ解放デーに葉月とデートでは無くむさくるしい閉所に閉じ込められねばならないのか。監視の人もとばっちりでトカゲを持って裏口から息を殺して俺を監視しているし。
「頼む和臣! この店、1番の繁忙期なんだ!! それなのにバイトが急に全員休みで……くっ! 俺は、どうしても羽田さんを、助けたかったんだ!!」
清潔感のあるコック服を着ても暑苦しい藤田が、びしりと90度に腰を折った。そんな誠意あるお辞儀をされても、早朝から延々とケーキ作りをさせられた怒りは治まらない。いや、ケーキ作り自体はいいんだけども。
「はあ……大体お前らどこでケーキ屋のご主人と知り合ったんだよ」
現在このケーキ屋のご主人は、表のショーケースにケーキを並べている。ちなみにご主人は60歳オーバーの男だ。
「ここのケーキはウチの部の監督の好物なんだ! 1年はパシられるから、俺たちは段々顔を覚えてもらってな、だから、力になりたかったのに、俺たちは……!! イチゴすら、綺麗に切れない!!」
「羽田さん、よくケーキの切れ端とかくれるんだ」
「肉もいいけど甘いのもいいよなー」
悔し泣きし始めた藤田は無視して、もう無言でチョコプレートにお客様のメッセージを書く。先程、履歴書の字が綺麗だったからという理由でこんな大役に任命されてしまった。アホ3人は字が汚いどころかチョコペンを破壊するので戦力外。コイツら本当にケーキ屋の仕事向いてない。体デカくて場所とるし。
「みんなお疲れ様、そろそろ予約のケーキを……七条くん、この店を継がないか」
表から戻ってきた羽田さんが、焼きあがったスポンジ生地を見てそう言った。うん。羽田さん、それあなたが焼いたスポンジです。俺はタイマー通りオーブンから出しただけ。
「羽田さんすみません、俺そろそろ帰ります。プレートは全部書いといたんで」
「え?」
羽田さんが目を丸くする。そこで、嫌な予感がした。
「今日はみんな、夜まで駅前のケーキ販売を手伝ってくれるんじゃあ……」
「あはは、ちょっとすみません」
アホ3人をキッチンの外に連れ出した。全員俺と目を合わそうとしない。うん、だろうな。お前ら今朝、ちょっとケーキ作り手伝ってくれって言っただけだもんな。
「……どういうことだ。夜までなんて聞いてないぞ」
「すまん和臣! 手伝ってくれ!! 駅前販売は重要な売り上げになるんだ!」
「……もうやだぁ。眠い、帰りたい。今日葉月とケーキ食べる約束してるのに……ひぃん」
色々限界になって泣いた。寝不足も合わさって、極限まで神経を使うお菓子作りに脳も体も悲鳴をあげている。お店に出すようなものを作らせないでくれよ、俺はただの学生なんだよ。プレッシャーでおかしくなりそうなんだよ。
「……ちょっと、和臣を泣かせたのはあなた達でいいのかしら?」
「え!?」
なぜか、本当になぜか、店のガラス戸の外に葉月がいた。慌てて鍵を開ければ、マフラーとコートを着た葉月がラグビー部3人の前に仁王立ちした。
「朝起きたら、和臣が訳の分からない置き手紙を残して居なくなっていたの。だから、あの人のメモを頼りに迎えに来たら……」
ぎろり、と葉月がアホどもを睨む。やだ、俺の彼女俺のことマッチョどもから助けに来てくれたの? 惚れちゃう。
「ま、待ってくれ水瀬さん! 和臣は俺たちが泣かせたんじゃ……いや、俺たちが泣かせたな。悪い和臣」
「潰すわ」
「待って待って待って」
拳を握り1歩を踏み出そうとした葉月を止める。
「体格差なんて問題ないわ、顎先を狙うもの」
「そういう問題じゃなくてですね……一応コイツらもいないと、今日店回らなくなっちゃうから。羽田さんに罪はないんだ」
「……」
「ん?」
口をへの字に曲げて、眉を八の字に寄せて。
急にしおらしく目線を床に落とした葉月は。
「……だって、今日は一緒にケーキを食べるって、約束したじゃない。それなのに……あなたがいなかったんだもの」
「うわあ可愛い!? え、可愛い!! おい見たかアホども!! 俺帰るわ!!」
ラグビー部3人は全員泣いていた。本気の涙だった。
「七条くーん、チョコクリーム作ってくれるー? って、お友達かな?」
キッチンから出てきた羽田さんは、葉月を上から下まで見て。
「君、今日ケーキの売り子やらないかい? 帰りに好きなだけウチのお菓子を持って帰っていいから」
「やります」
