学年一の美男子は、夜の方が凄かった。〜リターンズ〜
またやって参りました。
「和子」
「ん? なーに、やっぱり葉太もタピオカ飲みたいの? はい、あげる」
学校帰り。駅前に新しくできたタピオカ屋で買ったタピオカを、なぜかいらないと言って買わなかった葉太に渡す。葉太はそれを受け取ったものの、口もつけずに私を見ていた。外でタピるの恥ずかしいのかな。男の子は大変だ。
「そうじゃない。君の格好が気になった」
「格好? 制服だよ?」
今は夏服への移行期間なので、ブレザーは着ずに長袖のシャツをまくっている。それは葉太も同じだ。
「.......スカートが短くないか?」
「そう? みんなこんなもんだよ」
今更どうしたのだろう。私のスカートは前から少し短く切ってあるし、たまに折ってより短くする日もある。今日は折っていないし控えめだ。
「膝が見えてる」
「逆に隠れてたらダサくない?」
「.......君、その格好であまり出歩かない方がいい。さっきから見られてる」
「えー? 考えすぎだよ。私より可愛い子なんていっぱいいるもん、わざわざ私の足なんて見ないって!」
ぷらぷらと右足をふれば、むっと葉太の口がへの字になる。なにその不満そうな顔、可愛い。
「きゅんです.......」
「そのポーズはなんだ? あとどういう意味だ?」
「指ハート! 大好きってこと!」
人差し指と親指で作ったハートを、だいぶ高い位置にある葉太の頬に押し付ける。口はへの字のままだが、抵抗はしない。これはもう許してくれたな、チョロかわいい。
「ねえ、タピオカ飲まないの? 美味しいよ」
「.......見た目はそうは見えないけど」
「じゃあもういっそカエルの卵だと思って、ぐいっと」
「.......」
葉太は1度、はぁっと息を吐いて。ぱくっと赤い太めのストローに口をつけて、無表情でタピオカミルクティを飲んだ。耳だけが少し赤い。どうしたんだろう、美味しすぎて興奮したのかな。
「ね? ね? 美味しいでしょ?」
「.......」
無表情でもぐもぐとタピオカを噛んでいる姿が可愛い。イケメンって何やっても許されるな。写真撮ってていいかな、葉太フォルダ作りたい。
「.......甘い」
「うん。そこが美味しいの!」
葉太は1口飲んだタピオカを私に渡してくる。もういらないのかな。
「.......美味しくなかった? ごめんね」
「違う。自分が飲むより、君が好きな物を飲んでいるのを見る方が嬉しいから」
「はぁ? どイケメン過ぎて怖いんですけど。ちょっと一緒に自撮って?」
「何を怒ってるんだ.......」
葉太に私と同じぐらいに屈んでもらい、無理やり笑わせようとして失敗したツーショット写真を撮った。これはこれで可愛い。私は顔横のタピオカで小顔効果も効いているしこれは中々。よし、家宝にしようこの写真。
「葉太、今日ウチで夕飯食べてくでしょ? あのね、今日は私が」
「あー、今日は仕事の予定があるんだ。これから東京に行く」
「え」
「そこまでの仕事じゃないから、言わなかったんだ。町田くんも一緒に、一反木綿を退治しに行く」
「と、東京.......?」
渋谷原宿のあの東京? イケメンは皆お金持ちの女社長の愛人にされて、ホストクラブで吐くまでお酒を飲まされた挙句逆恨みした男に殴る蹴るされる、あの東京?
「和子? 聞いてるのか?」
「ゆ、ゆっちーも.......?」
私の推し、大食いアイドルゆかおくんまでも愛人にされるのか。辛すぎる。つらたん過ぎる。
「.......ぴえん」
「すまない、まさか今日まで夕飯に呼んでくれるとは思わなかった。昨日もお邪魔したから.......」
「葉太.......」
「泣かないでくれ。すぐ帰る」
「私も行くぅ.......」
「それはダメだ。君は家に居てくれ。夜の都内で迷子になられたら困る」
その後飲みかけのタピオカをあげても、葉太は私を東京に連れて行ってはくれなかった。
なので。
「和子.......お姉ちゃん非番だからって、本当はこんな時間に東京なんて行きたくないんだからね。ちょっと甘やかし過ぎだと思ってるからね」
私服の姉と2人、私は制服姿で東京のビルの屋上に、双眼鏡を構えて立っていた。
「うん、ありがとうお姉ちゃん。.......あっ! ビルの下に怪しい女発見! スカート短い! 絶対誘惑するタイプだよあの女社長!」
2人がいるビルの下に、短いスカートのスーツを着た女性が歩いてきた。どうしよう、2人が愛人にされちゃう。
「女社長って何よ.......。あんた、また変な漫画読んだわね?」
「あ、女社長いなくなった! 葉太とゆっちーももうすぐ一反木綿退治終わるね! よし、このまま安全に帰ってもらわないと!」
姉はため息をついて、退屈そうに屋上の手すりに顎を乗せて葉太達を見ていた。
「上手じゃない、あの二人。ほら、もう退治終わって帰るみたいよ。和子、一緒に帰ろうって誘おうよ。あんた葉太くんのためにハンバーグ作ってたじゃない」
「うん.......あっ! どうしようホストクラブの社長が! ホストを連れて! さ、3人も! お姉ちゃん、葉太足止めしておいて!」
