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乾杯

時間は、和臣視点の「解錠」の後からです。

「ごめんなさい、ごめんなさい.......!」


 痛てぇ。とりあえず全身が痛い。涙出てくる。床で寝たってこんなに体バキバキにはならないぞ。何したんだ俺。


「ごめんなさい.......!! でも、でも!!」


 なんか謝ってる人いるな。どうしたんだ。俺の布団強奪でもしたのか。


「助けてください.......!!」


 ばちっと、目が覚めた。

 目の前に広がったのは、泣きすぎてぐしゃぐしゃの女性の顔。よく見れば牧原さんだった。


「え、どうし.......」


 起き上がる途中で、思い出した。

 俺は、酒呑童子を目の前に、気を失ったバカ野郎じゃないか!


「鬼はっ!?」


 噛み付くように牧原さんに問いかける。俺の怪我はもう全部治っている。大丈夫、問題ない。体が痛いのは瓦礫の上で寝てたからだ。


「じゅ、術を使います! 酒呑童子は、茨木童子と九尾の封印を解きました! げ、現在総員交戦中! 和臣隊長の治療は、私が引き継ぎました!」


「は.......」


「ごめんなさい.......! ごめんなさい! 助けて!! 助けてください!!」


 牧原さんが抱えているのは、厳重に蓋をされた瓶。

 準備5日目に、俺が杉原さんと完全に罰則規定違反で封印庫から取ってきた酒だった。

 千年前、酒呑童子を騙し、討ち倒した毒酒。


 現状の理解は追いついていない。術を使うってなんだ、とか。茨木童子と九尾ってどういう事だ、とか。

 でも、今ここで。その他疑問も、全部捨てた。


「それください」


「ごめんなさい.......! こんなの、ごめんなさい.......!」


「牧原結。泣くならここを出ろ、術者以外はここにいちゃいけない」


「っ!」


 瓶を受け取って、泣きじゃくっていた牧原さんの前に立ち上がる。自分からバラバラと建物の残骸が落ちてきた。そのまま残骸を落としながら前に進む。

 そして。

 目の前の、惨状を見て。

 大きく、息を吸った。


「あー、失礼失礼。 遅れてすいませんねー、何せ昨日はメイドに興奮して寝不足だったもんで」


 ビタっと、茨木童子の拳が止まる。九尾は変わらずだが、ハルが相手なら大丈夫だろう。

 酒呑童子は、ゆるりとこちらに目を向けた。

 恐怖、絶望、怒り、その他感情で震える膝も声も無理やり張って。


「お酒お持ちしましたー。1杯どう? くそ雑魚アル中()()()()