即答だった。
白いコック服の着替えた葉月は最高に可愛かったが、キッチンに入れるのは阻止した。そして店が開き、帰宅時間帯に合わせ俺と葉月が駅前に立ちケーキを売ることとなった。彼女と2人にしてやるよ、などと言われたが、当たり前の配慮だラグビー部3人衆。
「でも葉月、よかったのか? ケーキなら普通に買って帰れば……」
「あなたが帰らないならケーキだけあったって仕方ないわ」
「誰か!! 誰かこのケーキを買い占めてください! 僕今すぐこの子と家に帰らないと!!」
「真面目に売りなさいよ」
葉月がそっぽを向いてサンタ帽をかぶった。しかし、耳は赤い。可愛い、すき。
その後、サンタ帽葉月の可愛さのおかげ170パーセントでケーキは順調に売れた。しかし、途中藤田のアホが追加のケーキを大量に届けに来て、人通りが減った今も俺たちは駅前に居た。先程、釘次先輩のお兄さんである二条釘一先輩がホールケーキ3つ買いをしてくれたのだがまだまだ在庫は減らず、とうとう見かねた監視の人も手伝ってくれている。しかし、最後の数個がなくならない。
「もうこれ俺が買い取るから帰ろうよ」
「嫌よ。絶対、売れ残りなんて出さないわ」
「アルバイトに売れ残りを買い取りさせるなど不当な行為です」
「2人ともちょっと燃えてきちゃってるじゃないですか……」
結局、最後の1個まで粘ったものの、時間が来たので店に帰った。葉月と監視の人がめちゃくちゃ悔しそうにしている。
「羽田さんすみません、1個売れ残っちゃって……」
「1個? ……本当に? 毎年20個は売れ残っちゃって、明日安売りするのに。流石だねー君、好きなだけケーキ持って帰ってね」
羽田さんはホクホク顔で葉月をショーケースの前まで連れていった。ラグビー部3人はぐったりと奥でへばっていた。店の方はよっぽどの混み具合だったらしい。
その後、葉月が選んだ大量のケーキが入った紙袋とトカゲのランプを手に、家への坂道を歩いていると。
「……ねえ、和臣」
「どうした葉月。というか、葉月がこんなにいっぱいケーキが食べたかったなんて知らなかったよ。ほぼ全種類貰ってきたな」
「……ちょっと、寄り道しましょう?」
葉月が指さしたのは、夜の公園。意味がわからず、黙っていると。
「……つ、つまみ食いしちゃ、ダメかしら」
「え、いいよ食べよう。そっか、家まで我慢出来ないほどケーキ食べたかったのか、可愛いな葉月」
「……」
ちがうわ、と蚊の鳴くような声で言って、耳を真っ赤にした葉月が俺のコートの端を掴んでブランコまで引っ張った。監視の人もついてくる。
葉月が座ったブランコの隣のブランコに、俺もガサリと腰を下ろした。久しぶりに乗ったら低っ。足ついちゃうから漕げないじゃん。
「ほら、葉月どれ食べたい? あ、羽田さんちゃんと紙皿とフォーク付けてくれてるぞ」
「……」
葉月は、赤い耳のまま俯いている。
「どうした? ほら、清香には黙っててやるから、好きなの選びな。これとか美味しそうだぞ」
「あっ、あなたが作ったのがいいわ」
「ん? 今日俺は作ってないぞ、手伝っただけ」
「いえ。生クリームは全て和臣様がお作りになりましたし、そのフルーツケーキに至ってはスポンジから全て和臣様が作ったものです」
監視の人の言うように、実はそのフルーツケーキの生地は俺が焼いた。だが、ほとんど羽田さんの指示通りにやっただけだ。生クリームの仕上げは羽田さんだし。
そこで、監視の人が突然はっとしたように走ってこの場を離れた。去り際に葉月に謝罪までして。どうして。
「どうしたんですかー!? 一体どこへ!? 監視の人ーー!?」
「……フルーツケーキ、貰うわ」
「え、あ、うん。持てるか?」
「ええ」
葉月は膝の上に皿を置いて、フォークでちまりとした1口を口に入れた。可愛い。せっかくだし俺も共犯になるかと、大量のケーキを物色していると。
「あなたが……作ったケーキ、沢山売ってしまったから……残りはできるだけ私がいっぱい、食べたかったの。……元々、あなたのケーキは私が食べるはずだったのに、知らない人にたくさんあげてしまったんだもの。……よ、欲張りかしら」
ちょっと脳がバグったので立ち上がって、ブランコに座る葉月にキスをした。甘い、俺の作った生クリームの味がした。
「……美味しかったですか?」
「……ええ」
メリークリスマス。