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大きいのがお好き

 あれから3日。

 葉月の、禁足地へ入ったことの処分は反省文と本部管理部からのお説教で済まされた。済んでないか。

 そして俺は始末書と、パワハラに対する講座を受けた。泣いた。


「和臣。なんであなたが始末書なのよ。私がやった事なのに」


「.......次はないから! 次始末書とか書いたら俺はクビになるから! だからやめてくださいね今後は!」


「やらないわ。本当にごめんなさい。庇ってくれて、ありがとう」


「.......いいよ!」


 ちょっと可愛すぎて直視出来ないので、両手で顔を覆いながら廊下を進む。

 朝のがやがやとした教室に入って、放課後の忙しない教室を出た。



「ねぇ」



 いきなり葉月が立ち止まる。それを、振り返って。


「あなたは、帰り道が分からないの?」


 真剣な顔の葉月と向かい合う。


「それ今まさに帰ってる時に言う?」


 後ろに見えるバス停を指さす。


「.......あなたは、ちゃんと戻ってこられたのかしら」


 冷たい風が吹く。マフラーに顔を埋めてしまった葉月の表情は見えない。


「ここに居るけど」


 また、冷たい風が吹く。今は、温かな春ではない。桜が咲くのは、まだまだ先の季節。


「.......あなたは、行ってしまったんじゃないかしら。私が、余計なことを言ったから」


 さらり、と。葉月の長い髪が、冷たい風になびく。


「難しい話だね」


 はっと葉月が顔を上げた。その目に、涙がたまる前に。


「ま、俺はここに居るんだけど」


 葉月の頬を片手で挟んでぎゅっと潰す。うわかわよ。フグみたい。かわよ。この子本当に俺の彼女? うっそん。


「.......ニヤニヤしないで」


「失礼。まあ、つまりですね」


 葉月の眉をなぞる。八の字に歪んだそれを、元の綺麗な形に戻すように。


「勇者和臣のレベルアップ的な感じと捉えてください」


 殴られた。


「ひぃん.......」


「.......今、ふざける、雰囲気じゃ、なかったわよね?」


「だってあんな深刻そうに話すからあああ!! 俺帰ってきてるのに悲しそうな顔するからじゃんかああああ!! ここに居るんですけどおおおお!! 俺じゃ不満ですかあああ!?!?」


 きゅっと口を結んだ葉月が隣にやって来て、こてんと俺の肩に頭を乗せた。嘘でしょうこれはさすがに嘘でしょう。


「.......あなたが五条隊長より遠くに行ってしまったのかと思ったの」


 俺も首を傾けて、葉月の頭へと顔を近づけた。花のような香りがした。


「.......俺とハルは、きっと。ちょっと高くて、遠くて、深くて.......それでいてもっと近い所にいるよ。それに気が付かないから、苦しくなるんだ」


「難しいこと言うじゃない」


「葉月もそう思う? 俺もそう思う。.......何言ってんだ俺?」


 本気で自分でもよく分からなかった。だけれど、きっと。俺はこれからも、この人の近くに居るんだと思う。


「お姉さんとは仲直りしたの?」


「現在七条家において俺の人権はない」


「.......」


「でも花田さんと仲直りできたからチャラだ」


「.......チャラにならないわよ」


 この間若干ギクシャクした花田さんとは、俺が土下座で謝って仲直りした。その時に、すれ違ったカップルのような会話をして、遠距離カップルのような話し合いをして、復縁したカップルのような雰囲気になった。全部未経験だけど。


「ただいまー.......」


「声が小さいわね.......」


 そっと玄関をあけて、そっと靴を脱ぐ。


「俺ちょっと台所覗いてくるから.......先に居間行って安全を確かめてきてくれ。地雷に気をつけろよ、今ウチは紛争地帯だ」


「おバカね」


 葉月と別れて、そっと台所を覗けば。


「ん? お邪魔しとるぞー。今日はプーリンがあったからのお!」


「.......やっぱり来たか爺さん」


 俺渾身のプリンをスプーンでつついている派手な爺さんが居た。本気でプリン作ったら来たよこの爺さん。


「なんじゃ? 死ぬ前にワシにプレゼントか? ナウなヤングは気が利くのお!」


「生き残ったぞ宣言にな」


 ぱくりとプリンを口に入れた爺さんは、ずいっと親指でサングラスをずらして。


「お主、変なモンにいいようにされとったな。()()()()()()()()()()()()()()ありゃ、別の場所の主じゃ。場所も時間も別物じゃよ。それにありゃお主の山よりも、混じり気があるもんじゃ」


 神隠しでの、神様の定義。それは、山や川などの主を指す。天に御座す神々とは別物なのだ。この主達は、自身の世界の頂点、と言う点で、その世界の中では神という定義をされる。つまり、うちの裏山の主は、あの山にいる限りあの山という世界の神様なのだ。面倒なのでほとんどの術者はこんなことは言わない。神と言えば、みんな天に御座すものだと認識している。


