第27話 超越
山から溢れた妖怪が、張り巡らせた糸によって切り刻まれる。
それを睨む俺は、その場に立ったまま。
この程度なら、動くまでもない。
妖怪達はその後も、張った糸に勝手にかかってそのまま細切れになる。糸を張った範囲が広いため、取り逃がすことは決してない。
糸から微かに伝わってくる震えから、刻まれた妖怪を予測する。今のところはほぼ雑魚ばかり。数はとっくに数えるのをやめていた。
俺は、天才だ。
これだけだとただの可哀想な人で、葉月に病院を紹介される。
しかし、これは自称ではなく、事実なのだ。
周りが散々囃し立てて、思い込んでしまった訳でも無い。それこそ病院行きだ。
まず、俺は霊力がバカみたいに多い。
これだけ大量の糸を自分の霊力だけで出せる時点で、普通からは外れている。
だが、俺はこれだけで天才と言われている訳ではない。
この程度、兄貴も姉も持っている。
俺の家、七条が使う糸。
これは術者を選ぶ道具だ。
まず、霊力を糸にできるかどうか。
ここで才能の壁にぶつかる。
そして、糸を自在に操れるようになるか。
ここでセンスの壁にぶつかる。
そして、出せる糸の数。
またしてもここで、才能の壁にぶつかる。
自分の指の数だけ出せれば上等、片手で10本出せれば秀才と言われる中。
俺は片手で千を超える糸を出す。
だが、これで天才と言われている訳ではない。
この程度、兄貴も姉も難なくできる。
俺が天才と言われる理由。
俺が、七条家稀代の天才と言われた理由。
次期当主の兄貴と、補佐役の姉。俺が生まれるまで神童と言われていた2人が、その立場を危ぶまれることになった理由。
それは。
「余裕だな」
俺は糸を使うという感覚がない。
俺は、糸一本一本に対する感覚が鋭すぎた。
自分の手足より簡単に、自分の思考より繊細に。
俺が思うより早く、最も適切な答えを、糸が導き出す。
他の術者が糸を動かそうとした瞬間。
その瞬間は、俺の糸がもう答えを出した後だ。
俺はそれを大量の糸でこなした。
それはそれは驚かれた。
それもそうだろう。まだほんのガキが、ぼーっと立っているだけで妖怪を細切れにするのだから。
「余裕だな!」
目の前。糸にかかる妖怪の位が上がり始めた。
5匹の土蜘蛛が細切れになり、3匹の小鬼が首を落とした。
腕を組んだまま山を睨む。
多少妖怪の位が高かろうが、図体がデカかろうが、糸の強度より柔らかいなら問題ない。
それに、糸にもっと霊力を込めてしまえば硬さすら関係なくなる。
相手が妖怪と言うだけで、霊力の糸に触れた瞬間塵になるだろう。
「ふははは! この程度か!これだったらいくらでも耐えられるぞ!」
誰もいない駅前で、大声で叫ぶ。
一切の不安はない。あってはいけない。
「明日ゆかりんのグラビアの発売日じゃん。あ、明日はちゃんとお土産買う予定だったし! 八ツ橋買っていこう! 清香は八ツ橋好きだからな!」
楽しみだ。楽しみで仕方ない。
今ここでスキップしそうだ。
「ああ! 抹茶アイス食べよう! 帰りに買っていこう!」
胸が弾む。心臓が弾けそうなくらいバクバクと脈打っている。
「ああ楽しみだ! 楽しみすぎて眠れないぜ!」
じっとりと、全身に汗が滲む。
妖怪どもが細切れになっている、後ろ。
境界など関係ない。
俺達とは次元が違う。
境界を超えることが出来るなんてものじゃない。
境界の上で優雅に微笑む、それ。
まだまだ遠く、その顔など見えるはずもないにも関わらず。
黄金色の女は、その赤い唇を引き上げて、どこまでも美しく笑った。
「.......っ!」
降りてきた、降りてきた降りてきた!
女がゆっくりと山を下る。
優雅に、優美に、艶やかに。
見惚れるような美しさと、心臓を掴まれたような冷たさと。
あくまで超越者として、こちらとあちらの境界を弄びながら。
美しく微笑みながら、降りてくる。
それの周りの妖怪は弾け飛んだ。あの女と位の差がありすぎて、存在すら許されなかったのだ。
誰も、何も止められない。止めることを許されない。
それは、その意思は。曲がらない、曲げられない。
目の前にあるものはただ消えるだけ。
その優雅な歩みを止めることなど、下々にいる者たちには、許されていないのだ。
「.......ふ、ふふふ。あっはっはぁっ! おい! バカ狐! 俺は、俺はな! 味噌汁に油揚げは入れない派だ! お前とは相容れないんだよ!」
震える膝を無視して叫ぶ。
大丈夫、俺はできる。俺は天才。俺はモテる。俺がダメでも俺の糸は絶対に裏切らない。絶対に全てを切り刻んでくれる。
「かかってこいやぁっ!!」
びしっと、持ってきた紙の札を1枚放つ。
自身の足元で働き出したその札は、半径2メートルほどの小さな周囲に結界を張る。
ただ、こんなものなんの役にも立たない。あれにかかれば間違いなく、紙よりも簡単に引き裂かれる。そんな気休めの中で。
それが、こちらを見た。
黄金色の瞳が、俺を、捉えた。
「.......っ!!」
叫び出しそうなのを堪えて、全力で笑う。
黄金色の女が、山を出た。