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七条家の糸使い(旧タイトル:学年一の美少女は、夜の方が凄かった)  作者: 藍依青糸
十人十色、五者五様

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変人

「七条和臣か。無様だな」


 五条当主は、俺の吊った右腕と顔の絆創膏に目線を滑らせてそう言った。前に出た花田さんを手で制し、前に出た。


「どうも」


「最上の術者であるならば、敗北は許されない」


「.......負けたら、失敗ですか?」


「そうだ」


 五条は。

 いや、先代の五条は。

 天才を生み出せなかった。目の前の五条当主は、天才を熱望する五条の家で数々の兄妹達に囲まれ、消去法で望まれぬまま当主になったらしい。

 決してこの人が術者として劣っている訳では無い。むしろ術者としては他の隊長と同格、またはそれ以上だろう。

 だが、そんなものでは五条は満足しない。五条が望むのは、あの少女のような、圧倒的才だけだ。血のにじむ努力で地を舐め培ったものなど、望んでいない。


「最上の術者って、なんですか?」


「見れば分かる」


五条(あなた達)は、囚われている。千年も、ずっと取り憑かれてる」


「それは皆同じこと。我々は皆、主の奴隷だ。七条、貴様達もだ」


 そう、俺達はきっと囚われている。強いものに、強い力に。

 目の前のこの人も、きっと昔近しい人に、ハルに言ったのと同じことを言われたのだ。


「.......でも、俺はあなたを許せない。ハルに謝れ」


「許しを乞うた覚えはない。謝罪の必要もない。私は、事実を述べたまで。五条治は最上の術者では無い。よって、」


 俺達は逃れられない。千年積み上げた妄執から、血から、業から。今なお湧き上がる、欲望から。





「五条治と名付けたのは、失敗だった。」





 息が止まる。伏せていた目が開く。


「.......最上でないのならば、五条に縛られる必要はない。治など、五条の名を付けたのは失敗だった」


 じゃあ、ハルは。


「他のと同じよう、おなごらしい名を付ければ良かった」


 威厳があると思っていた。厳かだと思っていた。五条の妄執に取り憑かれ、ひたすら子を成すだけの感情のない男だと。

 いつか、誰かが言った。

 (みちる)という名は、彼には重すぎると。満ち足りていないのに、満という名はおかしいと。


「今回の割り当ては適切だった。七条和臣の他に適切な術者がいなかっただけのこと」


「.......はい。承知しています」


 この人は、きっと。とても広い人だ。満ち足りていないのではない、あまりに器が広すぎるだけなのだ。


「.......灘勝博は、五条治に必要か?」


「はい、絶対に」


「.......ままならんな」


 初めて見たこの人の感情。ほんの少しだけ動いた苦々しい顔を直ぐに戻し、五条当主は長い廊下に消えた。


 あの人は、やっぱり五条当主でハルの父親だった。


「花田さん」


「はい」


「人って難しいですね。完全に間違えました」


「そういうものです」


 お互い苦笑いして、廊下を歩きだそうと。


「.......し、七条くん.......」


「あれ、詩太さん。お疲れ様です、今日は本部に?」


「う、ウチの隊で.......一般人と接触して.......管理部に、説明しに.......」


「あ、もしかして杉原さん探してます? 俺達もなんですよ、ちょっと封鎖を強化して欲しいトンネルがあって」


 詩太さんの顔がどんどん下を向いていく。長い前髪に隠れて表情が見えない。俺の隣で、花田さんが困っていた。


「き、君が来てるって言うから.......ま、待ってたんだ.......。ご、ごめんよ、ストーカーみたいで、気持ち悪くて、こんな根暗が.......」


「いえ、風呂場とか押し入れの中まで入ってこない時点でストーカーでは無いです。全然気持ち悪くありません。待っていてくれてありがとうございます」


「隊長、判断基準がおかしいです。直ぐに警察に連絡を」


「大丈夫です。去年死にました」


「は!?」


 花田さんと詩太さんが引いていた。まあ変態の話は置いておこう。


「詩太さん、俺に何か用ですか?」


 びくぅっと詩太さんの肩が跳ねた。俺もビビる。花田さんはただ困惑していた。


「.......こ、これ.......君のだよね.......?」


 詩太さんが両手で差し出したのは、なんだか綺麗な紙袋。中を覗いた瞬間。


「あっっ!! これこの間失くしたゆかりんの都内限定DVD!!」


「し、調唄(しらべ)のじゃないかって....... ウチに届いたんだ.......。でも、調唄も僕も2枚持ってたから.......き、君じゃないかって.......」


「ありがとうございますぅ.......!!」


 今日はなんていい日なんだ。世界って美しい。人って素晴らしい。


「あ、来週のライブなんですけど」


「き、君.......その怪我で、大丈夫.......?」


「たとえ死んでもゆかりんのライブには行きます」


「同感」


 頷きあった俺達を、花田さんが完全に困り果てて見ていた。

 唐突に、詩太さんが大きく息を吸った。2、3回大きな深呼吸を繰り返し、少しだけ顔を上げた。前髪に隠れている目が、少しだけ覗いた。


「.......この間は、ごめん。ずっと謝れなくて、ごめん」


「へ?」


「君が戻ってきて、良かった。君とライブに行けそうで、良かった」


 詩太さんは、そう言うと。


「.......じゃ、じゃあ僕はこれで.......」


 早口でそう言って、ダッシュで消えていった。花田さんは俺と廊下の先を交互に見て困っていた。


「花田さん、杉原さん探しに行きましょう」


「は、はい。ですが.......六条隊長は、よろしいのですか?」


「ライブに行ければいいんですよ、俺達は」


 花田さんは困った顔で頷いていた。


「変な人達ばっかりねん!」


 目の前の襖を開けて出てきた杉原さんに、花田さんが飛び蹴りを食らわせた。


「.......ふ、ふふ。ははは!」


 やっぱり。このの2人も、俺の彼女も、アイドルも、友達も。


 本当に、世の中は変で愛おしい(おかしな)人ばかりだ。


春先は運が悪めな和臣。

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― 新着の感想 ―
[一言] ……不器用か! え、じゃあ和臣に今回の割り振りしたのも、いやがらせじゃなくて確かな実力と実績をもとに一番成功しそうな人間を送ったってこと? ……いや本当不器用か! めっちゃいい人じゃん。ごめ…
[良い点] 最上は見れば分かるという。 治という名前は失敗だったという。 でもハルは失敗作ではないと。 一気に年を取った印象。老けたというより深みが増したというか…。 そこにあるのは次代に期待…
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