「は?」
姉の声を無視して、非常階段を駆け下りる。早くしないと葉太もゆっちーもホストと愛人にされちゃう。
そう思って焦ったのが悪かったのか。最後の1段で、思いっきり転んだ。
「きゃっ」
中々派手にすっ転んだが、それでも涙目で立ち上がる。そして、半泣きで葉太がいるビルへと歩き出した。足痛い、めっちゃテンション下がった。ちょっと血出たし。マジ最悪。
「ねえ、君.......なんで泣いてるんだい?」
「あ、ホストクラブの人達.......」
先程のホストクラブ社長とホストAがニヤニヤと話しかけてきた。
「「ホスト?」」
「あ、違うならいいんです。ごめんなさい」
擦りむいた膝が痛いので、この人たちがホストクラブ社長では無いならさっさと葉太と一緒に家に帰りたかった。お姉ちゃん絆創膏持ってるかな。
「君、そんなに泣いて.......お兄さんが慰めてあげるよ」
「え?」
「あれ、足怪我してんじゃーん。こんなに足出してんのに、勿体ないねー!」
「わ、」
いきなり背後から手首を取られた。そして、私の手首を持ったホストBがさわっと私の腿を撫でてくる。キモっ。触り方も顔も何もかもキモっ。有り得ないんですけど。
「こんな時間に制服とか.......困ってるならお兄さん家来る? お金もあげるよ」
「は? マジ有り得ないんですけど。ていうか誰得だし。触んないで、ホント生理的に無理」
「うわ、気強いJKとか.......俺超タイプ」
キモすぎる。逃げ出そうとぐっと腕に力を込めても、ホストBの手はビクともしなかった。.......あれ?
「あれれれ?」
いくら動いてもビクともしない。ダラダラと嫌な汗が出てきた。
「え、それで抵抗してるつもり? かっわいー! 女の子って本当にこんなもんしか力ないのー?」
うっそだー、私ってこんなもんしか力ないのー?
いや、そう言えば小学生の弟にも腕相撲負けるレベルだった。ぴえん。
「ちょ、いやっ! 離してっ!」
「.......そそるー」
こういう時どうすればいいんだっけ。ぐるぐると頭をまわしていると。
「離せ!!」
バギっと嫌な音がして、ホストAが吹っ飛んだ。ホストクラブ社長は膝から崩れ落ちる。
「あ、葉太とゆっちー!」
「.......」
「いや、七条和子.......お前何してんだよ.......」
「あのね、私、きゃっ」
ぐいっと腕を引かれた。ホストBが私の手首を掴んだまま走り出したのだ。
「ちっ! さっさと来っ!!」
ぱっと手が離される。振り向けば、ヒールで仰向けに倒れたホストBの股間を踏み抜いている無表情の姉がいた。姉は最後に片足でぐりっとホストBの股間の上に立って、ガシッと顔面を蹴りつけた。
「.......死ね」
恐ろしい。男の人ってそんなにそこ踏んで大丈夫なんだろうか。ホストB泡吹いてるけど。
「和子!」
「あ、葉太。あのね、私」
ぎゅっと葉太に抱きしめられた。葉太の顔は見えなかったが、全身が細かく震えていた。
「.......ごめんね葉太。こわかったね、もう大丈夫だよ」
「.......君は分かってない。俺が今どんな気持ちか」
「大丈夫。早くお家帰ろうね」
可哀想に、ホストが怖かったのだろうか。ゆっちーが警察に電話している横で、姉が残り2人の股間を踏み抜いているのを見てしまった。もしかして葉太お姉ちゃんのこと怖がってるんじゃないだろうか。そりゃ怖いね、ごめん。
「.......俺のことがすきぴなら、もうこんなことやめてくれ」
「へ?」
「もう離したくない。箱の中にしまっておきたい」
私の体に腕を回したまま、そっと私の顔の前に現れた葉太の顔を見て。
「こんなのもう葉太しか勝たん.......」
「.......笑い事じゃないんだぞ」
口をへの字にまげて、眉を寄せて。少し上目遣いに潤んだ視線を向ける葉太の顔が、私の心の大事な部分に刺さった。母性? これ母性?
「わかった! じゃあ手繋いでてあげる!」
「.......はぁ。君は怖くなかったのか?」
「え? 何が?」
「なら.......良くはない」
ぐいっと脇に手を入れられて、そのまま抱き上げられる。嘘でしょ、そんな子供みたいに。私体重何キロあると思ってるのよ。イケメンマッチョとか.......きゅんです。
「.......しばらく少しだって離したくない。ダメか?」
「いいよ。なんならチューぐらいする?」
ちょっとからかったつもりだったのに。
「する」
がぶっと、予想外に全く躊躇わなかった葉太にキス.......と言うより顔を食べられた。一瞬困惑したが、目の前の近すぎる葉太の顔を見て。はーーーイケメン正義ーーー。色々どうでもよーーー。
ゆっちーと姉が私たちを見ていたが、もうそんなこと頭からすっぽ抜けていた。
「.......もう一度言う」
「.......うん」
「俺は君をすきぴだから、もう誰にも触らせない」
ぎゅっと葉太の首に抱きついて。
「すきぴの使い方違うよ! 私の彼ぴ本当にすきぴ!」
それから家に帰って、ゆっちーも一緒にハンバーグを食べた。