学年一の美男子は、夜の方が凄かった。
男女逆転ものです。
和臣が女、葉月が男だったら、の出会いの話です。
桜はとっくに散ってしまって、ジャケットを脱いでカーディガンを着るようになった頃。
深夜の公園で、クラスメイトのイケメン君が制服姿で妖怪と戦っているのを見てしまった。
私は一度大きく息を吸って、走って家に帰ろうとして。
思い切り転んだ。
「いたぁ.......」
膝から血が出ていて、じわっと涙が滲んだ。なんでこんなことに。
「.......七条さん」
「はっ! み、水瀬君.......」
いつの間にか、目の前に学年一のイケメン、水瀬葉太が立っていた。背が高く、キリッとした目元に友達の3分の2がやられている。私はタイプでは無いので無事。もっと優しい顔の人が好き。
「見たか?」
「見てないよ」
「嘘ついてるな?」
「ついてないよ」
「.......膝、痛くないのか?」
「痛くないよ」
水瀬君は、はあっと息を吐いて。その鋭い瞳で、私を見た。
「ベンチに座ろう。怪我は洗った方がいい」
すっと手を差し出される。3分の2の友達へ。これはかっこいいね。私じゃなかったらやられてるわ。危なかったわね!
「七条さん?」
「あ、ごめんね大丈夫」
公園の蛇口をひねって、膝を洗う。痛くて涙が出た。
「な、泣いてるのか.......?」
「泣いてないし.......。あっ、ジュース飲む? さっき買ったの」
ベンチに座ってぼーっとする。さて、この状況からどう逃げ出そうか。
「.......さっきの事は、誰にも言わないでくれ。頼む」
「うん、分かった」
「.......随分素直だな。気にならないのか? 俺は普通じゃない」
水瀬君は、ぎゅっと手を握った。
「えぇー.......。なんでウチの高校入ったの? 引っ越しまでしたって、たなちゃんが言ってた」
「興味ないな? .......俺だけ、見えたんだ。だから逃げてきた、情けないけどな」
「ふぅん。お家の人は、誰も妖怪とか見えないの?」
「ああ。.......ん? 俺妖怪だなんて言ったか?」
「ずっと1人であんなことしてたの?」
「あ、あぁ.......」
コンビニの袋に、飲みかけのペットボトルを突っ込んだ。
「し、七条さん.......?」
「行こっか、役所」
「は?」
「あっ。この時間じゃダメだね、ウチ来る?」
「はぁ!?」
「今日お父さんいるの。説明してくれるよ」
水瀬君は、耳を真っ赤にして立ち上がった。
「な、なんの説明だ! き、急に役所とか! 家とか、お父さんとか.......!」
「?」
「なぜ君が不思議そうな顔をしてるんだ.......? でも、時間も遅いから、送っていく」
世の中の女へ。イケメンがイケメンな行動をした時の対処法教えてください。私一般人以外は恋愛対象外なのに、ちょっとキュンキュンしました! 危険ですイケメン!
「ねぇねぇ、水瀬君」
「なんだ?」
「水瀬君って足速い?」
「.......遅くはない」
「そっか。じゃあ、走って! 坂登りきったら、私の家の門があるから! そこに入ってね!」
「はあ!?」
水瀬君の背中を押して、一気に振り返った。
「私蜘蛛嫌いなのよね! ゴキブリよりいいけど!」
足を肩幅に開いて。しっかり目の前の、8本脚の土蜘蛛を見た。
『キィキィ! 女!』
「やだ変態! 【律糸】!」
飛びかかってきた土蜘蛛を、術できざんだはずが。
「あれ!? 思ったより効いてないんだけど!? ぴえん!!」
血が滲んだ腕を押さえながら、坂道を走った。もしかして蜘蛛だから? 蜘蛛だから糸はダメだった!?
