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第23話 夏と馬鹿(続)

「.......くん、しち.......ん、七条くん」


「.......?」


「熱、測ってもらえる?」


 突然、脇に冷たい何かが入れられる。

 寒い。寒くて仕方ない。

 なんで寒いのか、というか、今、何をしなくてはいけないのか。


「39.1度か。上がっちゃったね」


「.......帰ります」


「うーん。これはちょっと.......」


「和臣、おばあちゃんに連絡しましょうか」


「帰る.......」


「帰れないでしょう? あなたのお家、遠いじゃない」


「今日、明恵さん.......休みだから」


「だから?」


「清香が.......1人.......」


「.......それは、大変ね。先生、私が送っていきます」


「でもねぇ。ちょっと熱が高いから、お家に大人の人がいないのは.......」


 なんだか俺とは別の所で会話が進んで行く。とりあえず、家に帰らなくては。


「私が見ておきます、彼のお家の方には良くしてもらっているんです」


「あら、ご家族と知り合いなの? じゃあ、お願いしようかな。車出せる先生探してくるわね」


「和臣、立てる? 立てないのなら、私が背負うわ」


「いや立てる.......ん?」


「車を出してくれるそうだから、そこまで頑張って」


 ベッドの横の椅子から立ち上がって、床にあった俺の鞄を持ったのは。


「.......なんで葉月?」


「あなたが教室で倒れたから」


「.......?」


「ここ最近、私が的にしてたから」


「.......」


「だから、体調を崩したのかと思って」


 葉月は綺麗な眉をぐっと寄せて、唇を噛んでいた。


「いや、違うだろ」


 まさかそんな風に思っていたとは。それでわざわざ俺を待っていてくれたのだろうか、悪い事をしてしまった。


「だって」


「俺は、普通に風邪。葉月のせいじゃない」


「でも」


「俺が風邪を引いたってことは、俺が馬鹿じゃないと証明されたな!」


 ベットから起き上がって笑った。

 ぐるぐる、ぐるぐる視界が回る。

 それでも死ぬ気で笑った。


「だいたい、あんなへっぽこ術が俺に効くかよ!これはたぶん.......知恵熱だな! テストだったから!」


 葉月はまたぐっと唇を噛んだ。

 ぐるぐるとした感覚のまま、慌てて言葉を探す。まずい、女子を泣かせるなんて最低最悪だ。


「いや、その、へっぽこ術って言っても、葉月はやっぱり、上手いと思うぞ! よし、今度上級の術を教える、どうだ?」


 葉月は動かない。


「あー、えっと.......」


 それっきり何も思いつかなかった。気の利かない野郎だな俺。女子との会話を練習してこい。相手いないけど。


 しかし、現在それよりも大きな問題が目の前にあった。


 起き上がったせいで気持ち悪い。

 端的に言うと吐きそう。


「.......夏風邪は、馬鹿が引くのよ」


 やっと、葉月が絞り出したように声を上げた。

 迫る吐き気を飲み込んで、なるべく大きな声で答える。


「おいおい! 誰が馬鹿だって? 補習に引っかかってないんだから天才だろ?」


「.......ふ、そうね」


 やっと、綺麗な眉が緩んだ。


「七条くん、車出してくれたから、行けそう?」


「大丈夫です」


 保健室に戻ってきた先生の後について車へ向かう。

 ぐるぐる回る視界の中、転ばないよう慎重に進んだ。

 途中葉月が心配そうに見てきたので、とりあえずサムズアップしておく。


「.......おばか」


 なんとか乗った車の揺れに目を瞑って耐え、家に帰った。玄関を開けた瞬間。


「和兄遅い! 今日は明恵さんもお休みだから.......って、どうしたの?」


 妹の清香が、釣り上げていた眉を下げて聞いてくる。


「知恵熱でちゃった。てへ」


「清香ちゃん、和臣の部屋ってどこかしら?」


「.......こっち」


 ぐるぐる回る頭で、今できる最高速度で思考を回す。


 部屋に何か置いてなかったか? 葉月を上げて大丈夫か? いや、葉月より清香の方が問題ではないのか?


