休暇
「よお和臣! 元気かー? 今年もあっちぃけど生きてるかー?」
「すいません間違い電話ですね。僕今忙しいんでさよならー」
「あ、おいま」
ぶちっと電話を切った。バカの田中が間違い電話をしたようだが、俺は今忙しい。目の前に葉月隣りに姉と言う最強布陣で勉強している。
それもこれも全て先日の模試のせいだ。なぜイングリッシュが48点だったのか。ベリーディフィカルトエグザム過ぎる。
「和臣、電話いいの?」
「もちろんです。僕今勉強してるんで!」
「当たり前よ。早く解きな」
「おまかせください!」
長文を全部日本語訳させられ、たまに思い出したように化学式を言わされ、俺はもう限界に近い。だが逃げない。ここで逃げたら試合終了な気がする。人生の。
耳障りな着信音が鳴り響く。
「.......和臣」
「葉月先生大丈夫です。どうせバカからなんで」
着信音がやんで、またかかってきた。着拒にしてやろうか。
「はいもしもしさようなら! 俺今忙しいっつたろ! バカ田中!」
「.......俺は山田だ」
「え。ご、ごめん。何? 何か用? 何か借りてたっけ?」
電話越しにバカの声で「対応が違ぇ! 俺は!?」と聞こえたが無視する。と言うかこいつら一緒に居るのか。
「いや、俺達夏期講習の帰りでな。今さっき駅でお前の事聞かれて」
「はあ? 誰に?」
「いや、知らん。たぶんここら辺の人じゃないと思うけどな。お前ん家どこか知らなかったし」
「ん? 俺の事聞いてきたんだよな?」
「あぁ、写真見せられて、この子どこにいますか?ってな」
誰だ俺のプレミア写真持ってるやつ。サインあげるからおいで。
「どんな人だった?」
「めちゃくちゃ美人ー!!」
危うく電話を切るところだった。バカの馬鹿でかい声でバカになるところだった。
「.......まあ、女の人だったな。最近物騒だからな、何も教えてはないんだが.......。お前の家は調べたらすぐ分かる。もし知り合いじゃないなら気をつけろ」
「さんきゅー山田」
電話を切った。美人で俺の写真を持っていて俺の家を知らない人.......誰だ。
「和臣、解きな」
「はいお姉様!」
それより今は和訳だ。全然分からない。
その後葉月に大量の宿題を出されて、姉に和英辞書を抱いて寝ろと言われた。
「和兄、双眼鏡貸して」
寝る前に現実逃避として父の部屋から拝借した将棋本を眺めていると、妹がやってきた。
「いいけどなにに使うんだ?」
「明日からキャンプなの」
「え。だ、誰と?」
とりあえず俺は誘われてないぞ。まさかハブか。俺だけ留守番か。
「児童会のみんなと。私チームリーダーなんだよ!」
「へぇ.......すごいな。俺キャンプは1回迷子になってから禁止されてるから」
「.......今度お庭でテント張ったら?」
「悲しいキャンプ.......」
妹に双眼鏡を渡すと、さらっと詰め将棋を解いて出ていった。待って嘘でしょ。俺がこれ何日考えたと思ってんだ。
これはふて寝しかないと思い切り寝た。
「和臣、起きな」
「うっ」
顔面に冷たい物が当たって目が覚めた。目を開ければ俺を見下ろす姉と保冷剤。
「私今から清香送ってくるから。あと、今日から準備でいないから。もし何かあったら七瀬さんとこ行きな」
「.......準備.......?」
「シャキッとしな。明日から百鬼夜行でしょ」
「うあー百鬼が夜行しちゃう.......百鬼が.......」
「起きな。父さんも私も居ないし、兄さんも帰らないと思うから。あんたは暇なんでしょ?」
「.......暇.......暇?」
百鬼夜行の仕事は受けていない。ここは兄貴の隊の担当だし、俺の隊はどこにも呼ばれなかった。暇だ。
「そうだ暇だった。姉貴、頑張って!」
「ムカつくわね。手伝おうって気はないの? 葉月ちゃんはお手伝いさせてくださいって言ってたわよ?」
「.......」
俺が進んで仕事すると思わないでほしい。本当はいつだってテレビを見てぼーっとしていたい。
「まあいいわ。あんたが来ても門下生が萎縮するし」
門下生か。大した関わりなどないが、この間姉に術の使用の監督者として駆り出さた。仕方なく道場の隅に座っていたら、めちゃくちゃビビられた。いつから居たのか気づかなかったらしく、皆大袈裟に動揺していた。すいません覇気も存在感もないくせに当主の息子で。
「夜出歩くんじゃないよ。戸締りちゃんとして、携帯持ってな。勉強もしておきなよ」
「了解ー」
暇な1週間か。パラダイスだ。だが、勉強はしなくてはいけないし1人はつまらない。図書館にでも行くか、たぶん山田達がいるはずだ。
とりあえず2度寝を決めて、昼に外に出るなど自殺行為にしか思えなかったので今日は家で過ごすことにした。明日から頑張ろう。そうしよう。
夕方は明恵さんが来てくれて、2人でご飯を食べた。明恵さんは優しい。俺が小さい頃から来てもらっているが、いつも話を聞いてくれる。
「和臣くん、今日はあの子は来ないの? ご飯に呼んだりしないの?」
「葉月の事?」
「そうそう、葉月ちゃん。偶にスーパーで会うんだけどね、買うものが心配で.......」
「.......何買ってるの?」
「毎回見る度に調味料1式と.......特売の品だけなのよ。お肉の日はいいんだけど、ネギだけの日もあるから.......昨日だって微妙な品でね」
「.......明日呼んでもいい?」
明恵さんはにこにこ笑って、おばさん張り切っちゃうわ、と言っていた。
次の日は朝から葉月に連れられ図書館に行った。