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混沌

 姉と妹に怒られた後。夜の京都。白い掛け軸のある部屋で。


「いやぁ、隊長! ご無沙汰しております!」


「花田さん、お久しぶりです」


 実際はそこまで久しぶりでもない花田さんが俺の斜め後ろに着席した。俺達以外の隊長や当主達も、もうほとんどが揃っている。


 そして。


「揃ったか」


 ざっと、部屋の両脇にずらりと並んだ隊長当主達が頭を下げた。


「先日の通達の通り」


 白く凛とした声が部屋に響く。

 ここにいる全員が、今から言われる内容を予想している。今日集まったのは、ある種の宣言を聞くためだ。


 俺達の頂点に立つ白い人は、すっと片手を挙げた。


「12月12日。本部封印庫、その最奥を開ける」


 とうとう、その時が決まったのだ。

 千年間封じられている、鬼の頂点と対峙する時が。

 まだ、明確に酒呑童子の封印が解けているとは発表されていない。というか、最後までしないだろう。


「事に当たる術者は、各隊より選抜50名。特別隊より5名。各家より選抜15名。管理部より選抜100名。無所属より10名」


 あくまで、完璧な封印の確認という名目で。

 最悪の想定の元、全ての手を尽くし事に当たる。

 700人もの選抜された術者が集められるなど、2年前の富士山の時を思い出す。しかし、今回は2年前とは違う。

 あの時は、それこそ()()死ぬか生きるかという勝負だったが。

 今回は、もっと。もっとリアリティを持った、誰かが、どこかが欠けるというイメージを突きつけてくる。もちろん、酒呑童子という名付き相手に現代の術者は全滅、というイメージもできてしまうのだが。


「それから」


 ビシッと空気が張った。白い人は、その真っ赤な唇から。


「私も、出る」


 この、京都総能本部で。この、白い人が出るということは。


「鍵の片割れは、誰が持つ。私と共に扉を開けるのは、誰だ」


 全員が、ハルを見た。そう、これは確認作業だ。白い人の前で、俺達の最善の答えを見せるだけ。テストの模範解答を掲示するだけの作業だ。

 その答えである最強の術者は、相変わらず黒いゴスロリに着物を羽織って、前とは違い短くなった髪に、桃色の髪留めを付けていた。

 ハルは、ゆっくり、顔を上げて。


「どうか、七条和臣を!」


 最高の笑顔で、あはっと笑い声を上げながら答えた。







 ん?






「そうか。では」


 ざっと全員が頭を下げる。


「解散」


 ふっと白い人が消えて。

 しーんっと静まり返り、呼吸音すらしない部屋で。


「和臣ぃ、はいどぉぞ!」


 ぽいっと投げられたのは、古びた鍵。こつんっと俺の頭に当たって畳の上に転がったそれを、微妙にボケた視界と思考の中見つめていた。


「.......?」


「あはは! 和臣ったらおかしぃ! どこ見てるのぉ?」


 あはは、俺ったらおかしい。心臓止まってるんじゃない?


「.......五条おおおおお!!!!!」


「とうとう狂ったか貴様!!!!」


「無礼ですよ五条さん!!」


 部屋の空気は唐突に爆発した。怒り狂った先輩と八条当主、他の人達は俺を睨むかハルを叱るかどちらか。


「五条さん、私情を持ち込まれては困ります! いくら七条くんが気に触ったとしても、こんな所でやり返すなど.......!」


「むぅ?」


 だんだんと俺がハルを怒らせて仕返しにこんな事になったという説が浮上し始めた。俺は未だに目の前に落ちた古びた鍵を見つめるだけ。冷や汗も出ないし自分の鼓動も聞こえない。ただ、きーんと耳鳴りがしてきた。俺これ死ぬんじゃないか。


