無様
どれくらい歩いたのかは分からない。
ただ、途中で霊に出会う度女性を下ろして休憩と言いつつ、黙って霊力任せに消し飛ばしていたので、空が白み始めた今はもうすっからかんだった。
「あの.......! 七条さん、大丈夫ですか.......?」
「大丈夫です。こう見えて、隠れマッチョ.......なんです」
こう見えて、目指してるんです。隠れマッチョ。
「だって.......! さっきから、息が上がって! 躓く回数も!」
「お姉さんが軽すぎて調子のってスクワットしたら疲れただけです。安定しない背中ですいません」
「ごめんなさい.......!」
「お姉さーん、ほら、大丈夫ですから泣かないでくださーい。あれ、もしかして工事場跡着いたんじゃないですか? 電波入りました?」
目の前が開けた。放置された砂利山に、錆び付いた重機。明らかに人の手の入ったそこに、後ろの女性から力が抜けた。
その人を工事場の隅に下ろして、お互い電話をかける。
「.......あ、もしもし花田さん? 着きましたよ、工事場」
「隊長っ!!! 申し訳ありません!! 隊長に、その場を動くような提案を!! 式神を出し直したのですが!! 霊に消されたようで!!」
「いや、たどり着いたんですって。今どき電波は入らなくても携帯のコンパスは生きてて、助かりました。一般人の女性ですけど、足首捻挫してます。あとは目立った怪我はないですかね.......」
「.......は!? たどり着いた!?」
「そこに1番驚かれてるのが若干ショックなんですけど」
女性の方を見れば、泣きながら携帯に向かってうんうん、と頷いていた。日が昇り始めたのもあり、もう安心だろう。
電話越しに花田さんの怒鳴り声が聞こえ、工事場だなんだと色々な声が聞こえる。
「隊長! そちらの工事場まで、消防の車両が間もなく到着します! 我々も!」
「おー、早かったですね」
「車両が入れるのがそこまでなんです! 緊急車両の到着は予想よりは早かったですが、そこまでたどり着くのに朝になりました!」
「慌てなくていいんで、安全運転で来てくださいね。あ、運転手はレスキューの人か」
「.......ご無事なようで、何よりです。申し訳ありません、私の判断ミスが招いた結果です」
「花田さんは何もミスしてませんよ。俺達は1番救助されやすい場所にたどり着いたし、あの場にいたら今頃霊と天狗にやられてましたよ。花田さんが周辺の地図を覚えていてくれて助かりました」
サイレンが聞こえた。電話を耳に当てながら、座った女性と目を合わせて笑い合う。本当に安心しきった笑顔だった。
「聞こえましたね。あ、見えた」
電話を切って、駆け寄ってくる花田さんに手を振った。さすが花田さん、救急隊の人より足が早い。
「隊長っ! ご無事でしたか!」
「そっちは大丈夫でしたか? 一般人は?」
「近く.......と言っても2時間ほどかかりますが、近くの交番に預けてきました。我々や怪異のことには気がついていなかったので、対応は警察へ引き継ぎました」
「了解。こっちも多分バレてません」
やってきた救急隊の人が、女性を背負って救急車に乗せた。あとからもう1台きた車から、葉月達が降りてくる。左手を上げて無事を伝えた。
「.......隊長? お怪我はないのですよね?」
「そうだったら良かったんですけど.......バリバリ一般人にバレた怪我が2箇所あります。泣きそう」
ハルに頼めば治るのに。
前髪を上げて割れた額を見せる。あと外れた右肩は誰がはめてくれるんですか。
「他は!?」
「打ち身ぐらいじゃないですか?」
救急隊の人のあとについて、自分で救急車に乗り込む前に。
「あの! 七条さん! ありがとうございました!」
「いえいえ、お互い様ですよ。足首、お大事に」
女性を乗せた救急車が先に発車して行った。それを見送っていると。
「なにカッコつけてるのよ! ばかずおみ!」
「なんで崖から落ちんのよー.......!」
半泣きの葉月とゆかりん。慌てた中田さんは後から到着した別の車から出てきた。
「漢はな.......カッコつける生き物なんだよ。崖から落ちたぐらいじゃ変わらん」
「「バカじゃないの!」」
笑って救急車に乗った。花田さんは助手席に乗せてもらって、葉月とゆかりんは俺と一緒に後ろに乗った。中田さんは別の車だ。
1人でべらべら話していると、救急隊の人に元気ですね、と若干引かれた。すみません自前のアドレナリンが効きまくっちゃって。
「.......あんた、その怪我どうすんの」
「大人しく病院で見てもらうよ。一般人に見られてるから」
「.......そ。それじゃライブ、無理ね」
世界が止まった。
葉月が何か言っている。
気がつけば、頬をつっと涙が伝っていた。
「嘘でしょ!? なんで急に泣いてんの!? い、痛いの!? 大丈夫!!??」
「和臣! 和臣返事しなさい!」
「大丈夫ですかー? ちょっと身体触りますよー?」
「.......厄日だ.......!」
俺はたとえ腹に穴があこうとライブには行く。ただ、万全の状態でゆかりんのペンライトを触れないことに心が耐えられない。
「ココ最近おかしい! ゆかりんのDVDは無くなるし部屋は汚いしライブ前に怪我とか! UFOの陰謀だ! NASAの力が働いてる!」
「頭打ちましたかー?」
泣きながら病院へ行った。医者に怪我が酷いのかと勘違いされ、変な検査までされた。厄日だ。
「隊長.......」
「厄日だ.......」
病院のベッドで、りんごの皮を剥こうと果物ナイフを握りしめて真剣に黙りこくった葉月からりんごとナイフを奪う。左手だけでりんごを剥いたら、ゆかりんと中田さんに関心された。一応両利きなんです。
全身打撲に、肋骨にヒビ。右肩は外れたのをハメ直したが、普通に腕も折れていたので今は三角巾で吊っている。額の傷は縫うほどではなかったが、俺はこんな名も知らぬ土地の名も知らぬ病院に入院になった。
「じゃあ皆さんりんご食べたら解散で.......気をつけて帰ってください」
「あなたはどうするのよ」
「とりあえず明日には帰る。あとは.......今日の夜、もう一度ほかの天狗がいないか確認して、もうちょっと霊を還してくるよ」
「ダメに決まってるでしょ」
「じゃあマツタケ狩りに」
「バカじゃないの?」
その日はみんな帰らなくて、夜もう一度全員であのトンネルへ向かった。霊はまだいたが、天狗は見当たらなかった。
そのまま車で京都へ報告へ。
「中田さん、寝なくて大丈夫なんですか?」
ゆかりんと葉月は隣で寝てしまった。花田さんは起きているが、何やら書類を書いている。ずっと運転席の中田さんは、にっこり笑って。
「和臣隊長が痛々しくて寝られません」
「い、イタいですか俺.......一般人相手にカッコつけすぎましたか.......?」
「冗談ですっ! 昼間休んだので問題ないですよ!」
「.......4駆買います」
「まぁ。本当ですか? 本当に買って頂けるんですか? 国産の4駆を?」
「中田、隊長に車をねだるな。幾つ年下だと思ってるんだ」
書類から目を離さず、花田さんが中田さんに突っ込む。いや、花田さん止めないでください。このままだと俺は中田さんの信用を回復できないんです。買収ぐらいはさせてください。
京都について、花田さんと2人で廊下を歩く。杉原さんはどこだ、と若干花田さんがキレ始めたところで。
「七条和臣か。無様だな」
威厳あるたたずまい。
廊下に、五条家現当主、五条満が立っていた。




