修復
茨木童子の大騒動の後。
百鬼夜行が終わった後。
俺が7時間にも及ぶ本部なんとか委員の皆様から質問攻めを受けた後。
本部の廊下を歩いていたら掃除していた管理部の人に腰を抜かされ気絶させてしまった後。
「さっそくー! まーいごーー!!! いえーーい!!」
庭らしき場所を歩きながら大声で歌う。歌っていて何か違和感を感じるものの、何をどうすればいいのか分からない。元気になろうと歌うのに、より不安になるのは何故なのか。
「だってーー!! 廊下でー会う人みんな気絶しちゃうからぁーー! 気使うじゃんー俺ーもーー!!」
噂だけが独り歩きし、俺は今軽く恐れられている。危険度Aぐらいに認識されている気がする。
俺が茨木童子に勝てたのは場所のおかげだ。あそこ以外で戦ったら確実に負けているし、今俺はここにいない。場所の条件なく勝てるのは本気のハルと零様ぐらいだろう。それも無傷では怪しい気がする。
「.......だってー皆噂信じるからー。ほぼ嘘なのにー、無傷で勝ってないのにー.......片手で捻り潰してないのにー.......」
なんて言う噂を立ててくれたんだ。誰だよそいつ。片手で口から豆を吐きながら勝った七条和臣って誰だよ。いないよそんなやつ。
ボロボロで最後助けて貰ってほぼ場所でズルして勝った和臣くんしかいないから。片腕消せなくてハルに京都へ持って行ってもらった和臣くんだから。ハルが居なきゃ死んでたからね。
「.......名付き倒したってさー、別に、ハルと勝負したら、負けるしさー」
涙が出てきた。
「.......そりゃ、頑張るけどさぁ。あんまり、苦労してこなかったけどさぁ。強くなりたいって、思ったりしてるのにさぁ」
植え込みに、ちょうど一人分ほどの隙間を見つけてそこへ座った。狭くて落ち着く。
「.......まだまだなのにさぁ。ハルより強いとか、やめてよ.......」
情けない。自分がものすごく情けない。周りに誰もいないからってここまで情けないとは。
ハルより強いと事実に反して持ち上げられて、べそかいてるってなんだお前。
だったら本当にハルより強くなればいいだろ。そう思うのに、心のどこかでストップがかかる。
「.......俺怖くないのにさぁ.......」
前までは、お茶くださいと言えば普通に出てきた。たまにお茶菓子をくれる人もいて、俺はそういう人たちが嫌いじゃなかった。
なのに今はどうだ。お茶くださいの、おちゃ、の部分で気絶し、ほぼ土下座しながらお茶を渡される。苦手な本部がより苦手になる。
さらに憂鬱なのは、他の隊長達。元々仲良くない人はあまり変わらないが、今日先輩と優止に避けられた。目が合う前に逃げられた。もうやだ。本当にやだ。
「.......先輩って言ったじゃん。友達って言ったじゃんかぁ.......」
情けないどころじゃない。女々しい。自分で言うのもなんだが、引くレベルで女々しい。
「.......ハルだって、一条さんだってさぁ」
特に話さなかったが、ハルは俺の事を嫌いになっただろうか。一条さんはなんだか俺を睨んでいた気がする。
「.......花田さんだって忙しいじゃんか。俺の事ばっか構えないじゃんか」
花田さんが俺のために無理に時間を作ってくれようとするのも申し訳なくて、ほぼ無理やり1人になった。
「.......はぁ。女々し.......死ねよ俺」
さあ門を探して帰ろうと立ち上がる瞬間。
「「悪かった和臣!!」」
「和臣ぃ、私和臣のこと好きだよぉ!」
「.............」
「隊長.......!!」
がさりと植え込みから人が出てきた。全員若干涙目。一条さんだけは無表情で、両手に枝を持っていた。
「.......は?」
「悪かった!! 俺ぁ、.......俺は先輩失格だ! 後輩が悩んでんのによぉ.......ちっせぇ男だ俺ぁ.......」
「女々しいのは俺だ!! 和臣、悪かった!! まだ俺達漢友達か!?」
「和臣、飴食べるぅ?」
「.............」
「隊長、申し訳ありません私のフォローが足らず.......こんなに負担をかけていたとは.......!!」
涙も引っ込んで全員を見回す。よく見れば植え込みの裏側に兄貴もいた。
「え? 何してんですか皆.......」
「「「「謝りに来ました」」」」
「.............励ましに、来た」
「えぇ? 皆さん忙しいのに.......すいません」
立ち上がって謝る。この人たちは俺の百倍忙しいはずだ。
「「俺が悪いんだ!」」
「和臣ごめんねぇ! 悲しくさせてごめんねぇ!」
「.........................噂は、じき消える」
「隊長、私のことなど気になさらないでください! 隊長がお望みなら私、トイレから地獄までお供します!」
ガサガサと兄貴が寄ってきて、「よかったな」などというものだから。まあちょっと照れくさいけれど、俺は昔からこれは得意だったから。
「.......仲直りしてくれますか?」
「「「もちろん!!」」」
「...................仲違い、した.......覚えは、ない」
「隊長ぉ.......本当にこのまま育って頂きたい.......反抗期などなく.......!!」
実際めちゃくちゃ恥ずかしいし、高3にもなってなんだ俺はと思うが。まあ、また先輩と友達が出来たなら良しとする。動画を撮っている兄貴は後で管理部にチクる。ビデオカメラならセーフだとか思うなよ。
「やっだんもうっ! 母性止まんないわよん! 」
声の方を向けば、廊下の角に隠れるようにしてやけに小さく見えるビデオをまわしている杉原さんがいた。おい待て管理部長。本部での電子機器は使用禁止だろう。
「......はは、ははは! ひー、ははっ、面白いなぁ、ふふ、皆いい人過ぎますよ! 」
この人たちがいるなら、まあ泣かずに本部に来よう。
一条さんが持っていた枝をくれた。そのまま音も立てずに帰ったが、この枝どうするんですか。どっから持ってきたんですか。
先輩が焼肉に連れて行ってくれると言うので、優止とハルと兄貴と言う謎メンバーで行くことになった。花田さんは杉原さんを引きずって仕事に戻って行った。
「.......特別隊隊長、あの.......」
廊下の奥から、震える声が聞こえた。すっと羊羹1本が差し出される。
「.......失礼しました.......」
パタパタと去って行った後ろ姿。あの人知ってる。毎回こっそりお茶菓子つけてくれる人だ。さっき廊下で気絶させてしまった人だ。
「良かったな。職場に兄ちゃん以外も話せる人できて」
「.......元々いたし。別にぼっちじゃなかったし」
奢りでワイワイ食べた焼肉は、美味しかった。