「七条の小僧も何か言わんかっ!!!」


 怒りの矛先が俺へ。吐きそう叫びだしそう狂いそう。


「隊長.......お気を確かに!」


 花田さんの心配そうな声が聞こえた。それで、一気に涙が上がってきた。良かった俺にも味方がいた。こんな悪質なドッキリにも味方いた。


「.......は、花田さん、俺、ハル怒ら」


「だって私ぃ、和臣に負けちゃったんだもぉん! なら和臣がやらなきゃダメでしょお?」


 その可愛らしい声が、俺の発言をかき消して。

 この最悪な雰囲気の中、火に油を注いだ、どころではなくガソリンを撒き散らし最終的にダイナマイトで全てを吹き飛ばした。無になったな。虚無。俺の心が。


「貴様あああああああああ!!!!」


「ふざっけんじゃねぇぞ五条!!」


「言っていいことと悪いことがある!」


 本気で吐きそう。もう顔を上げられない。お腹痛い。


「みんなおバカさんねぇ。負けちゃったって言ってるでしょお? 和臣の勝ちだってばぁ!」


「.........................そう、か」


 また、しーんっと静まり返った。ハルの言葉を肯定した一条さんは、まっすぐどこかを見つめて動かない。怖いよ。お腹痛いよ。俺の胃に穴が空いちゃうよ。


「う、嘘だ.......」


 八条隊長がずるっと後ろに下がった。いつもあんなに落ち着いてる人なのに。でも俺も今全く同じ気持ちです。


「嘘じゃないよぉ? ちゃんと()()の前でやったんだからぁ」


 ハルは、短い黒髪をサラリと揺らして。

 その小さな唇に手を当てて、恐ろしいほど美しく笑った。それこそ、女神のように。


「神.......? 藪知らずの神隠しの時か!!!」


「何があった!! 報告されていないぞ!」


「七条和臣いいいいいいい!!! 言ええええええ!!!」


 俺は殺されるかもしれない。茨木童子もびっくりなぐらいの怒鳴り方だぞ。血管切に気をつけて、落ち着いてくれ。


「むぅ。みんなこれからお話合いするんじゃないのぉ? せっかく勝博がうさちゃん描けるようになったのにぃ」


 もう部屋の空気は一周まわって静かになる。ビギっと嫌な音が聞こえそうな緊張感ではあるが。


「ねぇ和臣ぃ! またねこちゃん描いてぇ! 勝博ぉ、ホワイトボード持ってきなさぁい!」


「承知しました」


 何を承知したのか、勝博さんは足音も立てずに部屋を出て行ってしまった。大変だ、もう誰もハルを止められないぞ。勝博さんも止めてなかったけどな。


「.......か、会議を! 封印庫への対応を話し合いましょう!」


 八条隊長のひっくり返った声が上がり、全員一旦落ち着きを見せる。あ、じゃあ俺帰ってもいいですか。お腹痛いんで早退します。


「.......そもそも七条の小僧が鍵を開ける事が間違いだろう!!」


 またザワつく室内。固まる俺。ケラケラ笑うハル。カオス。CHAOS。かおす。


「五条! 貴様のおかしな言動には目を瞑ってやっているんだ!! 仕事はしろ!!」


「そうですよ! こんな所で無駄なリスクを犯すなど.......!」


「.........................胃薬」


「まさか! 七条と五条は手を組んだのか!?」


「そんな訳ないだろう。ウチにまでおかしな言いがかりはやめてもらいたい」


 全員の言い合いがさらにヒートアップした頃。また音も立てずに、勝博さんがホワイトボードを引っ張って部屋に入ってきた。そしておもむろに何かを描き始める。なんだあれ、この世の恨みつらみの凝縮みたいな物体だぞ。


「治様、いかがでしょうか」


「.......可愛くなぁい.......」


 ハルが珍しく怯えたような顔で勝博さんを見ていた。

 俺の後ろに座った花田さんは、冷や汗を流しじっとしている。あぁ、そうですよね。俺がいじめられてたら花田さんまで居心地悪いですよね。


「.......」


 俺は、痛む胃に手を当てて。

 流れそうだった涙を引っ込めて立ち上がった。

 一瞬で静まり返った部屋の空気を無視して、勝博さんからペンを受け取る。


 そして、ホワイトボードに大きく「議題・封印庫への対応!」と書いた。


 部屋の全員を見回して。


「で? 皆さん何するんでしたっけ?」


 もう後で池に沈められようが封印庫に閉じ込められようがどうでもよかった。ただ、一刻も早くこのふざけた場所から解放されたかった。


「若造が仕切るな!!」


 唾を飛ばして叫んだ八条の当主の言葉に、俺は鷹揚に頷いて見せた。

 そして。


「ねこちゃん1匹入りまぁあああす!!!」


 可愛いねこちゃんだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] あ、説明してなかったんだね……。なんで触れないのかなと思ってたら……。
[良い点] あああ、ハルちゃん言っちゃったよ…。 プライドの高い当主達には凄い燃料投下に。 何故いつもと違い零様は質問の形を取ったのか。 封印解き放ち、、また入れるだけなのか? 謎はこれからきっと明…
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