「そんであのエリマキトカゲか。あの場所の()()を燃やしよったな? 西には分からんものがおるのお」


 あの時、トカゲが燃やしたのは。あの場所自体ではなく、あの場所が()()()()()()という捻れ的なもの。正直に言うと、良く分からない。俺は西のことは専門外だし、そもそも捻れって燃えるの? 怖。


「.......まあ、生きてるから! 残念だったな爺さん!」


 予言は外れたぞ。


「そりゃそうじゃろ。ワシ元々こんな事でお主が死ぬなんて思っとらんし。お主はあの娘っ子を超える。それが遅いか早いかだけの問題じゃ。まだ早いとワシは思うちょるがの」


 あれ、すごい貶されてる? 確かにあのハルとの勝負は、ぶっちゃけ俺の負けだろう。頑張って引き分けか。観客の手前勝利宣言をしたが、ハルが最後、本気で首でも貫いていたら俺は負けていた。でも俺もあの時、糸をギチギチに張りつめたあの空間で、本気で刻んで.......やめよう不毛だ。俺はこれまでもこれからも、それは出来ないのだから。


「.......ん? ちょっと待て爺さん。俺は生き残ったんじゃないのか?」


 爺さんは、つまらなそうにプリンをつついて。


「酒呑童子なんぞに手を出すからじゃ」


 もう一度、ぱくりと俺の作ったプリンを口に入れた。気に入ってくれて何よりだよ。


「爺さん。俺達全員でやるんだ。神にだって線を引いた術者達が、鬼1匹にやられる訳ないだろ」


「.......もうあの神もどきはおらんじゃろ。お主は死ぬ、ワシはエリマキトカゲを手に入れる。これで終いじゃ」


 最後のプリンを口に入れて、爺さんは席を立った。


「そろそろ帰るかのお! バイナラじゃ!」


 他人に死ぬと断言された時。余命宣告ではないけれど、人はどういう気持ちになるのか。


「.......あの龍来てんの?」


「お主はアッシーが好きなのか? おかしなヤングじゃのお」


 爺さんと玄関に向かう。ぼーっと外に立ってあの龍を待っていると。


「.......お主があの鬼坊主に勝てんのはのお、」


 来た。

 あの、高く高く昇りつめた美しい龍が。



「お主らの道理を、あの鬼坊主も知っとるからじゃ。お主らは、ワシらの道理を知らんじゃろ?」



 大きい。俺とは存在そのものの規模が違う。ああ、やっぱり。


「すご.......!」


「.......聞いとらんの。アッシー! 次は北海道じゃ、しーすー食べに行くぞい」


 ゆらりと、その大きな瞳が俺を捉えて。

 質量を感じる口元を引き上げて、驚くほど大きく、白く艶やかな鋭い牙を見せた。


 そして、もう冬の空へと、飛んで行った。






「和臣! なにしてんの!! 家入んな!」


「姉ちゃん! あのさぁ!」


「いいから早く入んな! .......ってバカ! 鞄燃えてる!」


 姉が血相を変えて、俺から鞄をひったくった。俺にランプを渡して、鞄は地面に叩きつける。



「俺、やっぱり大きいのが好きだ! 山より海!」



 ぶん殴られた。

オマケです。


ーーーーーーー


 京都、総能本部。

 そこにいる職員達は、男女問わず全員黒の着物を身に纏う。

 しかし、その黒と同数か、それ以上に見える白い着物がある。その白い着物を着るのは、全員女性。彼女達は全員、本部の中で式神を出すことを許された術者が使う式神なのだ。本部での服装や式神のデザインは規定されており、本部に白い着物を着たものは女性しかいない。


 ある、白い1人を除いて。


「.......零様の性別が気になる?」


 葉月とゆかりんと清香。ウチの居間に並んで座った3人が、真剣な顔で頷く。


「.......なぜ?」


「.......単なる好奇心よ! あとあんたなら聞いても怒んなそうだから!」


 あれ、もしかして舐められてる? 別にいいけど、俺のことなんだと思ってるんだ。


 知らないよそんなもん。俺ただの手下だもん。


「見た目も声も中性的だけど.......」


「ていうかほとんどお会いしたことないけど.......」


「私、本当はあんまり覚えてない.......」


 3人の前にしゃがんで、それぞれの口にクッキーを入れる。ちなみに俺作。


「じゃあ、それでいいんじゃないか?」


 白黒つけずに行こうじゃないか。

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― 新着の感想 ―
[一言] 葉月がとんでもなく可愛い……。 ハルと和臣は異質で遠く見えるけど、なんだかんだそばで人間に寄り添ってくれる。 えぇ……じゃあ、ハルよりも強いってこと……。 え、ちょっと本気でどうするの和臣…
[良い点] 面白いです!(何を今さら…) 危ういところで踏みとどまる和臣。彼を繋ぎ止めているのはやはり家族と天才弟子なんでしょうね。 いや、変態さんがおらんでも、周りに一杯いるし! バブリー爺さ…
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