友達
準備3日目。
ここ数日の濃度が濃すぎて軽く疲れている。昨日は自分の感情に混乱している兄貴が宿の俺の部屋から帰らないし、途中から先輩は優止を連れて笑いに来るし。朝すれ違った八条隊長はいつも通りにこやかに挨拶してくるし。
こんな中あと4日で酒呑童子とやり合うのかと思うと、涙が止まらなかった。
「和臣、今日は一緒にご飯を食べましょう? 男子と女子は、宿が違うから.......お昼しか会えないって気づいたの」
「俺の癒しーーーー」
控えめに俺の横で札を貼っていた葉月に抱きつく。柔らかいよー温かいよー。泣けてくるよー。
「あ、あんた達仕事中に何してんのよ! せめて見えないとこでやんなさいってば!」
目の前で真っ赤になったゆかりんを見てさらに涙が出た。アイドル可愛い。見るだけで元気でる。
「はは! 隊長、お疲れでしたらお休みください! 大事なのは当日ですからね!」
「私が癒して差し上げましょうか? 最近アロマを勉強してるんです!」
中田さんが惚れ薬などを作っている姿を想像してしまった。怖くなってもう一度葉月の頭に顔を埋める。あ、いつもと違うシャンプーの匂いがする。
「はっ!」
慌てて離れた。まずい、今俺は変態だった。完全に変態発言だった。
「ねえ七条和臣、お昼大食い競争やらない? 本部でおかわりってしずらくて、あんたがいたら遠慮なくできるから」
俺はおかわりを堂々とするために呼ばれてたのか。
「任せてゆかりん! もし足りなかったら兄貴の分も食べてくれ!」
「え.......それは無理」
くそ、俺の小さな復讐が失敗に。だって兄貴昨日寝かせてくれなかったんだぞ。ずっと恋愛について語られ、しかも今回が初恋だと気づくのに2時間かかった。バカだろ俺の兄貴。あんなに美人とたくさん付き合って浮気されたり財布にされたりしただけはある。ああ、俺が泣けてきた。
「ではそろそろお昼に参りましょうか! 本日のメニューはぶり大根らしいですよ。いやぁ、旬ですねぇ」
「やったぁ!」
ゆかりんが葉月の手を取って飛び跳ねて喜んでいる。この光景世界遺産にしてくれないか。
「でも俺は魚より肉が良かったな.......」
「隊長、おまかせください。この花田裕二、肉を買いに外へひとっ走りしてきます!」
「いやいや! そういう意味じゃなくて!」
その後、わいわいきゃあきゃあと、特別隊全員で楽しくご飯を食べた。
テンションとモチベーションが上がった午後。鼻歌を歌いながら塀に術をかけていると。
「.......驚いた。君、歌下手なんだ.......」
「あ、詩太さん。お疲れ様です」
「お疲れ様.......」
第六隊隊長、六条詩太さんがうつむきがちに立っていた。長い前髪の隙間からちらっと瞳が覗く。
「ゆかりんですか? あっち居ますよ」
「! .......む、無理だよ.......こんな距離でゆかりんなんて、耐えられない.......。僕は、1ファンとして.......特装版DVDとライブTシャツで、2日に一度バースデーライブを思い出すぐらいで、丁度いいんだ」
詩太さんは電源を切った携帯電話を握りしめていた。ライブの銀テープが携帯ケースの中に入っている。
「今年の特装版めちゃくちゃ良かったですよね。特典の舞台裏映像、俺5回見ても泣くんですけど」
「.......僕も」
「春の武道館行きます? そろそろ抽選ですよね」
「.......もし、僕が当たったら。き、君もい、一緒にいか、行かない?」
「うっそ!! ありがとうございます!! もし俺が当たっても一緒に行きましょうね! あ、調唄さんも誘いましょうよ! あと俺の妹も来ると思うんですけど」
「.......陽キャだ.......」
「へ?」
詩太さんはふらっと1歩後ろに下がった。そのまま深呼吸している。
「.......七条くん、当日の君の隊の事、話したくて来たんだ」
「あ、了解しました。部屋行きますか?」
「.......ここでいい。.......当日は、僕が君の隊を見るよ。指示は君の副隊長に任せるけど.......万が一の時は、僕に従ってもらう」
「了解です」
「君は式神出してくれるって言うけど.......要らない。君は、自分の事に集中しなよ」
「分かりました。ありがとうございます」
詩太さんは、長い前髪を揺らして。
「.......僕は、君以外.......ライブに誘うようなと、とも、友達っ、.......いない」
「そ、そんなことは.......」
ここはなんと答えるのが正解なんだ。他の隊長達にゆかりん布教しますか? あ、でも俺数人からめちゃくちゃ嫌われてるから逆効果かも。泣ける。
「.......別に、1人でDVD見てるのが、楽しいから.......友達なんて要らないんだけど。.......1回ぐらいは、と、友達とライブに、行くのも.......」
「いつでも誘ってください.......」
今度ご飯食べに行きましょうよ。兄貴か先輩の奢りで。
「.......じゃあ、ちゃんと出ておいで。封印庫からさえ出てきたら、僕が死なせない」
詩太さんは、長い前髪の奥からじっと俺を見て。
またすっと目線をズラした。
「.......でも、本当は僕なんかより五条さんの方が上手なんだけど.......それに、君はたぶん僕より五条さんと仲がいいし.......。ごめんよ、こんな根暗、面倒だったら放っておいていいよ」
一昨日八条隊長に嫌われてることが発覚し、俺のこと嫌いそうな隊長ランキングが更新された。しかも、前ランキングから上位に入っている四条隊長は相変わらず俺の事が相当嫌いだと思う。鞠華隊長だって良くは思っていないだろうし、一条隊長はよく分からない。ちょっとめげそうな嫌われ度合いだが。
こんなにしっかり励ましてくれる人もいた。なら、俺はそれに応えなければ。
「最高に元気出ました。詩太さん、絶対武道館一緒に行きましょうね」
「.......陽キャだ.......」
詩太さんはフラフラと去っていった。
ひとつ言いたいのだが、俺が陽キャなら世の中明るくなり過ぎて干からびると思う。俺は1人でぼうっとテレビ見てる事が多い男だぞ。
視界の端の方で、ゆかりんとばったり会った詩太さんがダッシュで逃げ去ったのが見えた。さすがアイドル。
「和臣」
葉月がそっと隣に立った。
「陽キャって.......何かしら?」
「陽気にキャラ弁作る人、の略だよ」
「そう。まさにあなたね」
鍵を開けるまで、あと4日。