嫉妬
通された広いエントランスは、落ち着いた雰囲気の色味で揃えられていた。ガラス張りの壁からは、なんとも手の込んだ庭が見える。正直庭木に興味などないが、思わず見入ってしまうレベル。
「ちょっと和臣、貸切ってどういうことよ」
「今花田さんが確認してる.......」
怖いよ、急に貸切とか。俺何かしたっけな。
しかし段々どうでもよくなってきて、出てきたお茶をすすりながらぼうっと葉月と庭を見ていた。この空間、異常な幸福感がある。温泉の匂いのせいだろうか。
「隊長、おまたせしました。どうやら旅館側の気遣いというだけのようです」
「気遣いで貸切? どんだけおもてなし精神に溢れてるんですか、採算取れるんですかそれ。やっぱり賄賂ですか」
おもてなしするから罰則緩くしてちょうだい的なあれか。ダメですよ、そんなことじゃ流されませんよ俺は。今回は強い意志を持ってだらけに来てるんですからね。舐めないでいただきたい。
「いえ。どうやら、隊長の苗字に反応したようです。古くからの言いつけで、9つの家の方は最大限にもてなすようにと.......」
ご先祖さま、何したんですか。
「お部屋にご案内させていただきます」
しずしず歩く女将さんに続き、落ち着いた廊下を進む。総能本部よりも、随分落ち着く印象だ。建物から人をもてなそうという気持ちを感じる。総能本部は威圧感が酷い。だから迷子になるのかもしれない。しかし、よくよく思い返せば京都で泊まった旅館でも西のホテルでも迷子になった。おもてなしの心も人を惑わせるのかもしれない。
「おお、部屋ひっろ」
俺と花田さんが泊まる男子部屋も、当然のように天然温泉の露天風呂付き。さらに食事も素材からこだわった自慢のコースらしい。何をどうやって料理してあるのだろうか。テンション上がるぜ。
「隊長、調査に行きましょう」
「あー.......仕事かぁ.......」
面倒だが、やるしかない。俺のゴロゴロ計画を実行する為には必要なことだ。
トカゲのランプを腰に括りつけて出た廊下では、ちょっと楽しそうな女子組が既に待っていた。
「じゃあ皆さん、それぞれ怪しそうな場所探して、妖怪や違和感を見つけたら教えてください。宿の人は女将さんの家系以外ほとんど一般人らしいので、気をつけて」
さあ飼われている妖怪探しだ、と歩き出した所で、葉月に首根っこを掴まれる。
「あなたは私と一緒に行くわよ」
「では1時間後にもう一度ここで集合しましょう! 何かありましたら、私の携帯にかけていただいても構いませんよ」
花田さん達と別れ、葉月に引きずられるようにして廊下を歩く。
「どういうところにいるとか、手がかりはないの?」
「妖怪によるからなぁ.......家が裕福になるー、とか言う管狐だったら、細長い筒っぽいのに入ってるとか」
ちなみに管狐は使い方を間違えると家が没落するらしい。ご利用は計画的に。
「七条様。少々よろしいでしょうか」
いきなり声をかけられた。先程別れたはずの女将さんが、真剣な顔をして俺達を見ていた。そのハッキリした表情ときっちりまとめられた髪に上品な着物が相まって、随分若く見える。杉原さんに聞いた話では20年以上はここで女将をやっているらしいのだが、見た目も声もとても若々しい。
「こちらへ」
招かれるがままに謎の部屋に入って机の前に座る。すぐにお茶を入れてくれた。ただのお茶のはずが美味い。すげぇ、おもてなしマスターだ。
「あの、総能の方がいらっしゃるという事は、私共は何か違反をしたのでしょうか?」
「.......あー」
よく見れば、女将さんは少し顔色が悪い。女将さんの家は、代々能力者の家系らしい。当然のように総能の存在も、罰則規定の厳しさも知っている。
「あの、実は数年前に先々代.......私の祖父が亡くなりまして。それから、代々伝わる古いものなどを知る人間が居なくなってしまったのです。先代は随分前に他界しておりますので」
「はぁ」
急になんの話だろうか。葉月がしっかり聞いているっぽいし、俺は帰っていいだろうか。
そう思っていたら脇腹をつねられた。すみませんちゃんと聞きます。
「.......つい先日、蔵を整理したら出てきたものです。しっかり封をされているようでしたので、総能には報告しなかったのですが.......もしかして、今回はこれのせいでお越しいただいたのかと思いまして」
ことりと目の前の机に置かれたのは、何やら漆や金で美しく装飾された細長い入れ物。葉月がパスタをタイマー無しで茹でる人間を見る目で俺を見ていた。
どうしよう、俺予言者かもしれない。完全に管狐じゃんこれ。しっかり封印されてるけど、管狐じゃん。
「何かは分かりませんが、決して、決して使用はしていません。十河の名に誓います」
十河、女将さんの苗字だ。そんなに頭を下げなくても、封印の仕方を見る限り相当古いことぐらいは分かる。数百年単位で使われていなかったのだろう。
「分かりました。確かに使用は認められませんので、今回は厳重注意です。今度からは何か怪しいものがあったらすぐに総能へ連絡を」
「はい。お騒がせ致しました」
ゆっくりと頭を下げる女将さん。葉月に一応もう一度封印をかけてくれ、と管狐入りらしき筒を渡す。最近師匠としての指導が迷走している感は否めない。とりあえず実践だ。決して俺が筆記でクソほども役に立たないからとか、ただめんどくさいから押し付けているとかいう訳では無い。
部屋を出て、葉月が真剣な顔で筒に札を貼っているのを見て。
「.......え? 今回これで仕事終わり?」
「できたわ。どうかしら?」
「やったー! ただの温泉旅行だ! ゴロゴロし放題だ!」
「見なさいよ」
べしっと叩かれる。不満そうな葉月。可愛い、思わず抱きしめてしまうところだった。
「.......ねぇ」
「ん? どうした? 料理楽しみだな!」
「その子、燃えてるわよ」
見れば、トカゲが真っ赤にごうごう燃えていた。