独逸
2月28日。成田空港国際線ターミナルにて。
「「.......」」
「2人とも.......顔が真っ青よ」
スーツを着て、個人の旅行では無くなったドイツ旅行に怯えていた。ゆかりんもさっきから一言も話さない。1番マシな葉月ですら椅子に座った姿勢を1ミリも動かすことは無かった。
「.......なんで一条の当主が来るの!? 聞いてないんだけど! あんた達の旅行で危険人物に会うかもしれないから護衛に行ってこいって言われただけだったんだけど?!」
「.......これは仕事これは仕事俺は総能の奴隷俺は総能の奴隷」
「和臣! 戻って来なさい!」
肩を揺すられるも、涙すら乾いた瞳には何も映らない。
総能から届いた白い封筒に書いてあったのは、俺がドイツに行くと危険人物へ接触する可能性が高いので、護衛を付けるという内容と。
一条さんの指示に従って動き、一条さんの仕事を手伝え、とあった。
ふざけんなよ。有給中だって言ってるだろうが。そもそも離島管理部の職員に何やらせる気だ。
「七条和臣! あんた何しに行くつもりだったのよ! 聞いてた話と違うってのーー!!!」
「ペットを返して貰いに行くだけだったのに.......それからあの大きい方の金髪さんにお礼を言おうと思っただけだったのに。観光旅行の予定だったのに」
泣けてきた。まあ一条さんという保護者がいるおかげで葉月とゆかりんと旅行行けるんだけどさ。なんだろうこの複雑な心。とりあえず有給どうなったか教えて。
「一条さんの仕事って何なのかしら.......。私、できるだけお手伝いしたいわ」
「葉月、あんたマジで言ってんの!? あの一条よ! 絶対ヤバい仕事やらされるんだわ.......! .......でももうこうなったらヤケよ!! とことんやってやろうじゃないの!!」
「なんでよりによって今日免許返ってきちゃったんだろ.......」
やる気を出した2人の横で項垂れていると。
「...............................待た、せた」
「い、一条さん! お疲れ様です! 今回はよろしくお願いします!」
スーツ姿の一条さんに、全員で立ち上がって頭を下げる。もう嫌になってきたぞこの旅行。
「...............................七条弟」
「はい!」
「.....................................」
なぜか無表情でぐっと親指を立てた一条さんは、そのままゆかりんに飛行機のチケットを渡した。ガチガチのゆかりんが両手でそれを受け取る。そう言えば、と思って俺も葉月にチケットを渡した。
「...............................安全な、旅を」
鋭い目で窓の外の飛行機を見た一条さんは。
「...............................保証する」
すっと、女子2人の荷物を持った。そのまま搭乗受付に歩き出す。2人が半泣きで謝っていた。
「い、一条さん! 俺が持ちます! すみません俺がやります!」
「......................... Ladies first」
「はいっ!」
葉月の分の荷物を受け取る。しかし、その荷物も一瞬で空港職員の人に持っていかれた。とことん紳士になれないな俺は。
「.......し、七条和臣」
「.......」
「ん? どうした2人とも、顔真っ青だぞ。もう乗っちゃったんだし.......乗ってる間は一条さん見えないから大丈夫だって。テトリスやる?」
わなわな震えていた2人は。
「「ファーストクラスなの!?」」
「あ、そうだね。よかったね」
自分の席に着いてシートベルトをしめる。さあ、テトリスやって寝るぞ。
「他人事じゃないのーーー!! あんたも乗ってんのよこの広すぎる座席にーー!!」
「こ、こんな席に座るの? 私達しかいないわよここ.......」
「逆に一条の当主がエコノミー乗ってたらなんか嫌だろ」
2人はふらふらと自分の席に着いた。
テトリスで一条さんにボコボコにされて、機内食を食べて爆睡していると。
「七条様、当機はドイツへ到着致しました。本日は当機にご搭乗いただき誠にありがとうございました」
「あ、どうも」
声をかけられて目覚めれば、飛行機は地上で停止していた。あくびを噛み殺しながら外へ降りると。
「「.......遅い!」」
「ごめんごめん、寝てた」
一条さんと一緒にいた2人が涙目で肩を叩いてきた。一条さんもお待たせしてすみません。
「...............................ホテル、へ」
「了解です」
女子達の荷物を持って、一条さんの隣を歩き出す。一条さんは前を見たまま、姿勢を伸ばし歩いていた。
「...............................旅行」
「はい」
「...............................楽しむ」
「?」
「.....................................悪かった」
「な、何がですか!?」
「.....................................任せろ」
「何がですか!?」
無言の一条さん。ダメだ、やっぱりお互いコミュニケーション能力に問題がある。花田さんを呼んでください。
全員無言で空港の前でタクシーを待っていると。
「ふふふ、いらっしゃい、日本のブラック達」
ばっと腰を落とした葉月とゆかりんの前に、一条さんと俺が出る。一条さんは、肩にかけていた鞄に手を入れていた。
「一条がいるなんて、嬉しいハプニングだわ。ふふふ、とっても素敵」
サイズの合わない大きなコートを着た金髪美少女は、にっこり微笑んで。
「私のレッスンへようこそ。今回は座学だけじゃなくて実習もあるのよ? ふふふ、楽しんでね」
紅い瞳で俺達を見ていた。