 何をする間もなく妹によって開けられた自室の障子の奥から、目に飛び込んできたのは。


「.......和兄、布団敷きっぱなし」


「ははは! 今日は役に立ったな!」


 しきっぱなしの布団に注目が集まっている。一安心だ。


「和臣、私、色々買ってくるけど何か欲しいものはある?」


「.......今から? ここら辺なんもないけど」


「コンビニがあったわ」


「結構遠いぞ。もう夕方だし、やめといた方が」


「葉月お姉ちゃん、私も行く」


「ありがとう、じゃあ和臣。大人しく寝ていて」


「.......はーい」


 大人しく布団に入る。

 というか、もう立っていられなかった。

 そして、じっとしていることしばらく。


「.......!」


 今日で1番素早い動きで布団を出た。

 トイレに駆け込んで、ドアも閉めずに便器に顔を突っ込む。


「おえっ.......!」


 気持ち、悪い。

 俺は朝から何も食べていないはずなのに、今戻しているのは一体何なのか。


「和兄!」


 まずい。清香が帰ってきた。今からどう誤魔化そうか。二日酔いだぜ風に行くか。


「和臣。今じゃなくていいから、何か食べて薬を飲んで」


「おう、任せとけ。.......清香、大丈夫だから」


 俺の服を少しだけ掴んで、怒った顔で黙って涙を流す妹の頭を撫でる。しかし、今すぐ何かをすることは出来そうになかった。




「ああ、やっぱりか」




 そこに、低い声がかかった。


「和臣、お前ここまでなる前に連絡しろ。清香、おいで」


「.......兄貴」


 泣いている妹を抱きあげたのは、仕事用の着物を着た兄貴だった。


「和臣お前、これ昨日から具合悪かったんだろ。早く言え。 あ、水瀬さんだっけ? 俺はこいつを病院に連れていくから、清香をお願いしてもいいかな?」


「はい。あの、」


「和臣の兄の孝臣です。土蜘蛛の時に会ったんだけど、覚えてないか」


 葉月が妹を兄貴から受け取る。


「あの、今色々買ってきたので」


「ああ、ありがとう。使わせてもらうよ。和臣、熱測って待ってろ。車呼ぶから」


 兄貴に言われるまま、その場でのそのそと準備をする。

 葉月と妹は居間に行った。泣かせてしまった妹は泣き止んだだろうか。


「和臣、車来たぞ。.......げ、40度こえてんのか。早く言え」


 兄貴は俺を担ぎあげ車に乗った。

 軽々と持ち上げられたことにイラついたが、それからは良く覚えてない。


 次に気がついたのは、病院で点滴を抜かれる時。


「だいぶ熱下がったな。帰るぞ」


「.......おう」


 立ち上がろうとした時、兄貴が俺を抱えあげた。嘘だろ、俺はもう高校生だぞ。


「おい! 歩けるから、降ろせ! ばか兄貴!」


「急に元気になったな。でもダメだ」


 兄貴に抱えられたまま、バスで帰った。

 猛抗議の結果おんぶという形になった。

 バス停から家までの間、俺は眠くて仕方なかったが、意地で起きていた。


「和臣、眠いなら寝ろよ」


「眠くねぇし」


「そうか.......。なあ、お前あの子の師匠になったんだって?」


「.......悪いかよ」


「いいや、やっと戻ってきたかと思ってね」


「.......」


 下を向いても、ただ兄貴の背中が見えるだけだった。


「お前、馬鹿だから勘違いしてると思うけどな。俺はお前には負けないよ。それは静香だってそうだ」


「.......何言ってんだよ」


「お前がいくら天才だと言われてもな。俺はお前には負けないんだよ、これでも隊長様だぞ? お前ごときに負けるか」


「.......意味わかんねぇ」


「だから、変な気遣うな。思いっきりやれ」


「.......」


「兄ちゃんも頑張るから。まあ、今のままなら頑張るまでもないけどな!」


「.......」


「あれ、寝た? せっかくいいこと言ったのに.......」


「.......兄ちゃん.......」


「ん?」


「.......」


「寝言か.......? 全く、お前は本当に人の話を聞かないな」



 翌朝、やけにニヤついた兄貴と怒り冷めやらずの妹に挟まれ、葉月に無理やりお粥を食べさせられた。


 熱は引いていた。


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