注意
「.......ホントごめん」
「ゆかりん、それが一番傷つくのよん」
「きもっ」
泣いた。帰りもゆかりんの芸能人生のためにカツラをつけることは決定事項だ。俺の色々な大事なものと引き換えに、ゆかりんの大事なものを守る。ファンならそれぐらいやる。やってやる。ただ葉月には見られたくない。お願いします。
ガチャりと、ドアが開いた。
「.......どうぞ」
「あ、どうもー。お邪魔しまーす」
中に入ると、ゆかりんが俺の踵を踏んできた。
「あんた何なの!? 友達ん家か何か!?」
「いや、あまりにもナチュラルに開いたから.......」
「悪霊退散!!」
「うお!?」
急に桃川くるみが俺に何かを投げつけた。慌てて掴めば錆びた十字架。これはただのおもちゃだった。
「桃川さん、急にすみま」
「町田ちゃん!! こっち来てください! 取り憑かれちゃいます!!」
「「え」」
「その男.......悪魔ですよ!」
おーう。びっくり。俺って悪魔だったんだ。沖縄でめちゃくちゃ頑張って帰したと思ったら、実は俺が真犯人だったんだ。真実はいつも1つだもんね。
「も、桃川さん。悪魔だなんて.......」
「さっき私のカバンのお守りを切ったの見ましたよね? あれ、悪魔よけなんです! あんなにばちって切れるなんて.......すごい悪魔に違いありません! 私がここで倒します!」
この人よく一般人として生きてたな。
「桃川さん、この人私の知り合いなんです。な、なんかオカルトに興味があるらしくて!」
「町田ちゃん、後で私がお祓いしてあげます。目を覚ましてください!」
泣きたくなる。総能の罰則規定一覧を持ってきてちゃんと説明したい。
「.......あの。じゃあもう悪魔でいいんで。悪魔から忠告していいですか」
「きやー!!!」
べしっと十字架とニンニクを投げられた。この十字架はちょっと本物チックだな。俺は西洋系は専門外だが、ちょっと強そうな十字架だった。
「.......この十字架貰ってきますねー? あの、それでですね」
「なんで効かないんですか〜!!」
「悪魔って、帰すの大変なんですよー。特に日本では。で、忠告なんですが」
「町田ちゃん大丈夫ですから! 私の部屋なら大丈夫ですから!」
桃川くるみはゆかりんを引っ張って奥の部屋へ入っていった。1つ聞きたいのだが、俺はどうすればいい。
「すいません。そろそろきちんとお話したいんですが」
鍵がかかっていて開かない。もうどうすればいい。ここからどうすれば炎上拡散を回避しつつ罰則を与えられるんだ。もう普通に総能です、って言えば良くない? 悪魔ですよりマシじゃない?
「ん?」
リビングの隅に、髪がボサボサの日本人形があった。
「へぇ。いい着物着てるな」
なら髪の毛も揃えてやった方がいい気がする。開かない部屋は一旦忘れる事にした。生憎櫛など持っていないので、気をつけて指で梳いた。
「ふーん。顔も結構可愛いじゃんか。リボンとか.......ないな」
霊力で糸を出して、髪を1つに結ぶ。葉月が着物を着る時の髪型にした。
「大事にしてもらえよ」
さて。もう現実逃避の手段もなくなった。
ゆかりんが中で説得してくれないかな。
「開けて!! 隊長開けて!! 開けて!!」
ばんばんっとドアが叩かれた。ポケットに手を突っ込んで、札を握って。
「どいてろ!!」
ドアを蹴破ろうとした瞬間。バコンっとドアが吹っ飛んだ。
「自分で開けた方が早かったわ!」
「ですよねー」
部屋の中を見て、思わず顔を顰めた。
「ぐっちゃぐちゃ」
「棚の上のアレが割れたの。その他も全部没収?」
「.......指定物だけ。でも、こりゃあ酷いな.......」
所狭しと並べられた、いわゆる「オカルトグッズ」の数々。殆ど見た目だけの偽物だが、いくつか本物が混じっている。それを剥き身で、しかも一部屋に詰め込んでいる。良くない、淀む。
「.......桃川くるみさん。ちょっと失礼します」
「いやぁー!! アブラカタブラ!!」
「すいませんそれ軽くトラウマなんでやめてください」
棚の上の割た瓶を手に取る。中身は鬼の爪。全く処理されておらず、こんな瓶に詰めただけの物が存在すること自体が異常。それに札を張って、ポケットに突っ込んだ。これは回収するものではないが、危ないので持って帰る。そして、目の前で本当の指定物を抱えて座り込んでいる彼女を見て。
「.......夢を見ましょう。桃川くるみさん」
「え?」
ぱんっと手を鳴らした。
「こんばんは。桃川くるみさん」
何処かの河川敷。夕日が赤く染める川の土手。そこに、ぽかんとした桃川くるみと、白い着物を着た俺が向かい合う。
「え? ど、どうしたんですかこれ! も、もしかして私魂取られちゃったんですか!?」
「いいえ。魂なんていらないですから。それより、今からお話しする事を、しっかり聞いてください。そして、しっかり反省してください」
「え?」
「オカルトが好きでも構いません。好きなだけグッズを集めてください。.......でも」
じわじわと、空が暗くなる。日が沈んだ訳では無い。
「手に入れる場所は選べ。廃寺の敷地内からモノを拾ってくるな。たとえ地主に良いと言われてもだ」
「ひっ」
別に俺が怖くて悲鳴を上げたのではないだろう。ぼとりと、目の前に黒い何かが落ちてきたから。
干からびた、小さな腕が落ちてきたから。
「次は注意では済まない。次は間に合わ無いかもしれない。反省しろ」
「あっ、あっ、あのっ」
「.......これは夢だ。現実じゃない。.......だから」
目の前の腕を拾った。小さいのに、ずしりと重かった。
「SNSには書き込まないでくださいね! 炎上拡散したら、俺が魂貰っちゃいますよ? 」
ブンブン頷いているので、まあ大丈夫だろう。
「はい。じゃ、さようなら」
目を閉じて、ぱんっと手を鳴らす。
ふっと目が覚めた。
「ちょっと!! 急にどうしたのよ!! 大丈夫!? 救急車!?」
「いやいや、寝てただけだから。ほら、色々直して帰ろう。全部夢だった感じにしたんだから」
「はぁ!?」
先程まで桃川くるみが持っていた干からびた腕は俺の手の中に。札を腐るほど張って、慎重に抱える。
俺が外れたドアを直す間、ゆかりんが散らばったオカルトグッズを片していく。
「ゆかりん急いで! 起きちゃうから!」
「あんた勝手ね!」
急いで部屋を出た。オートロックで助かった。
そして、また取ってつけたような女物のカツラをつけて、夜道を歩いた。