煙草
地獄の球技大会の後。
そのまま体操服を持ってやって来た京都で。
「あー、皆さんお久しぶりです。点呼.......とります? 全員いるけど」
なぜか満面の笑みの中田さんに、嫌そうに俺を見るゆかりん。じっと前を見ている葉月と、にっこり笑って俺の隣に立つ花田さん。
うん、いつも通りの特別隊ですね。
「えー.......封印庫を開けるのは1週間後の12日、夜10時からです。皆さん今日から準備で.......京都に泊まり込みでーす! 拍手ー!」
泊まり込みという事実に俺のテンションが地に落ちているので、自分で拍手して盛り上げる。花田さんと中田さんも盛大に拍手してくれた。さあ、上がれ俺のテンション。
「このだだっ広い本部の塀に札貼っていきます。人払いの術と万が一に備えた結界も張るので.......頑張るぞー!」
花田さんだけが拍手してくれる。中田さんはにっこり笑っているだけ。ゆかりんと葉月は空気の抜けたバレーボールを見る目で俺を見ていた。めげるな俺のテンション。
「では、当日の説明は私からいたしますね! まず我々は当日、第六隊の医療班へ入ることになります」
中田さんがメガネの奥で目を細めた。ゆかりんは顔を引き攣らせて葉月を見ていた。ああ、ゆかりん治療下手くそだもんね。ふぁいと。
「しかし、医療班に専念するのではなく、臨機応変に対応するようにお願いします。我々はあくまでも、人手が足りないところの補助要員です」
「「「了解」」」
「では今日の準備へ参りましょう! 札は配布しますのでね! 一定の間隔を開けて張ってください!」
花田さんが札を配る。俺もそれを貰って、さあ貼りに行こうと気合いを入れた。なぜなら今貰った枚数が今日のノルマだからだ。これが終わらないと俺は宿に帰れない。
「和臣隊長っ」
「ひっ。な、中田さん.......」
今日はやけににっこりしている中田さんが、いつの間にか顔面15センチの距離に立っていた。怖。
「和臣隊長、お久しぶりですっ!」
「お久しぶりです.......」
「和臣隊長、私達は医療班なんですね!」
「そうです.......」
なんだなんだ。ノルマの札持ってけってか。分かりました多少貰ってくので命だけは助けてください。
中田さんは、いきなりすっと笑顔を消した。怖。優止、優止来てくれ! 今日来てるだろ! 助けてくくれ!
「和臣隊長。私、特別隊が気に入ってるんです」
「それはよかったです.......?」
「無くなって欲しくありません。和臣隊長が隊長のこの隊がいいんです」
一体どうしたんだ。
目線をずらせば、花田さん達3人は札を貼りながら楽しそうに治療の術について話していた。せめて誰か1人でもこっちに興味持ってよ。
「.......私、実はトラウマなんです。血だらけの人」
「えっ」
「冗談ですっ! 和臣隊長、零様と封印庫を開けるのは和臣隊長だとお聞きしました! どうかご無事で、早く私達の隊長に戻ってくださいねっ! そして来年には隊に車を買ってください! 4駆を!」
ばちんっとウィンクを決めて、中田さんは3人の方へ走っていった。
色々追いつかない。
そもそも中田さんはなんで俺が封印庫を開けること知ってるんだ。隊長副隊長以外にはまだ誰も知らないはずだぞ。
今回俺は、特別隊隊長、と言う名前よりも零様のサポートを優先する。なので、特別隊の指示は花田さんか第六隊隊長が行う。この事は、明日にでも伝える予定だった。
「.......4駆っていくらするんだ.......」
札を持って、俺も塀に向かって歩き出す。
先日俺の口座に夏の茨木童子の報酬として、ちょっとふざけた金額が入っていた。1度通帳を見て以来怖くなって見られなくなったレベルにはふざけた金額だった。
まさか運転免許の前に車を買うことになるのか俺。と言うか経費で落ちないんですか経理部中田さん。
何となく4人から離れて札を貼っていた。そこからどんどん横へずれて、気がつけばやけに雑草が生えた日の当たらない場所で。薄汚れた塀に札を貼っていた。
「おや? 七条くんじゃないですか」
「あ、八条隊長! お疲れ様です!」
「お疲れ様です。君もお昼休憩ですか?」
やけに小さく古そうな門の外に、八条隊長が立っていた。指に火のついたタバコをひっかけて。
「ああ、コレですか。意外でしたか?」
八条隊長は笑ってタバコを持ち上げた。正直言うと意外だった。何となく八条隊長は、品行方正な委員長タイプかと思っていた。よくあの地獄の会議仕切ってくれるし。
「1本いります?」
「え」
八条隊長は、胸元からタバコの箱を取り出して俺に向けた。
嘘だろ、俺が未成年だって知らないのか。危ない、八条隊長まで犯罪者にしてしまうところだった。ここはハッキリ断らないと。俺はノーと言える人間だ。
そう思って口を開きかけると。
「ふっ。君は吸わないと思いました」
八条隊長はタバコの箱をしまって、指のタバコをくわえた。
「.......きっと君は、大人になっても吸わないんでしょうね」
「へ?」
ふうっと煙を吐いた八条隊長は、さっと屈んで地面でタバコの火を消した。待ってくれ、俺の八条隊長のイメージが。
「ここは管理部すら忘れているような裏門で、私のお気に入りの場所だったんです。見つかってしまいましたね」
「あ.......すみません」
「いいえ。若者にこの隠れ場所は譲りましょう。門の外に出れば携帯もタバコも咎められませんから、思う存分活用してください」
八条隊長は吸殻を何かの入れ物に入れ、着物の裾を払って立ち上がった。
「ではそろそろ失礼します。七条くん、当日は頼みましたよ」
「.......はい」
「あぁ。言い忘れていました」
「?」
八条隊長は、門をくぐる直前で立ち止まる。
そして、門の外から。
「私は君たちが嫌いです。五条ならまだ諦めもついたのに、七条からもとなればどうしようもなく思ってしまいます」
「え」
「七条くん、お兄さんによろしく。私は君のお兄さんには好感を持っていますから」
八条隊長は、1歩で門をくぐって中に入ってきて。そのまま1度も俺を見ずに去っていった。
「.......」
よく分からない気持ちのまま、よく分からない場所を歩いて。
日が沈むころに、管理部の牧原さんに発見され、焦っていた花田さんと宿に帰った。