給仕
「いや.......ちゃんと寝てるし食べてる。.............葉月はいないって、宿違うし.......え? 清香が何? あぁ、電話代わる.......よお清香、元気.......あ、うんごめん」
とうとう明日が酒呑童子とやり合う嫌な予定の日であるが、俺は朝食前に姉からかかってきた電話に向かって謝っていた。なんでも俺の机の上が汚すぎて、誰も触れていないのに教科書などが雪崩を起こしたらしい。掃除させて申し訳ない。
「クリスマス? 帰るよ、明日の夜から明後日で終わりの予定って父さん言ってなかったか? .............なんでトカゲ? いるよ、元気」
そして待っていろ妹よ。俺が勉強と仕事の合間に読み進めているケーキ作りの本の成果を見せてやる!
目の前でメラメラ燃え始めたトカゲが入ったランプを、こんっと指でつついた。トカゲは相変わらずガラス越しに擦り寄ってくる。お前は好きだね俺の事。
「え? .......だから葉月はいないって。話したいなら葉月の電話にかけろよ.......兄貴? 隣の部屋だけど.......父さんは別の宿」
若干理不尽に怒られながらも、最終的には和兄頑張ってね、が聞けたので良しとする。兄貴とか父さんに電話したら初めに言うくせに。
今回俺が封印庫に入ることは姉にも妹にも言っていない。ちゃんと出てくれば言わなくてもいいかな、と思ったのだ。大丈夫だよな。怒られないよな。
部屋で朝食を食べながら、今日の予定を考える。
ぶっちゃけ暇。明日のために寝てろ、と兄貴や先輩には言われたが、こんな真昼間に寝たら夜寝れなくなるでしょうが。
「.......葉月のとこ行こうかなぁ」
女子の宿へ行くのは当然禁止、みたいな空気があって今まで行かなかったが、よく良く考えればそんなルールはない。俺のクリスマス前のイチャイチャを1週間も奪ったこの怒りをどこにぶつけようか。いや、昼間会ってたからまあいいんだけど。
などとぼうっとしていたら。
「ん?」
こんこんっと窓の外から音がした。なんだ妖怪か。それとも中田さんか。部屋間違ってますよ。優止の部屋は向かいです。
「.......」
またこんこんっと音がしたので、一応札を持って窓を開けた。特に何もない。風の音か、と思っていると。
「.......ねぇ、寒いから中に入れてくれないかしら」
「ひぃっ」
「なによ、失礼ね」
窓の真下、そこに鼻と耳が赤い葉月が屈んでいた。びっくりした。いきなり真下から声がするから。
「なんでいるの?」
「会いたかったからよ。それだけ」
「はぁーーーー俺も会いたかったよーーー」
涙が止まらない。嬉し涙と感動の涙だ。
「入れてちょうだい」
窓を軽やかに越えて部屋に入ってきた葉月にお茶を出しながら、もうこれ奇跡じゃないかと考えていた。プレゼントが毎年俺のところに歩いてくるんですけど。どうしたらいいんですかサンタさん。
「俺もちょうど葉月の部屋行こうか迷ってたんだ」
「そう。なら私が先に来て正解だったわ。私一人部屋じゃないもの」
「やっべ忘れてた」
確か葉月は四人部屋だとか言っていたな。メンバーは知らない。
「ねぇ。今回、あなたは危ない役なのよね」
「うーん。みんなそう言うけど、実際そうでも無いぞ。零様と一緒だし、鍵開けるだけだし。酒呑童子が出てきたら、危ないのはみんな一緒だ」
「.......そう」
「葉月こそ気をつけろよ。絶対花田さんの言うこと聞けよ、もう飛び出しちゃダメだからな」
「分かってるわ」
葉月はなんの表情の変化もなくお茶をすすった。
「ま、俺も鍵開けたらすぐ外に出るから。案外ちゃんと封印されててすぐ終わっちゃうかもな。ははは!」
「.......」
あれ、ウケない。どころかお茶が不味いとでも言いたげな表情。俺そんなにお茶くみ下手だったかな。
「.......あの、葉月さん。ペットボトルでも買ってきましょうか?」
「キスしましょう」
がしゃあんっと、俺の手にあったはずの湯のみが倒れ俺は机に頭をぶつけた。葉月は黙ってこぼれたお茶をふいている。急すぎないか。あとなんだその紅茶がいいです的なノリは。
「.......今更キスぐらいでなによ。ばかずおみ」
「.......そう言う葉月さんが真っ赤ですけども」
「寒いからよ。あなたが中々気づかないから、冷えたの」
「ふぅん」
まあ、お許しを下さったのは葉月さんですので。俺は一向に構わないんですけど。
そう思って、ぎゅっと目を瞑った葉月の顔を間近からじっと見つめる。そのまま葉月の震えるまつ毛を観察しつつ唇を合わせた。
「.......!」
途中で開いた葉月の目も、じっと見ておく。珍しい。よく観察しておこう。
唇同士が離れて。
「な、何見てるのよ!」
「葉月」
「〜〜!」
「ちょう好き。めちゃくちゃ好き」
葉月は机に突っ伏してしまった。その真っ赤な耳を指で撫でると、ピクっと反応する。可愛い。
「.......あなたがちゃんと出てきて、怪我なく終わったら」
「うん?」
葉月の艶やかな髪を梳く。そう言えば今日結んでないな。俺が結んであげようかな.......待て、また変態思考に。いや、今のは変態なのか? むしろ正常な思考なのでは?
「.......あ、あなたが喜ぶこと、してあげる」
きゅっと葉月が俺の手を握った。俺は完全に思考停止。葉月も完全に動作停止。
軽く三分は無音状態が続いた。
「.......ホント?」
葉月がこくりと頷く。
マジか。マジか。俺が喜ぶ事って、なんだ? メイドのコスプレでもいいのか? マジでやってくれるのか?
「.......酒呑童子とか雑魚すぎて余裕だな.......俺一人でも大丈夫だわ.......」
「怪我もダメよ! ちゃんと怪我なく終わったらよ!」
「ちょー余裕.......」
その日はメイド葉月を妄想して若干寝れなかった。