 酒呑童子は、きゅっとその瞳を広げて。

 いきなり、破顔した。


『天然モノか! いるではないか、ここにも! ワタシ達との話し合いの相手が! こっちへ来い! 話し合おうではないか!』


 にこにこと手招きする酒呑童子。

 俺は、ゆっくりとそちらへ足を踏み出した。

 拳を止めていた茨木童子は。


『和臣いいいいいいいいい!!!!!! 覚えているからなああああああああああああ!!!!』


『茨木童子、黙れ。七条和臣は話し合いの相手だ。道理を知れ』


『っ! .......お許しを、我が主』


 俺は迷わず酒呑童子の方へ歩く。少し疲れたような顔の、零様の横へ。毒酒の瓶を、指に引っ掛けながら。


「よう、酒呑童子。随分な宴会じゃねぇか。俺も呼べよ」


『すまなかったな!まさか天然モノがいるとは思わなかった! こうも作りモノばかり出されては、このワタシも勘違いするというものよ!』


 座れ、とジェスチャーされる。零様が座ったのを見て、俺も座った。


「で? 俺とお話したいの? 和臣ちゃんは1時間5000円から、お触り禁止でーす。お前のせいで俺のメイドがぱあだ。割高でやらせてもらうぜ」


『ふはは! 1つも理解できん! とりあえず酒をつげ! 飲もうではないか!』


「ドンペリ1本入りまーす! お客さん気前いいねー!」


 茨木童子からの殺気で、心臓が震える。まだ笑顔の酒呑童子は、すっと2つのお猪口を出した。

 耳をすませば、術者達の啜り泣きと荒い息遣い、ハルと九尾の戦いの音が聞こえた。ハルと九尾はもう随分遠くへ行ってしまったようだった。


『酒を注げ。そして、お前も飲め七条和臣』


「ならない。七条和臣の代わりに、私が飲もう」


 声を上げた白い人に。


『作りモノは黙っていろ。貴様は存在自体が道理に反している』


 信じられない殺気が向けられる。それでも揺らがない白い人を、俺が制した。そして、白い人より前に出る。


「おい、くそ雑魚酒呑童子。この人に舐めた口きいてると酒注がねぇからな」


『七条和臣こそ、話し合いの相手に口の利き方がなっていないな。人間は、目上のモノには敬意を払うのが道理だ』


「礼儀とか今どき流行らねぇんだよ。ほらそのお猪口よこせ。酒注いでほしいんだろ」


 俺以外の術者達が、じっと俺達を見ている。茨木童子はそれこそ鬼の形相で、歯が軋むほど歯を噛み締めて俺を睨んでいた。


 そして、俺は。

 酒呑童子がもつ小さなお猪口に、無理やり開けた瓶から酒を注いだ。

 むわっと香るアルコールの匂いに、どこか甘い濃密な香り。酒はとろりとしていて、なんだか毒とは思えなかった。


『さあ、話し合おう』


「何をだよ」


『ワタシとお前達の共存共栄の話し合いだ! その条件、約束事を決めたのだ。1つ、毎日5人の人間を献上しろ。そのうち必ず2人は生娘であれ。2つ、』


「ふざけた話だな。無理無理、はい話し合い終了ー」


 術者のうち、何人かが泣き崩れた。本当に心が折れてしまって、この鬼に屈するしか生きる道はないと、()()()()しまっているのだ。


『.......なに?』


「ていうか酒飲めよ。せっかく蓋開けたんだぞ」


 千年前にそうしたように。俺達の勝機は、コレしかない。


『お前が飲めば私も飲もう! 人の道理に従って、ワタシは嘘はつかない!』


「.......俺、未成年だし。一緒に酒飲む約束してる奴いるんだよなぁ」


『はは、ははははは! やはり飲めぬか卑怯者! 人間は皆そうだ! 自分達の道理に平気で背く! 背けぬルールだからこそ!! 道理であるのに、だっ!!!』


 狂ったように笑いだした酒呑童子。白い人が、そっと立ち上がろうとした。

 この人は、京都、総能本部では()()()負けない。しかも、これだけ()()が集まっているのだ。この人は負けない。俺には、その確信がある。

 ただ、この酒呑童子は。

 その事も、見透かしている気がしていた。


「まあいっか、これホントの酒じゃないし。酒呑童子、お前、約束守れよ」


『はは、はは!! お前らと違ってワタシは、ワタシだけは貴様らの道理を守ってやる! だからワタシは、貴様らがちまちまと作り上げた小さなルール.......術も使うことが許されるのだ!』


「はい、じゃあ乾杯」


 俺は。

 そのお猪口に入った酒を、一気に飲み下した。

 一瞬カッと喉が熱くなる。とろりと甘い酒は、なかなか美味しかった。


「ばっか野郎.......!!」


 先輩の声がした。八条隊長が慌てて詩太さんに指示を出す声も。俺のこと嫌いなんじゃないんですか八条隊長。

 兄貴と父の声は、しなかった。


「ふ、ふはは! ほら飲めよ酒呑童子! 美味いし!」


『.......はははは!!! 今日は酒が美味いぞ!!』


 目の前の鬼も、グビっと一息で酒を飲んだ。そして、その鋭い爪で大事そうに酒瓶を持ち、またお猪口に注ぐ。


『主!! それは毒酒であります!!! もうおやめください!!!』


『知っている、そんなこと。茨木童子、お前見ないうちにつまらなくなったか?』


 ぐっと茨木童子が押し黙る。


 そして。

 俺と、酒呑童子は。


「『乾杯』」


 どちらかが死ぬまで、毒酒を交わし続ける。

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― 新着の感想 ―
[一言] あ、九尾思い出しました。確か最初の百鬼夜行ですね! 待ってばかずおみ飲んだんだけど!? 死ぬ気!?
[良い点] 人の道理と鬼の道理。 破る和臣に対して意外に人の道理を知る酒呑童子。 まことに勝手な道理です。 人の道理を守る事で使える…術とは、謎が深まります。 [気になる点] 天然物というパワーワー…
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