「うわーーん! キモくて無理ーー!! 【滅糸の一・鬼怒糸】!!」
あとは力任せに蜘蛛を消し飛ばす。
糸が解けた時には、何も残らなかった。
「もぉー、テンションさがるー.......」
腕を押さえる。最悪おぶ最悪。兄は絶対怒る。見つかる前に早く帰ろうとして。
「七条!!!」
「きゃっ!」
ガバッと抱きしめられた。そのまま地面を転がる。先程立っていた場所には、1本の蜘蛛の脚が刺さっていた。
「【りっ、律糸】!」
慌ててそれを消し飛ばす。ドキドキと心臓がうるさい。もちろん、油断して死にかけたのもあるけど。そんな事はもはやどうでもいい。
同学年のイケメン男子とのハグに頭がついて行かない。やだ、どうしよう私単純かも。好きになっちゃう。嘘、やだ。だってなんか思ったより水瀬君がっしりしてるし、石鹸の匂いするし。やだ、どうしよう。
「.......大丈夫か? 七条さん.......」
「ひゃい.......」
「?」
目の前の、近すぎる水瀬君の顔を見て。
「あっ!! け、怪我してる! ごめん、ごめんね! 顔なのに、血が.......!」
水瀬君の頬には、赤い1本の線が走っていた。
「.......君だって、怪我してる」
「違うでしょ! 水瀬君は顔だよ、顔! 国宝にキズ付けたのと一緒なんだから!」
水瀬君の腕から抜け出して、明るい所で傷を見ようとして。
ぱしっと、手首を掴まれた。
「?」
「七条和子さん。俺は、もしかしたら君より、妖怪だとかの事を何も知らないのかも知れない。でも」
すっと水瀬君が立ち上がる。私より大分背が高いので、見上げる形になった。
「君を守らせてほしい」
「.......は?」
下手な漫画でも見ない急な展開に、完全に脳が停止する。何言ってるのこのイケメン。
「.......入学式の前日、君を見たんだ。公園で、変な男と喧嘩してただろ。小学生を庇って」
頭をかつてない勢いで回す。あっ、確かに喧嘩したかも。完全なる不審者が、弟を連れていこうとしたのでお使いで買った牛乳で殴った。相手は牛乳だらけで逃げていった。弟は私に引いていた。
「.......あ、あはは! 見てたの! や、やだなぁ、もう!」
終わった。なんだこのガサツな女、と思われてる。女子力磨けって思われてる。ごめんなさい。イケメンは正義なので、あんまりストレートに言われると泣きます。
「あの時、なんて強そうな女子だろうと思った。俺が出る暇もなくて、あの子はきっと1人で大丈夫なんだと思った」
やだ照れる。姉との姉妹喧嘩で1回も買ったことのない私が? 今日挑んでみようかな。なんか勝てそうな気がする。
「でも、君は思ったより細かった。折れそうだった」
「えっ!? 嘘、私毎日牛乳飲んでるけど!? あと最近2キロ太っ.......って何言ってるの私!?」
2キロ太った事がバレた。はい、人生終了ーー。お疲れ様でしたーー。イケメンにガサツな女という印象だけでなくデブという印象まで植え付けてしまいましたーー。さようならーー。
「聞いてくれ」
手首を掴まれて、街路樹に押し付けられる。
ま、まさかこれは。
壁ドンですか!? いや、街路樹ドン!? 自然保護の観点ですか!?
「.......君が普通の女の子だと、俺はもう忘れない」
「.......あ.......」
すっと水瀬君の目が細まる。あまりに綺麗に笑ったので、まるで時間が止まったのかと思った時。
「何してんの和子ーーー!!!」
胸に、「七」の染抜きがある黒い着物を着た女。私の姉、七条家の長女である七条孝子、27歳彼氏なしが、バタバタと走ってきた。
「あ、お姉ちゃん」
「あ、あんた.......あんた.......!」
水瀬君は、ぱっと私の手を離して。片手で、自分の顔を覆った。
「不純よ!! この、バカーーー!!」
「いたぁい.......」
べしんっと叩かれて、水瀬君は首根っこを掴まれて家に引きずられていった。水瀬君は、全くの無表情で両手を上げて大人しく姉に従っていた。
「父さんに言うからね! 静一にも言うから!」
「えっ!? 待ってお姉ちゃん! お兄ちゃんには言わないで! お、怒るから.......!」
「当たり前でしょ! ってあんたその怪我なに!?」
「言わないでえぇぇ!!」
水瀬君は、どこか遠くを見つめていた。物悲しい顔だった。
「水瀬君」
「.......なに」
「私、師匠になってあげてもいーよ」
姉と兄に責められ、げっそりとしていた水瀬君に。
「.......教えてくれるのか?」
「そ。イロイロ、ね」
彼の前に膝立ちで両手を壁について、本当の壁ドンをお見舞いした。
「.......照れるね、これ」
「.......」
耳が真っ赤になった水瀬君は、ちょっと可愛かった。