第24話 仕事
夏風邪騒動からしばらく。
正式な夏休みに入り、家と婆さんの家を往復する生活にも慣れた。
そんな中で、今日も今日とて婆さんの家の縁側で、葉月の術を眺めていた。
「和臣、あんた宛だよ」
婆さんが持ってきたのは、白い封筒。
送り主は総能本部。
「え、俺何かしたっけ? 怒られるのか? ど、どうしよう」
「夏のアレだろう」
「へ? 今年? もう1周したっけ?」
「今年が10年目だよ」
「あぁ.......そういうことか」
「それに、もし7年目ならあんたの実家に届くさ」
「それもそっか」
ビリビリと封筒を開けて、中の小難しい文を読む。全て読み切る前に顔を上げた。
「.......めんどくさい」
「あんた、今年はしっかり行きなよ。節目だろ?」
「だって、場所ここじゃないし」
「仕方ないだろ、7年目じゃないんだから」
「えー.......」
そっと封筒を脇に寄せる。このまま忘れて帰ろう。
「和臣、これは何?」
いつの間にか近くにいた葉月が、せっかくベストポジションに置いた封筒を拾い上げた。
「ゴミ」
「.......ゴミだとしたら、きちんとゴミ箱に入れなさいよ」
「和臣、せっかくだし葉月を連れていったらどうだい? 滅多に出来ない経験だろ」
「.......あと7年待ってくれ」
「何かは分からないけど、そんなに待てないわよ」
大丈夫だ干支が1周するよりは断然短いから。寝て起きたら7年ぐらい経ってるから。
「和臣、葉月のためにも行ってきな。この間せっかく免許も取ったんだから」
「.......俺抜きで行ってくれない?」
「バカ言ってんじゃないよ! そもそもあんたの仕事だろ!」
とうとう怒り出した婆さん。俺もなんだか謎の勢いが出てきた。
「俺はまだ受けるとは言ってないぞ!」
「これに拒否権はないんだよ!」
「その日は腹が痛い予定だから無理だ!」
「なにバカ言ってんだい!」
俺と婆さんが立ち上がり、向き合いながらお互い片手で印を結んだ時。
「ねえ、なんの話なの?」
葉月が放ったローキックが俺の脛に入り、その場にうずくまる。涙が出た。
婆さんは呆れたように俺を見下ろしたあと、すぐに葉月に向き直った。
「夏の仕事の話さ」
「夏の?」
「百鬼夜行だよ」
婆さんが見せた、一瞬の隙をつき走り出しす。
「【禁縛】」
「は! 2度同じ手にかかるかよ!」
婆さんの術を避け、俺は逃亡に成功した。
達成感と共に庭を走っていると、後ろで珍しく葉月の慌てた声が上がった。
「和臣! 前!」
「は?」
前を向いた瞬間、さっきまで開いていたはずの門に顔面からぶつかり、そのまま崩れ落ちる。恐らく鼻が潰れた。
「おお、和坊。前は見て歩けよ」
「タケ爺.......」
タケ爺は箒で門の周りを掃除していた。
「和臣! 全く! いいからさっさと来るんだよ!」
結局婆さんに引きずられて部屋に戻ってくる。
「和臣、弟子のことはしっかり見ておくんだよ。……葉月は初めてなんだから、和臣のを見るだけでいいからね」
「.......それなら行かなくても良くない?」
婆さんの鋭い視線を受け、ぐっと口を閉じる。
「おばあちゃん、その、百鬼夜行、って、何かしら?」
「ああ。毎年夏の時期になると、こっちとあっちの境界が曖昧になるんだ。そこに夜が重なると、どの妖怪もこっちに好き放題出てこれるようになる。だから妖怪がこっちに溢れないように、総能の能力者達が退治をするんだ」
「.......暑い中、夜から朝までずっと妖怪退治をやらされるんだ。しかも、今年の場所は京都だぞ? 絶対暑いじゃん.......」
行きたくないというのは当然の反応ではないだろうか。家でアイスを食べながら夏休み特番を見ていた方が楽しいに決まっている。
テンションがダダ下がりの俺を置いて、婆さんと葉月の話は進んで行く。
「今年は10年目だからね。零の家が中心なんだ」
「さっきから言っている、7年目とか、10年目ってどういうことなの?」
「百鬼夜行中は全国で夜通し妖怪退治をする。ここら辺も七条の家を中心にやるんだが、力のある場所……特に霊山の周りは色々厄介でね。しかも霊山の力には、周期があるって言うんだ。10年目となると、零の家が管理している山の力が1番強くなる。だから、対応のために全国から術者を京都に集めるんだ。もちろん周期的に、この辺りが百鬼夜行の中心になることもあるよ。10年で1周するから、7年目が七条家のお膝元のここだ。来年は1年目になるから一条のところで、2年目は二条のとこだね」
ふと、葉月が首を傾げる。
「あら? それなら、和臣はお家で仕事をするんじゃないの?」
婆さんの呆れたため息がふりかかる。
「普通はね。七条本家の息子なんて、この地域から出るはずがない。ただ、この子はねぇ.......」
「.......ちょっと色々あったんだよ」
サッと目線を外した。苦い思い出だ。
「それは聞いてもいいのかしら?」
「.......昔、免許をとった時によく読まずにサインしたら、夏の仕事を他の地域でも受けることになってたんだ」
「おばあちゃん、つまりどういうことなの?」
「本来本家の関係者は免除されるはずの項目を、この子は、何故か、わざわざ、自分から、選んだんだよ。だから、和臣は一般の術者と同じよう、総能から要請があればどこの百鬼夜行だろうと手伝いに行くんだ。まあ、零の家以外には滅多に呼ばれないがね」
「.......おバカなの?」
「ピュアだったんだ」
葉月は片方しか見つからなかった靴下を見る目で俺を見た。
「それで、結局私も百鬼夜行に行っていいのかしら?」
「葉月は和臣の弟子だからね。総能が交通費も宿泊費も出してくれるよ」
葉月が小さく首を傾げながら、俺の顔をのぞき込む。
「和臣、行きましょうよ」
「.......本当に行きたいの?」
「ええ。京都って面白そうじゃない。それに、妖怪退治の練習になりそうだし」
確実に後半の理由がメインだろう。
まだ観光気分の方が可愛らしい。
「.......結構時間かかるけど」
「夏休みに予定は入っていないわ。実家にも帰らないし」
「.......あ、いっけね。俺京都アレルギーだった」
葉月が無言でぎゅっと俺の腿をつねった。
「すいません行きます!」
「じゃあ返事はあたしからしておくよ。和臣、しっかりやってくるんだよ」
「.......おう」
「ところで、百鬼夜行っていつからなの?」
「来週の月曜日から、まるまる1週間」
「わかったわ。私、京都に行くの初めてなの」
無表情でも、ワクワク、と音が聞こえてきそうな目の輝きだった。
「葉月、袴を用意しようか。免許のお祝いで買ってあげるよ」
「おばあちゃん、いいの?」
「せっかくだしいいのを買おう」
何やら盛り上がっている2人とは別に、急遽夏休みの予定を立て直す。
録画しなければならない番組を思い出し、冷蔵庫の中のアイスの消費ペースを計算し直していく。うん、今日は3つ食べれば良い計算だ。
「和臣、あんたのところで買わせてもらうよ」
「まいどー」
「そう言えば、呉服屋さんって言ってたわね」
その後何故か俺まで袴を買ってもらい、月曜日の朝、葉月と京都へ向かった。