茨木
ぱちんっと、指を鳴らした。
『和臣ーーー!!!』
もちろん何も起きない。ただ、人の凄さを思い出す。
「【滅糸の一・鬼怒糸】!!!」
『効くかああああああ!!』
引きちぎられても、緩めずに。
「【縛糸】」
届かずとも、途切れずに。
「【滅糸の三・至羅唄糸】」
限界を超えて、手を伸ばす。
気がつけば目の前に拳が迫っていて。糸が間に合わなかった分の衝撃を、脇で受ける。腕はダメだ。腕がなきゃ糸が出ない。俺の内臓よりなにより、腕が大事だ。
「【空縛】」
痛くはない。だって痛いと立てないから。血の味だけが残っている。
『鍵!! よこせ和臣!!』
「熱烈なファンだな。あんまり呼ぶなよ」
糸を絞る。
1本、届いた。
『だからどうしたああああ!!』
少し切った頬の傷。ひと吠えで無くなった。
「ファンサしてやるよ。本物のアイドル仕込みだ、泣いて喜べ」
『真ん中で2つに割ってやる。下は捨てて、上は犬に食わせよう』
「動物愛護団体敵にまわしてるぞっ!」
ばちん、とウィンクを決めた。もちろん首を傾げながら。キュートすぎて鬼も止まった。
『!?』
「足元お気をつけくださーい! かわいいからって顔ばっか見てないでんっ」
札。
俺はそこまで使う方じゃない。
普通の術者より、糸や家の術がある分そっちが多くなる。
でも。
使えないとは、言ってない。
ハルに敵わなくたって。その他に負ける、気はしない。
『紙切れがあああああ!!』
「紙切れ踏んで動けないなんて、お前可哀想だな」
『和臣ーーーーー!!!!』
「【滅糸の七・至緻助雨】」
これで終わり。あとは無理やり札で封印して押さえ込んで。
『.......和臣、馬鹿も過ぎると愛らしいな』
思いっきり地面に叩きつけられる。でも手はつかない。まだ糸が縛っているから。まだ縛り終えてないから。手はダメだ。他のどこが落ちても、まだ手は落とせない。
俺の背中に乗せた足を刻む糸が、ブチブチと切れていく。
「ぐっ」
みしみしと、自分の胴体から音がする。遊ばれている、いたぶられている。
『やはり真ん中に穴を開けよう。そして手足と首をもいで、どれが1番飛ぶか投げてみよう』
「しゅ、み.......悪い.......ぞ」
ばきっと指環がわれる。限界が来はじめた。俺のじゃない、他の限界が。
『ああ、踏み潰していては鍵が取れんな! 和臣の下敷きだ! 蹴りあげよう。山より高くな』
一瞬足が退いて。その一瞬で、跳ね起きる。もちろん蹴りあげられる、コイツの足の方が速い。中身を抉られる様に蹴り上げられて、嫌な音と感触が自分の中に響く。そして自分の体を飛ばないよう無理やり糸で押さえつけて。意識がぶれる、何かが逆流する。だが。
「【貫通】」
『ぐっっ』
俺の腹を蹴ると同時に、コイツの足は串刺しに。悶える鬼の対面に立ち上がる。口に溜まった赤い唾は、吐き捨てる。
札を投げる。この遊び場の中に、精密に。コイツが次に踏む場所へ正確に。一枚だって無駄にしない。限りがあるのだから。
耳元で、きゃっきゃっと声がした。
『和臣、観客がきたぞ。見せてやろう、私の和臣が勝つところを』
「おっしゃああああ! 任せとけ!! 【七撃・重襲・御累・断斬・百歌】!!!!」
バタバタと足音が聞こえる。皆来た。先程のお詫びに、笑って倒そう。笑って勝とう。強いあなた達に敬意を持って。
『和臣ーーーーー!!!!』
「語彙力無さすぎ!! 名前呼んでばっかじゃん!!」
『塵にしてやる!!』
残念。
「お前だよ、塵になるのは」
奴が踏んだ。札を。キツく張った糸を。張り巡らせて、網より細かい布より強いそれを。
踏んだ瞬間全てが閉じる。四方から網の口が閉まっていく。
『和臣いいいい!!!!』
「はは、結局それかよ。じゃあな、いばらぎどうし!」
『死ねぇぇえええええ!!』
呪いの言葉に蓋をして。
一気に、絞り上げる。
頭が冴える。握り込めば飛ぶと、指が落ちると、冷静に判断して。
思い切り、手を握った。
「バカ!! お前、ほんとに、もう、このバカ!!」
手首を捻りあげられる。その横で、葉月が飛び出した。
「は」
葉月は、まだバスケットボールほどの糸の塊に何かを叩きつけた。
「昨日の特売はね! 大豆よ!!」
きゅっと糸が緩まる。いける、そう思って糸を絞る。
後ろから、姉の声がした。
「【滅糸の一・鬼怒糸】!!!」
無理やり俺の糸ごと絞られる。そして。
「【滅糸の一・鬼怒糸】!」
兄貴の印を結んだ手が、横に見えた。
糸が解けた後には、何も残らなかった。
急いで振り返ろうとして。
『.......私の和臣が、勝つのに。手を、出したな』
低い、深い声が。耳元で聞こえた。