めんそーれ。
煌めく日差し、白い浜辺。
青すぎる海に、楽しげに響く水着姿の女子達の笑い声。
この世の楽園を、尻目に。
「水原さあーーん!!! なんか変な色の魚が!」
「おー、よく釣れるね七条くん。これは夕飯にするかねー」
「え」
「和臣様! 竿離さないでください!」
灰色のコンクリートの上で、俺の手の中から抜けかけた釣竿を、監視のためついてきた黒いスーツ姿の女性がぱし、と掴む。
夏休みの終わり。
俺は、妹の夏の思い出を作るため、葉月とゆかりんと一緒に俺の元上司である水原さんの住む沖縄の離島に旅行に来た。
婚前旅行.......!? と心の中の俺がザワついたものの、監視の人が四六時中ついている上水原さんがいるので大丈夫だろう、となんとか落ち着いた。それに今回俺は兄として旅行の引率に来たのだ。邪な気持ちは一切ない。
2泊3日、存分に海を楽しめ妹よ。兄ちゃんも葉月とゆかりんの水着姿 (ビキニだった) を見ないよう精一杯頑張るからな。
「和臣様! どこ見てるんですか! 早く糸を引いてくださ.......も、申し訳ありません。失礼しました」
「へ!? 何がですか!? 別に見てませんよ全然!!」
ぐるぐるとリールをひいて、派手な色味の魚を釣り上げた。水原さんこれ食べるのか。食用の色してないぞ。
魚から針を外して、水を張ったバケツに入れる。隣に置いたランプの中で、トカゲがぴょっ、と飛び上がって死んだフリをしていた。あとでアイスをやろう。
見るだけでテンションが上がる青い海に目線を移し、ひょい、とまた釣竿をふった。
「.......七条家に、大変な無礼を」
「七条とか関係なくないですか? これは俺個人のダメさが.......ってあ、また釣れた」
「七条くーん、それ食べられないから逃がしちゃってねー」
「はーい」
さっきと同じくらい毒々しい色の魚を逃がす。何基準で食べられる食べられないを分けているんだ。
「申し訳ありませんでした。失言です。ただでさえ過干渉にも関わらず、糸のことにまで口を出すなど」
「え、いと? ヒモのことですか? なんでそんなに謝っ」
「七条くーん、またかかってるよー! 糸引いてー!」
「はーい!」
「.......」
しおらしい顔を引っ込めて、ものすごい顔で水原さんを見ている監視の人の横で、ぐるぐるとリールを回す。さっきから入れ食い状態なんだが、大丈夫か沖縄の海。
「七条くん釣り上手いね、俺より釣れてるよ。へへ、20年もここで釣りしてるんだけどなぁ」
「す、すみません!」
監視の人、見てるか。これが本当の失礼だ。
今日初めて直接会った水原さんは、思っていた2倍日に焼けていて、思っていたより少し背が低かった。そして思っていたより3倍優しそうに笑う、思っていた通りの朗らかな人だった。
「明日は船出して釣りに行こうねー」
「はい!」
とりあえずもう針にエサつけるのやめよう。魚から針を外して、今度はエサをつけずに海に針を落とした。
「七条くん引いてー! これは大きい! タモで掬うまで逃がさないよ!」
「なんでだー!?」
リールを回しエサ無しの釣り針(魚付き)を引き上げる。水原さんは興奮して網で巨大な魚を掬っていた。監視の人は微妙な顔で魚を見ている。
「和兄、釣れたの?」
「.......清香も釣りやるか?」
「ちょっとだけ」
タオルを肩にかけた妹に竿を渡す。海遊びに飽きたのか、水着の上にTシャツを着たゆかりんと葉月もこっちにやって来てバケツを覗いていた。美味しそう、と呟いたゆかりんに心配になる。
「和兄! どうしよう釣れちゃった! ねえ! 変な魚が! お、おっきいよ! ねえ!」
エサ無しの竿で魚が釣れたらしい妹が、完全に魚にビビって釣竿を俺に渡そうとしてくる。面白いので少しそのまま観察してみることにした。
「ねえ! 和兄!! 取って!! ねえ!!」
「清香ちゃん、魚はそんなに怖くないわ。エラ呼吸しかできないもの」
「そうだぞ清香、ほら糸引けー! エラ呼吸に負けんなー!」
「か、和兄のばかっ!! 取ってってばぁ.......!」
「エラ呼吸の何が安心材料なの!? つーか葉月も七条和臣もいい加減助けなさいよ! 清香半泣きじゃないの!」
ゆかりんが妹から竿を受け取って、腰を落として竿を引く。隣で見かねたように網を持った監視の人が魚を掬っていた。
「.......うぅ」
嫌そうに顔を歪め、監視の人が魚をバケツに入れた。
ビチビチと暴れ出す魚。ゆかりんの後ろに隠れる妹。俺の後ろに隠れる監視の人。黙って魚を見ている葉月。にこにこしている水原さん。
うん、みんな楽しそうで何より。
「女の子はみんな疲れちゃったかねー。帰ってお風呂入れようかね」
「ありがとうございます、水原さん」
「へへ、一応総能支部だからね。数人は泊まれるように作ってあるんだよね。ちょっと古いけど、掃除はしといたからね。あ、そう言えば花火あるよ。好きな時にやりなね」
「ありがとうございます!」
両手に魚入りのバケツとランプを持ち、水原さんの自宅兼総能支部へと向かう。葉月が釣竿と網を持ってくれた。妹はゆかりんの後ろから出てこない。やりすぎたかもしれない、ごめん。
女子組がはなれの風呂に入っている間、水原さんと一緒に毒々しい色の魚達を捌く。監視の人はいつもより離れた場所からこちらを見ていた。魚苦手なんだろうか。
「七条くん捌くの上手いね。意外だなぁ」
「料理は好きなんです」
「へぇ。いいね、何か作ってみてよ」
「まかせてください! というか泊めて貰うんでご飯は俺が作ります!」
「へぇ! そんなに得意なの、なら任せようかね。楽しみだねぇ」
とりあえず明恵さん直伝の煮物でも、と思って鍋を出していると。
「あ、そうだ七条くん。味噌がないから3軒隣りのタエさんから貰ってきて」
ぽん、とタッパーを渡される。
3軒隣り、タエさん。
「わかりました! おまかせください!」
「おしゃべりに巻き込まれないようにねー」
タッパーとトカゲのランプだけ持って、サンダルをひっかけ家を出て。
「.......うん。家がひとつもない」
迷った。一面の草っ原に目をやり、それでも俺は落ち着いていた。なぜなら、俺には今監視の人がついている。助けてください、と後ろをふりかえって。
「.......え? 居ない?」
知らない鳥の鳴き声が響いて、全身からぶわっと冷汗が出た。知らない島で1人迷子、大焦りだ。
「え、ちょっとまじで? 助けてくださあーーい!!」
大声で叫びつつ、ガサゴソと草をかき分け道無き道を進み。
「あっ!! 和兄!!」
いきなり半泣きの妹が水着で飛びついてきたのを受け止めながら、何故か監視の人まで一緒の水着姿のゆかりんと葉月に発見された。